「あら、奇遇きぐうね」


 にこりともせず魔女は言った。銀色のかみや白いドレスはほたるの光でえていた。だけど、一番いちばん目立めだつのは、つめたいような青いひとみだ。黄緑きみどりの光を受けても、そのひとみは、ただれたような青にまるばかりだった。


「どうしたの? こんなところで、こんな時間に、そんな顔して」


 魔女の口調くちょうは、この前とくらべるとおだやかで、表情ひょうじょう好戦的こうせんてきなものではなかった。前回は終始しゅうし、血にえたおにのように、目をぎらぎらさせていたけど、今なら話がつうじそうだ。


「……ミュートの寿命じゅみょうを返してもらいに来たんだ。……魔女、ルー」


「それはあだだよ。あれー、そういえば名乗なのってなかったっけ? 私はオルダだよ。よろしくー。こっちのいかついのは、ハック。てにしていいよ、私のことも、ハックのことも。……で、なんだっけ、寿命じゅみょうだっけ? ごめんね、あきらめて、申し訳ないけどさ」


 魔女はまゆをひそめて、悲しそうな表情ひょうじょうを浮かべた。


「ごめんね、私だって、きなきゃいけ……」


「あたしたちは家畜かちくおなじってわけ?」


 魔女の声をさえぎるようにミュートはするどい声をげた。魔女とはって変わり、ミュートは今にも魔女にび掛からんばかりに、目を血走ちばしらせていた。


「……そんな、……動物どうぶつだなんて、思ったことないよ」


「だったらなんで」


「……だから、あやまってるでしょ? 分かってるよ、ひとの命をうばっちゃいけないことくらい。でも、仕方がないよ……私だって……」


「……あんたには、人の命をうばってまできる権利けんりがあるっての?」


 魔女はだまり、泣きそうな顔を浮かべた。


「……私は死ななきゃいけない? ……そうなのかもしれない。普通のひと何倍なんばいきてるのだものね、それもひとの命をうばって。分かってるよ。人殺ひとごろしだよ。でも、分かんない、分かんないよ、私は死ななきゃいけないの? どうしても死なないとだめ? きてちゃいけない? 人殺ひとごろしは死んで当然とうぜん? きられるのに、きるための方法を知ってるのに、それをあきらめなきゃいけない?」


 魔女はさら表情ひょうじょうゆがめ、声もふるえていた。魔女はどこか情緒じょうちょ不安定ふあんていだ。ミュートとおなじようにここの雰囲気ふんいき影響えいきょうされているんだろうか。


「……私だって罪滅つみほろぼしをしてるつもりだよ。私が魔石をばらかなきゃ、ひと寿命じゅみょうもここまでびなかったはず。ひとはこんなにたのしい人生じんせいおくれなかったはず。魔石がなくたって、いずれはそうなっていただろうけど……それはずっと先の話だよ。まずしさとえが今も続いていたはず。

 それに世界中せかいじゅうの町をすくってきた、ハックの力もりて、2人の魔法を合わせてね。あなたたちも見てきたでしょ? 2人の共同魔法きょうどうまほうなら、私たちがそのにいなくても持続的じぞくてきに魔法を掛けられるの。だけれど定期的ていきてきに魔力を補充ほじゅうしないと、いずれ魔法はけてしまう。だから私たちは、いつもいそがしく世界中せかいじゅうまわってる。

 これじゃありない? これでも私はきていちゃいけないの? 世界せかいがここまでゆたかにならなければ、あなたたちの寿命じゅみょうだって半分はんぶんくらいだったはず……そもそもまれていたかすら分からないよ。なのに、あなたたちは私を殺すっての?」


「……誰も殺すなんて言ってないよ……ただ、あたしたちの命を返してって言ってるだけ」


 そのミュートの言葉に魔女は視線しせん彷徨さまよわせた。


おなじだよ。おなじ、おんなじ、おなおなおなじ」


おなじ? なに言って……」


「……ほろび掛けた町をいくつもすくって、なのに……死ぬはずだった人を助けて、なのに、なのに……何人なんにんなんてものじゃない、何百人なんびゃくにん……それ以上かもしれない……それなのに……私に死ねっての? こんなにがんばったのに……死ねって?」


「……だからそんなこと言ってないよ。あたしはあんたに話してるんだよ。ほかの町の人なんか関係かんけいない。世界せかいのこともそうだよ。そんなことを話に来たんじゃない。あたしたちはただ、あなたと話をしに来たんだよ」


「やだよ」


「は?」


いやいやいや。やだよ。聞きたくない。いやなの」


「……なんでよ! ふざけ……!」


一度いちど、そのひとからうばうと決めたら、それは絶対ぜったいに変えないの」


「どうして?」


「……寿命じゅみょうし出してくれる人なんていないから。みんながみんな、取らないで、ゆるして、……自分じゃなくて、ほかひとにしてって言うからさ。……そんなの聞いて、気にしてたら、私の心がこわれちゃう……いやだよ……そんなおねがい聞きたくない……もう、おとなしく帰ってよ……」


 そう言って魔女はなみだこぼし始めた。それを見てミュートは歯軋はぎしりをげた。


「……あんた、なに、泣いてんのよ。……ひとを殺そうとしてるってのに。ひとの命をうばっておいて、なに、泣いてんのよ。自分のためにやってんでしょ? 好きでやってることでしょ?」


「す……す、好きでなんて……。好きでなんてやってない。好きじゃない、好きじゃない、いやに決まってる、いやいやいやよ、ひとの命をうばうなんて! 殺したくなんてない、そんなの好きじゃない……なに言ってんの……人殺ひとごろしなんて、いやだよ、人殺ひとごろしなんていやに決まってるよ……私が好きなのは……違うよ……私は……私が好きなのは……はは……違う違う違うよ……私そんなの好きじゃない……私が好きなのは……」


 魔女は表情ひょうじょうゆがませ、右手でこめかみをさえると、くらみでもこしたように足をふらつかせ、身をかがめた。ハックは魔女の腰に手をえ、それをささえた。魔女は頭を持ち上げ、れた前髪まえがみから青いひとみのぞかせた。そのひとみこまかくれていた。


「私のことなにも知らないくせに、なに勝手かってなこと言ってるの。やめてよ。好き? 私が? なにを? 決め付けないでよ。私だって努力どりょくしてるのに、殺さないでむように。……昔は殺さなきゃいけなかった。半分はんぶんだけい取るなんてことできなかったから。年齢ねんれいだってそうだよ。昔は、年齢ねんれいが本当に近くないとい取れなかった。だけど今はかなりはばを取れるようになった。努力どりょくしてそうしたんだよ。……ひとなんて殺したくないから……。

 今だって努力どりょくは続けてる。つぎ三分さんぶんいち目指めざす、つぎ四分よんぶんいち、そして五分ごぶんいち、男のひとからもえるようにがんばるし、年齢ねんれいだって。そしてね、最後には、世界中せかいじゅうのみんなから、ほんのちょっとずつもらえばむようになるから、それなら、ね? みんな納得なっとくしてくれるでしょ? ……だって、世界中せかいじゅうのみんなが、私のおかげで、このすばらしい世界せかい享受きょうじゅできているんだよ? 納得なっとくしてくれるに決まってる。

 ……ねぇ、こんなになかをよくしたのに、なかから戦争せんそうをなくして、何人なんにんもの人をすくってきたのに、私は死ななきゃいけないの? 私にはなんのご褒美ほうびもないの? 私きっとできるから、気が付かないぐらい、ほんのちょっとだから、死なないとだめ? 死ななきゃいけない? きっと私できるからさ……」


「……ごめんね、僕たちもゆずれないよ。どんな理由りゆうがあっても、どんな理屈りくつがあったって」


 魔女は僕のことを、しんじられないものでも見るような目で見た。


「……やだよ、死にたくない、死にたくない……死ぬのはこわいよ……。……私が死ねば、すべての魔石は消えるんだよ……。いいの? 世界中せかいじゅうひとからうらまれるよ。……きっと殺される……絶対ぜったいに、だから、ね? あきらめて? ……本当にたのむからさ、帰ってよ……」


うそなんでしょ?」


 ミュートはひくい声で言った。


「……うそ?」


「あなたは死んだことがないんでしょ? だったらそんなこと分かるわけないじゃない」


「……私は一度いちど死んだよ。死んで魔女になったんだから」


「魔女になってからはないんでしょ?」


「私は魔女だよ。魔法のことはなんだって分かる」


「そんなはずない。だってさっきあんたは言ったよ、努力どりょくして魔法でできることをやしてるって、それって試行錯誤しこうさくごしてるってことでしょ? なにもかも分かってたら、何百年なんびゃくねんも掛かるわけないよ」


「……私……私、魔女の家系かけいだから」


「……違う、あんたは突然とつぜん、魔女になったのよ。……このむらすくうために、命をみずかして」


 ミュートの言葉を受けて、魔女は表情ひょうじょうをなくした。図星ずぼしされたからだと思ったけど、どうも違うようだ。魔石の目はわっていて、どこか様子ようすがおかしかった。

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