ミュートはグリエさんに、魔女をっている理由や僕の身体のことを話した。途中とちゅう、僕も補足ほそくを入れながら、今までの旅のことを洗いざらいなにもかも話した。グリエさんはそれを、ただだまって聞いていた。


「……いそぐ旅だったのね。早く言ってくれたらよかったのに」


 そう言って、グリエさんは近くの書生しょせいの子に、「申し訳ないけど、メイメイを呼んできてくれない」と声を掛けた。すると書生しょせいの子は、すぐに迷路めいろの奥に消えていった。


「魔女ね。調しらべているといっても、私に教えられることは少ないわ。魔法のことも、どんな人物なのかも、私には分からない。でも、あなたたちの不安ふあんを、少しだけ解消かいしょうできるかもしれない」


不安ふあんですか?」


 僕のいにかぶせるように、グリエさんは言った。


「あなたは魔女にあだなすことで、世界せかい利便性りべんせい犠牲ぎせいにしてしまうんじゃないかと思ってる」


「……そうです」


「それに、魔女にすくわれた町々まちまちを回って、もしかしたら自分の犠牲ぎせいは仕方のないことなんじゃないかと思ってる。そうでしょう?」


「……正直しょうじき、そう思うこともあります」


 僕の言葉を聞いて、ミュートは顔を強張こわばらせ、するどい目付きで僕を見た。


「……ちょっとサンデー、なに言ってんのよ」


「……ごめん。だけど、本当のことだよ」


「だからね、もしかすると、その心配はする必要のないことかもしれないってこと」


 そう言ってグリエさんは、ひかえめに一つ咳払せきばらいをした。


「今から話すことは、実際じっさい資料しりょうつたえから引用いんようしたものよ。だけど、それが真実という保証ほしょうはないわ。情報じょうほうというものには必ず私見しけんじる。私欲しよくはもちろん、希望きぼうさえもが真実しんじつをねじ曲げてしまう。過去は真実しんじつをゆっくりとくだいていくの。

 昔の話になればなるほど、その内容ないようからは真実しんじつが抜け落ちて、希望きぼう私見しけんはばかせるようになる。そして私はそういったものをもと見解けんかいべる、更にそれは憶測おくそくぎないということを心にとどめて置いてね。確証かくしょうもないし、保証ほしょうもしてあげられない」


「分かりました」


 僕の言葉にグリエさんはうなずきを返し、記憶をさぐるようにしずかに語り始めた。


「こんな古い言いつたえがあるわ。昔々むかしむかしのある時、硝子がらすの町の程近ほどちかくに、銀のつばさえた星が落ちてきた。真っ白な閃光せんこうと、木々きぎたおすようなすさまじい風があたりをおそい、ほのお黒煙こくえんが空高く立ちのぼった。空はあつくもおおわれ、世界せかいは長くきびしい冬の時代に突入とつにゅうした。落下らっか場所ばしょには大穴おおあなき、まばゆい光をなくはっしていた。そして、その大穴おおあなからしょうじたかみなりあたりの村々むらむらおそい、多くの人の命をうばった」


「銀のつばさ? それはいったい?」


「分からないわ。文字通りなのか、なにかの比喩ひゆなのか、昔の人は詩的してきな表現をこのむから、なんともいえない。……それで、それをしずめるために、1人の少女が生贄いけにえささげられた」


「少女?」


「それが魔女」


「え? でも、生贄いけにえって……」


「これは憶測おくそくだけど、その隕石いんせいが少女に力をあたえたんじゃないかしら」


「……もとから魔法が使えただけってことは?」


「もちろんその可能性かのうせいもある。だけど言いつたえによれば、少女はただの村人むらびとで、みずか犠牲ぎせいになることをもうし出た健気けなげ村娘むらむすめだったとある。そして、光でうごめく大穴おおあなに、そのとうじた。するとかみなりしずまり、やがて光も完全に消滅しょうめつした。こうしてあたりの村々むらむらすくわれた。だけど……」


「……だけど、なんです?」


大穴おおあな一番いちばん近かった村、今の硝子がらすの町ね、……その村が一瞬いっしゅんで、硝子がらすに変わってしまった」


硝子がらすですか?」


「……ええ、すべてがね、まあ、それはけば分かるわ。そしてこれも推測おくそくなのだけれど。もし魔女の魔法の力が、隕石いんせいるものなら、おそらく星が落ちた時、魔法の因子いんし世界中せかいじゅうらばったんじゃないかと思うのよ。だって大地だいち大穴おおあなけるような星がって来たんだもの、その衝撃しょうげきはかり知れない。くも世界中せかいじゅうに広がったというしね。……そして、おそらく、そのわずかな魔力は、私たち全員の血に流れているんだと思う」


「え? でも、僕たち誰も魔法なんて……」


「……不思議に思ったことがない? 私たちの才能さいのうってどこから来るんだろうって。才能さいのうという言葉で片付けているけれど。もし、それが魔法だとしたら?」


「……そんなのありますか?」


「分からない。でも、一度はあなたも思ったことがあるはず。人の才能さいのうたりにして、こんなの人間業にんげんわざじゃないとか、魔法みたいとか。実際じっさいなかにはとんでもない才能さいのうを持った人がたくさんいる。なかを変えるような発明はつめいをしたり、圧倒的あっとうてきなカリスマせい人々ひとびと扇動せんどうしたり、技術的ぎじゅつてきなことであったり、人徳じんとくだってあるしゅ才能さいのうだろうし、ちっぽけな特技とくぎでも世界せかいでその人にしかできない、なんてこともある。

 人の多様性たようせいはとんでもないわ。だってほかの動物をごらんなさい。同じ種族しゅぞくでここまでの個性こせいを持った生物せいぶつなんていないわ。私たちの文化的ぶんかてき行動こうどうがそうさせたのかもしれない。でも、それだけじゃあ説明せつめいが付かないような気がするのよ。それが魔法なんじゃないかって。だいなりしょうなりあれど、私たちはみんな魔法使いなんじゃないかと思うの。

 もしこの仮説かせつが間違っていて、魔法じゃないにしても、それは魔法としょうしてつかえない偉大いだいな力だと思う。大昔おおむかしの私たちは、自分たちのことを魔法使いだと信じたんだわ。そのいのりが今も続いている。それは比喩ひゆだとしても、やっぱり魔法なのよ。そして、その魔法は、あの魔法使いの力よりも偉大いだいだわ」


 グリエさんの話を聞いて、僕は思わずミュートを見た。たしかに、身近みぢかにも人間離にんげんばなれした人がいる。ミュートのものげる才能さいのうも魔法なんだろうか……? 無言むごんで見詰める僕に、ミュートは目を少し見開みひらかせた。


「ん? なによ?」


「……いや、なんでもない」


「なによ、言いなさいよ」


「……いや、ミュートだなあと思って」


「はい?」


「……いい? 続けるわよ」


 グリエさんは咳払せきばらいをすると、まるで昔のことを思い出すようにひとみ一瞬いっしゅんうつろにさせ、焦点しょうてんを僕たちに戻すと話を再開さいかいした。


ほかに、こんな記録きろくがある。昔、魔女は、とある町の王様にその力をおそれられ、処刑しょけいされそうになった、と。そこで魔女は、こう言ったそうよ。『私を殺せば、こののすべての魔石は効力こうりょくうしなう』とね。……そもそも強大きょうだいな力を持つ魔女が、町の王様につかまるなんて、おかしな話よ。

 ここから分かるのは、この時の魔女は、人の手にかるほど弱っていたということ。もう一つ推測すいそくできるのは、魔女の言葉は、死をおそれてのデタラメなんじゃないかということ。いくら魔女といえど、みずからが殺されるとなったら、命乞いのちごいの一つもくはずよ。何百年なんびゃくねんき続けるくらい、せい執着しゅうちゃくするような魔女なら、尚更なおさらそうでしょうね。多分たぶん妄言もうげんなのだと思う」


「……だ、だけど……」


 安堵あんどすくいを受け入れるのを躊躇ちゅうちょしてしまう、そんな僕の天邪鬼あまのじゃくつぶすように、グリエさんははっきりとした口調くちょうで切り出した。


「そして、これ以降なのよ」


なにがです?」


各地かくち失踪しっそうや、魔女絡まじょがらみの不穏ふおん伝説でんせつが語られ始めるのがね」


 グリエさんはおそろしく真剣な表情を浮かべていた。


「……つ、つまり?」


「魔女の力、もしくは命は有限ゆうげんで、……おそらくそれはほかの誰かから補充ほじゅうしているのよ」


「……補充ほじゅう


「そして、それと同じくしてなの」


「なんです?」


「魔女が人々ひとびとすくったという話が急激きゅうげきに増えていくのが」


「……それは、なんのために……?」


 僕のい掛けに、グリエさんは、なにかにおびえるように顔を強張こわばらせ、言った。


「……おそらく、……補充ほじゅうできる人間を増やしているんじゃないかしら」


 グリエさんの言葉に、背筋せすじふるえた。


「魔女は、ただ善意ぜんいのためだけに人をすくってるわけじゃないのよ。だから、命をして当然なんておくする必要はまったくない。それに、魔女がいなくとも世界せかいは回り続ける。おそらく、君は、自分の命と世界せかい天秤てんびんけなくていい」

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