しばらくのあいだ、ミュートはメイメイちゃんを肩車かたぐるましていたけど、調子ちょうしに乗ってメイメイちゃんをらしたり、ちぢみしたりしたせいか、腰をいためたようだった。メイメイちゃんをおろろしてから、何度か腰をそららして、グキッグキッというにぶい音をさせていた……。


「ぁぁっ……いたたた」


「……大丈夫? 無理するから……」


「……大丈夫……大丈夫……背骨が少しはじけただけよ……」


「そんなわけ……。あれ?」


 曲がりかどし掛かるたび、メイメイちゃんが、右、左と声を掛けてくれていたけど、それがなかった。うしろを振り返ると、メイメイちゃんはいつのにか足をめていて、離れたところで佇んでいた。天窓てんまどからの光をびて、ほうけたようにその場に立ちくしていた。やがてわれに帰ったのか、僕たちを見てニッコリ笑うと、こっちにけてきて、ミュートにき付き腕をからめた。その拍子ひょうしにポップコーンがボロボロとゆかにこぼれた……。


「ぁっ……ちょっ……ゆ、ゆらさないで……」


 2人がたわむれるあいだ、僕はらばったポップコーンをひろい集めた。するうちに、2人の声が遠ざかっていくから、顔を上げて目を向けると、ミュートはメイメイちゃんに手を引かれて、あおい顔をしていた……。


「おねえちゃん、ちょっとコソコソばなし


「ちょ、……ぁぁっ……だめ、強く引かないで……!」


「ああ、ちょっと待って、まだポップコーンが……」


「おにいちゃんはちゃだめー。おんな同士どうし秘密ひみつはなしなのー。ちょっと待っててー」


 そして2人は曲がりかどに消えていった……。

 僕はひろったポップコーンをポーチにれ、暇潰ひまつぶしにほんを手に取って読んだりした。そうして、かなりの時間がったはずだけど、2人は一向いっこうに戻って来なかった……。2人が向かった先に声を掛けてみるけど、反応はんのうはなかった。僕は少しだけ迷路めいろを進んでみることにした。もとの場所に戻れる範囲はんいでと思っていたんだけど、僕はまよってしまい、もとの場所に戻れなくなってしまう。やっぱり、おとなしく待っていればよかった……。僕って方向音痴ほうこうおんちなんだろうか……? そして、こんなときにかぎってなかなか書生しょせいの子に会えなかった。


「ねえ、おにいさん、おひとりさま?」


 その時、横合よこあいから声を掛けられた。目を向けると、そこにはここの書生しょせいの子がいた。やはりれいによって、顔がフードのかげで見えない。声からさっするに少女のようだ。は僕ほどじゃないけど、女の子にしたら高めだろうか。


「ああ、うん。一緒いっしょの女の子とはぐれちゃってね……。金髪きんぱつ小柄こがらな子で、ミュートっていうんだけど……。見たりしてない? あ、メイメイちゃんって子も一緒いっしょなんだけど……」


「申し訳ないけれど、見てないわ。……それにしても、おにいさんこんなところで、すごい恰好かっこうしてるね」


 少女はそう言って、腰のうしろで腕をみ、身体を少しかたむけ、僕を見た。可愛かわいらしいポーズだけど顔が見えないから少しこわい……。


「うん、いろいろ事情じじょうがあってね……」


「ねぇ、少し一緒いっしょに歩こうよ、その人をさがしながらさ」


「うん、いいよ。……ここ暗くてこわいから助かるよ。あ、そうだ、僕はサンデー。きみは?」


「私はルーよ。よろしくね。ねぇねぇねぇ、その女の子は、彼女なの?」


 あけすけというか、すごくグイグイ来る子だ……。そのせいか、僕も昔からの友達みたいに自然にしゃべれた。初対面しょたいめんの人と気軽きがるに話せて、それも相手にいやな思いをさせないのってむずかしいことだ。あこがれるけど、僕が真似まねをしたらひどいことになりそうだ……。やっぱりこういうのは性格せいかくもあるから、自分なりの礼儀れいぎくすのが一番いちばんなのかもしれない。


「ええ? 違うよ。そんなんじゃないよ」


攻略中こうりゃくちゅう?」


残念ざんねんだけど、その人には彼氏がいるんだ」


「へぇ、彼氏がいるんだ。略奪愛りゃくだつあいってやつ?」


「違うって……」


「好きならうばっちゃえばいいのに」


「え?」


確約かくやくみのおふだがして、ぬすんじゃえばいいのよ」


「……そんな、ものじゃあるまいし」


「同じだよ。それが本当にしいなら、命があるかは関係かんけいない。ただ、勇気ゆうきがあるかないかの違いだけ。だって、その欲求よっきゅうしずめるには、それを手に入れるしかないんだから」


「……僕はそんな」


告白こくはくしちゃいなよ」


「……ん」


「僕を見てって。僕と付き合おうって。僕とらそうって。素直すなおにそう言えばいいんだよ」


「……」


「その人だって、あなたが真剣しんけんうったえれば、きっとあなたのことを受け入れてくれるはず」


「だけど、そんなの……」


「……なんなら、私で練習れんしゅうしてみる?」


「え……?」


告白こくはく練習れんしゅうよ」


「そんな……」


「私なんかじゃ、その人のわりにはならないだろうけれど。こういうのは、思い込みでなんとかなるものよ」


「思い込み?」


「私をその人だと思うの。その人との思い出を私にかさねるの。ねんじるの、その人はここにいる、その人はここにいる。身体も心も今ここにある。

 なんなら、めて愛をささやいてもいい。そうしたなら、その人はもう、あなただけのもの。昔の男のことなんて、頭がしびれてわすれちゃう。ほら、言ってみて。愛してるって。おまえは俺の女だって。なんならそので、くちびるうばえばいい。だまらせるの、その女を。口をふさいでね。口でくたえなよ、好きだって。愛してるって。そして、そいつのした無理矢理むりやり、動かしてやればいい。『あたしも大好だいすきだよ、サンデー』って。『あたしはきみおんなだよ』って。

 簡単かんたんだよ。ここの迷路めいろなんかより、ずっと簡単かんたんあとはただ、その女を見付ければいいだけ。もう、出会であがしらで、その女が手に入る。それはもしかしたら、そこのかどかもしれないよ。だから、ほら、早く、練習れんしゅうしなくちゃあ」


「……な、なにを、言っているの……」


「ほら、こっちを向いて、私に愛をささやいて」


 ルーちゃんは僕の両手りょうてを手に取り、間近みぢかまでると僕の顔をのぞげた。黒いフードのかげからのぞくそのふたは、宝石ほうせきのようにんだ、さおひとみだった。


「サンデー! 今すぐそいつから離れて!」


「え?」


 声がして振り向くとそこにはミュートがいた。


「いいから早く!」


 ミュートは声を張り上げると同時に、爆弾ばくだんの魔石をかまえた。


「そいつが魔女よ!」


「えっ!?」


「……バレちゃった。もう、邪魔じゃましないでよ。せっかく2人で、いいことしてたのに。ね? サンデーくぅん?」


 そして、そのままルーちゃんは、腕を広げ、たおれ込むようにしながら、僕にき付こうと……。


けて!」


 ミュートの声で、僕はとっさにそれをかわした。


「ほら、ずかしがらないで、さぁ、おいで、愛してあげる」


「そいつにき付かれたら殺されちゃう! 早くこっちに来て! 早く!!」


「いいんだよ。そんな子、ほっときなよ。どうせきみのことなんか、愛してくれないんだから。その子、お人形にんぎょうには興味きょうみないって。私なら愛してあげられるよ。お人形にんぎょう大好だいすきだもの。大きいのなんか、特にね」


「この、アマ! ざけんな!」


 ミュートは魔女に向かって、爆弾ばくだんの魔石を投げた。僕はすぐさまミュートの方向に飛び込み、ゆかせた。魔女はふわりとすべるように魔石をかわした。爆発音ばくはつおんが聞こえ、あたりが一瞬いっしゅん光った。魔女はほんのわずか、ゆかからいていた。魔女はミュートの方を見ながら、幽霊ゆうれいみたいに浮遊ふゆうして、こおりの上をすべるようにうしろにがっていった。そして、かどに身をかくし、横顔よこがおだけをのぞかせた。その横顔よこがおは、背中せなかがぞくぞくするくらい、不気味ぶきみうつくしかった。


こわい顔ぉ。お顔が赤いわぁ。ほら、おにさんこちら」


 魔女はくぐもった笑い声を上げると、挑発ちょうはつするように人差ひとさし指を立て、ゆるく振った。

 それを見て、ミュートはすかさず2個目をとうじた。ほんが飛びり、木屑きくずう。とおるようなわらべ歌の鼻歌が聞こえ、それが歌声に変わり、すぐに不気味ぶきみな笑い声にくずれていった。


「あたらない、あたらない、お手玉てだまもできないなんて、子供以下じゃない。恋もできないはずよぉ」


 ミュートは魔女の方にけ出していく。


「待ってミュート、1人じゃあぶない!」


 僕の声はまったく耳にとどいていないようだ。ミュートは完全にわれわすれてる。まるで、そよ風の町で黒鎧におそわれた時みたいだ。


「あたしのことはいいから! サンデーを助けて!」


 僕もすぐに起き上がり、ミュートのあとった。でも右足のりがかず、前みたいに速く走れなくて、僕はどんどんとミュートから離されていった。

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