10

「………………さぁ、2人とも……私の部屋に……いらっしゃい……。……ほんをあんなにして……本棚ほんだなも……端微塵ぱみじんじゃない……ああ! ……あ……ああ……ああだめ……! もう、だめ……もう、しょ、処刑しょけいしてやるわ……ひょ、ひょ、標本ひょうほんにしてやる……!」


 僕たちを見下みおろすグリエさんは、いかりでふるえていた。目が血走ちばしらせ、まったくまばたきをすることなく、僕たちをにらんでいた。いかりで顔の血色けっこうがよくなったせいか、グリエさんは、美人びじんから、超絶ちょうぜつ美人びじんに変わっていた。それがますます怖さに拍車はくしゃを掛けていた……。


「……生憎あいにくね、グリエさん。あたしたちもう少しで、死ぬから、あんまり意味ないよ。魔女に寿命じゅみょう取られちゃった」


 怖がる様子もなくミュートは言った。完全にれたような感じだ。


「それじゃあ、それを取り戻して来なさい。……そしたら、そのあと、……死ぬような思いで、ほんの大切さを、その身にたたき込んであげるから……か、か、価値観かちかん滅茶滅茶めちゃめちゃにしてやる!」


 いったい僕たちはなにをされるんだろう……?

 いかりのピークをぎたのか、グリエさんの顔はどんどんが引いていき、もと顔色かおいろに戻った。


「まあ、でも、申し訳ないわね。ここはつね門戸もんこひらかれて、誰でも自由に入れるし、警備けいびなんかをやと余裕よゆうもないものだから。それにメイメイが迷惑めいわくを掛けたようだし」


「……それは気にしないで。魔女に言われて、ただの悪戯いたずらだと思っていたんだろうから」


 2人の話によると、メイメイちゃんは、ミュートを僕から引き離してれて来るように、魔女にき込まれたらしい。メイメイちゃんにれていかれた先に魔女がいて、ミュートはそこでおそわれ、命からがらげ出したようだ。


「メイメイは無事ぶじなの?」


「ええ。ミュートちゃんと魔女をうちに、ポップコーンをゆか全部ぜんぶこぼしてしまったらしくてね……。今作りなおしてるわ」


「はは、よかった」


 グリエさんは腰に手を当て、ふかいきいた。


「……まあ、なんにしても、引火いんかしなくてよかったわ。書生しょせいの子が、がんばって消火しょうかしてくれたんだから……」


「119、様様さまさまね」


 そのミュートの軽口かるくちに、グリエさんはこめかみに青筋あおすじを走らせ、ミュートの頭を両手で鷲掴わしづかみにした。


「……ええ、となえて置いてよかったわ。……少しは反省はんせいなさい」


 グリエさんは、ぎりぎりとミュートの頭をめ付けた。


「……あー……いたた……なんか頭痛ずつうがしてきたぁー……あー……」


 ミュートはグリエさんに好き放題ほうだいされ、まるで寝起ねおきのようにかみ爆発ばくはつさせていた。いつもはきんのリンゴのようだけど、きんのヤドリギのようにふくらんでいる。


「……さて、私がそとまで案内あんないするわ。付いてらっしゃい」


 グリエさんは言うが早いか、足音あしおともなく先に行ってしまう。僕はあわてて立ち上がりあとった。ミュートの気配けはいがなく不思議に思って振り向くと、ミュートはすわったままだった。


「……ミュート? 行くよ?」


「……ごめん、なんか……腰がけちゃったみたい……」


 僕はミュートのそばに寄り手を伸ばした。ミュートは僕の手をつかむと何故なぜか、握手あくしゅするように上下じょうげに振った。


「……ん?」


あらためてよろしくと思って」


「ははは、なにそれ? まあでも、よろしくミュート」


「それじゃあ……はい、で引いてね? ……はい!」


 ミュートは飛ぶように起き上がる。だけど、りがかないのか、僕の方によろけて来た。僕はあわててそれを受け止める。


「……大丈夫?」


「……うん。……だけど、なんだか、身体に力が入らないような気がする」


「……大丈夫じゃないね。肩に乗る?」


「お姫様ひめさまっこって知ってる?」


 ミュートは結局けっきょく自力じりきで歩き、僕たちはグリエさんのあとった。途中とちゅうでグリエさんはけんあぶないからと、倉庫そうこのようなところに立ち寄り、厚手あつで細長ほそながぬのを僕に手渡てわたしてくれた。おれいを言ってそのぬのを受け取り、部分ぶぶんぬのでぐるぐるきにした。これなられたぐらいじゃものれないだろう。


 少し歩くとすぐに出口に辿たどり着いた。僕たちは、いつのにか出口付近ふきんまで来ていたらしい。受付うけつけではまた、ワカリくんが大きなイビキをかいて、居眠いねむりをしていた。あとでグリエさんにこってりとしぼられてしまうんだろう……。


 空に浮かぶ太陽たいようは、町に入った時とさほど変わらない位置で煌々こうこうかがやいていた。ずいぶんと長いこと過去の町のなかにいた気がするけど、ほんの数時間のことなんだ。いろいろなことがありぎて、なんだかゆめを見ていたような気分だ。


 グリエさんは、あやつ人形にんぎょうのようにおもむろに僕たちに振り返った。何故なぜかその姿がぐにゃりとゆがんでいき、白と黒の輪郭りんかくたがいをむさぼ浸食しんしょくしていく。視界しかい仄暗ほのぐらくなり、真っ白な血のような太陽たいよう残滓ざんしが、優しく僕に目隠めかくしをする。


硝子がらすの……は、1日か…………れば着く……よ……」


 外に出て気がゆるんだのか、きゅう眠気ねむけおそわれ、耳が遠くなり、目がかすむ……なんだか、頭痛ずつうまでしてくる……。今すぐ横になりたいくらいねむい……思わず、その誘惑ゆうわくに身をまかせそうになる……。……ダメだ、ねむっちゃ……! ミュートが死んじゃうかもしれないってのに……! 寝てるひまなんかない……!


 今寝たら、次に目をますのは、本当にいつになるか分からない。こぶしにぎって、まだいた太股ふとももに振りろし、いたみでなんとか眠気ねむけいやる。が引くように視界しかいゆがみは消え、聴覚ちょうかくも最初からそこにいたような顔で戻って来る。だけど、頭痛ずつうだけは消えずに、さらひどくなっていく、硝子がらすにできた蜘蛛くものようなひびれが、徐々じょじょに広がっていくように。


「……きゅ、きゅうにどうしたの?」


 僕のはっした音にミュートは目をまるくしていた。


「……いや、むしがいたような気がしてさ……」


殺意さついありぎでしょ……」


 僕たちのやり取りに、グリエさんは手を軽く2回たたいて、り込んだ。


「ほら、いいから、早く行きなさい。時間がないんでしょ? 必ず戻って来なさいよ? 処刑しょけいはしないまでも、ほん本棚ほんだなぶんは働いてもらうからね」


「まかせてグリエさん。ちゃちゃっとませて帰るから」


「……気を付けるのよ?」


「大丈夫、今のあたしは不死身ふじみみたいなもんだから」


「……そう。……それじゃあね、2人とも」


 グリエさんは、僕たちの感謝かんしゃの言葉をあしらうと、ひかえめに手を振り、町のなかに戻っていった。

 僕たちはウマスギにまたがり、硝子がらすの町を目指めざした。しばらく走るとミュートが声を掛けてきた。


「ねね、今からでも一人称いちにんしょう、俺にしてみたら?」


「……えー、いやだよ」


「ちっ、やっぱりダメか」


「ていうか、なんで?」


「その方が男らしくて、カッコいいかなーなんて」


「……んー、そういうのは自分らしいのが一番いちばんじゃないかな? ……ミュートも吾輩わがはいとかいやでしょ?」


「……なんで吾輩わがはいよ……? ……まぁ、それもそうか。……あっ、そういえばね、前のサンデーは『私』にあこがれてたよ。……カッコ付けてさ、無理むりしてしばらくそうしてたんだけど、あたしに笑われて、やめちゃったの」


「……へえ、そんなことが」


「ていうかさ、一番いちばん最初、そよ風の町の前に会った時さ、サンデー、自分のこと『私』って言ってたよね?」


「……うわ、なんか、やだなぁ……未練みれんがあったのかな」


「そうかもね。ふふ」


「そういえばさ」


「なに?」


「その時さ、野盗やとうおそわれてたよね? 3人ぐみの」


「うん。それが?」


「……なんだろ、今思うと、ミュートがあんなに手こずるわけないよなーと」


「……あー、あれよ。その、あたしさ、ずっと、サンデーを尾行びこうしてたんだけど……」


「……そ、そうなんだ……」


「そしたらあの野盗やとうたちにおそわれてさ……サンデーにバレるから、爆弾ばくだんの魔石ではらうわけにもいかないし」


「……いや……滅茶苦茶めちゃくちゃ大声おおごえ出してたけどね」


尾行びこう邪魔じゃまされて、気が立ってたのよ……」


「だから、めずらしくとどめをそうとしてたんだね」


「……あーそれは違うよ」


「ん?」


きみためしたんだよ」


「……ためすって?」


きみはとどめをそうとしたあたしをめたよね。……それで確信かくしんしたよ。きみはサンデーだってね!」


 そう言ってミュートは僕に振り返り、はじけるような笑顔を向けてくれた。

 今まで僕は、迷路めいろなかを歩いているような気持ちだった。身体のこと、記憶きおくのこと、過去のこと。もちろん、それらのせいでもあった。……だけど、一番いちばん分からなかったのは、ミュートのことだった。……だって、出会った時から、何故なぜかも分からないのに、ずっと好きだったんだから。だけど、迷路めいろわりだ。あとはただ、道をぐ進むだけだ。

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