ことの起こりはね、あたしが魔女におそわれたこと。今日きょうのことじゃないよ? もう2年くらい前になるかな、ある日突然とつぜん、あたしはあの魔女におそわれた。

 本当はね、魔女は相手に気付かれないように、うしろからそっと命をうんだって。本来ほんらいなら、おそわれた人は、魔女におそわれたって記憶きおくすらなく、ただ寿命じゅみょう半分はんぶんうばわれる。でも、あたしはとっさに抵抗ていこうして、魔女の姿を見て、言葉をかわわしてしまった」


半分はんぶん?」


「うん。魔女は相手の命の半分はんぶんだけをうばうんだって。あたしの寿命じゅみょうもとはどれだけあったかは知らないけど。40もきられれば、大往生だいおうじょうってところね。

 ……それで、……そこで……あたしはあきらめて、妥協だきょうした……40まで人の2ばいたのしめばいいじゃんって、それならまったく同じじゃんって……。それに、ほら、魔女にかなうわけないしさ……。40どころか、楯突たてついたら、そので殺されちゃうに決まってる……。そ、それなら、40までって決めて、残りの人生じんせい真剣しんけんきた方がいいって思った。

 だからさ、最初はさ、きみにもだまってたの、魔女におそわれたことや寿命じゅみょうのこと。……わるいと思いながら……。あたし、本当にずるくて、自分のことしか考えてなくて、こんな身体なのに、別れようともしないで、ただだまって、短い人生じんせいたのしもうって考えた。自分の死んだあとのことや、きみのことを考えもしないで……。

 そして、しばらくのあいだ秘密ひみつにしてた。ただ、きることだけ考えて、きようって。死ぬことなんか考えないで、ただその一日いちにち一日いちにちきようって。だ、だけどさ、そうは思ってもさ、こわいんだよ、だって、もしかしたら、30かもしれないじゃん。20だってこともありる。こわくて、……こわくてさ……気が付いたら、あたしは、自分の死ぬところ……自分の死のことだけしか考えられなくなってた。たのしくきることなんて、少しも考えられなかった……。

 死にかれて、あたしはきる気力をうしなった。だからって死ぬわけでもなく、ただがらみたいに、同じ毎日を繰り返していた。……そして、とうとう、我慢がまんできずにあたしはきみにすべてをけた。こわいのも、あきらめたのも、ずるい気持ちも、なにもかも。そしたらきみはこう言った、『魔女から寿命じゅみょうを取り戻そう』って」


 話の途中とちゅうからなみだを流していたミュートだけど、昔の僕の言葉をつぶやくとなみだまって、表情が引き締まった。


「それから、あたしたちは魔女にたたかいをいどんだの。何度なんど何度なんどもね。とうのあたしは何度なんどあきらめたのに、きみけっしてあきらめなかった。何度なんど殺されるようなっても、がむしゃらに、命懸いのちがけで。

 それで、あたしたちは何度なんどたたきのめされたんだけど、魔女は不思議とあたしたちの命をうばわなかった。だけど、あまりのしつこさに魔女もおこって、今度はきみたましいと身体をうばってしまった。たましいは魔石に変えられて、身体はあいつにうばわれてしまった」


「あいつって、もしかして……」


「そう、あの黒鎧よ。あのよろいなかの身体は、きみの身体なの」


「……でも、それって、どういうこと?」


「……あいつ、……ハックとかいったっけ? あいつはね、たましいだけの存在そんざいなの。動物どうぶつの身体にうつることができる。死に掛け、もしくはたましいけた動物どうぶつにだけらしいけど」


「……だけど、なんで僕はよろいなんかに?」


きみを殺されて、泣いてなげくあたしに、あの魔女はなさけを掛けたの」


「……なさけ?」


「うん。ハックがそれまで使っていたよろいに、きみたましいの魔石を定着ていちゃくさせてくれたの。そのけんもとはあいつのだよ」


「……道理どうりでしっくり来ないわけだ」


「……なにかにつけて投げ付けてたもんね……」


「それで……?」


「うん。たましい定着ていちゃくさせてくれたはいいけど、やっぱりそんなの普通は無理むりな話でしょ? きみ記憶きおくまでは、定着ていちゃくしなかった。そもそもが無理むりな話なんだよ。意識いしきがあって、こうして、話せるだけで奇跡きせいみたいなもんなんだよ。……でもさ、それじゃあ、あの時のあたしは満足まんぞくできなかった。

 あたしは、まだたましい定着ていちゃくしたばかりで白濁はくだくした意識いしききみに、せめてあたしのことを思い出すようにめ寄った。……馬鹿ばかだよねぇ、そんなの、まれたばかりのあかぼうにさ、おなかなかで聞いた子守唄こもりうたを歌ってみせろって言うようなもんだよ。……そして、あたしはきみ拒絶きょぜつされた」


「僕はなにを言ったの?」


「……それは言いたくないな。……まぁ、あれだね、へこんで、しばらくきみに声を掛けられなくなるような言葉かな」


「……それは……ごめん」


「いや、ほら、おぼえてないんだし、あやまることないよ。……それに、あたしもさ、それくらい強引ごういんめ寄ったから」


「だけどさ、どうして、今まで言ってくれなかったの?」


「……話しちゃったらあたしは、自分のことを思い出してってめ寄るのを、我慢がまんできなくなるって思った。それでまた、拒絶きょぜつされるんじゃないかってこわかったんだよ」


「そんなことしないのに」


「そうだね、話してみると、こんなもんなんだね。今までの我慢がまんは、なんだったんだろうって感じ。……それにさ、なんだかたのしくなっちゃって、こんなこと言うのはわるいことだけど……」


「……たのしく?」


記憶きおくくす前のきみと、はじめて出会った頃みたいでさ。記憶きおくがなくても、やっぱりきみきみなんだよ。昔と全然、変わらない。だけどね……」


「うん?」


一番いちばんの理由は……きみにもう無茶むちゃをしてほしくないから」


無茶むちゃ?」


「うん。記憶きおくを取り戻したきみは、かならずまた無理むりをする。あの時きみは、あたしの制止せいしも聞かずに、ちがえてでもあいつらにくびを振らせるって言って、そのまま殺されてしまった。……あたしは自分がゆるせなかった、あたしのせいできみはこんな身体になっちゃったんだから。今度は自分の番だと思った。今度はあたしが命をける番だって。

 どうせ、もう半分はんぶんの命だから、きみもとに戻すためならしくない。ホントはね、きみせて、魔女をうのをやめさせて、あたし1人で魔女にいどむつもりだった」


「……ああ、言ってたね、そよかぜの町で、そんなふうなこと」


「うん。……でも誘惑ゆうわくけちゃった」


誘惑ゆうわく?」


「そう、……やっぱりきみ一緒いっしょにいたかった。でも、その時、自分自身にちかったんだ、きみの身体と記憶きおくを取り戻すまで、過去のことはいっさい秘密ひみつにして、あたしはきみまも騎士きしになろうって。……そう決めたはずだったんだけど、結局けっきょく言っちゃった。……あたしはいつでも中途半端ちゅうとはんぱ……自分との約束やくそくすらまもれない」


「それが一番いちばんむずかしいよ。心は変わってくし、自分の心だけはまる見えなんだから。……でもうれしいよ、話してくれてさ。なんだかモヤモヤがれたよ。……最初から、おかしいと思ってたんだ」


「え? 最初から?」


「……。いやなんでもない。秘密ひみつだよ。仕返しかえし」


「……なによ、言いなよ。恋人こいびとなんやぞ?」


 ミュートは器用きようにも笑いながら僕をにらんだ。それが可笑おかしくて僕もき出し、僕たちは見詰みつめ合いながら少しのあいだしずかに笑い続けた。笑いがおさまり、沈黙ちんもくり、ミュートはたのしげに僕の顔をながめた。僕はただ、それだけでしあわせで、いつまでもこうしていたいと思った。だけど、大事だいじなことを聞きわすれていたことに思いたる。


「ねえ、ミュート」


「なに?」


「僕は誰なの?」


きみきみだよ」


「僕の名前は?」


きみはサンデー」


「えっ?」


「それは本当の名前だよ、……きみはサンデー」


「僕はサンデー」


「本当は自分のこと、俺って言ってたけど」


「あっ、うそいた顔してる」


「えっ? 分かるの?」


「もちろん。今、うそいたわよって顔するもん」


「あはは。そこまで? かくしごとは向かないね」


「なら、今まで大変だったね、……おつかさま


「……な、なに……? ううう……」


 ミュートのひとみにじわじわとなみだあふれた。一瞬いっしゅんがおを浮かべたけど、それはすぐに消えた。


「な、なんでおこんないのよ! す、少しぐらいおこりなさいよ!」


「そんなに、おこらないで……!」


 ミュートは器用きようにも、泣きながらおこっていた。すぐに泣きやみ、なみだいたミュートは、なんだか、とろんとした目になっていた。


「……なんか話したら気がけちゃった……」


 そう言いながらミュートは、だるげに、ゆかにゆっくりとうつせに寝転ねころがり、僕を見上げた。


「……あたし、もう、つかれちゃった。サンデーもでしょ? どうする? もういっそのこと、死ぬまでのあいだ、ここでらす?」


 丁度ちょうど太陽たいよう真上まうえにあるのか、天窓てんまどからし込む光を受け、ミュートは、若干じゃっかん神秘的しんぴてきっぽく、キラキラとひかっていた。


「バカ言ってないでくよ。さあ、立って。魔女をうよ」


 太陽たいようくもかくれたのか、まとっていたひかりころもちて、ミュートはくらゆかしずんだ。やっぱり神秘的しんぴてきだったのは気のせいだったみたいだ。今のミュートは図書館としょかんゆかで寝る、ただの迷惑めいわくな人だった。


「……そりゃそうね」


 そう言ってミュートは身を起こし、起き上がろうとする。でも、そこで、僕は気付く。いつのにかミュートの背後はいごに、真っ黒なかげたたずみ、僕たちを見下みおろろしていた。いきを殺し、て付くような殺気さっきかくそうともせずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る