天窓てんまどからす弱々しい光にらされるのは、様々な色と題名だいめいだった。建物たてものなかは、かべ一面いちめん本棚ほんだなになっていた。高い天井までがすべてたなで、そこにぎっしりとほんおさめられている。道幅みちはばは広く、5人が両手を広げても、余裕よゆうで並ぶことができるくらいだろう。

 そんななかを進んでいくと、分岐ぶんきがたくさんあり、何度なんども道をれた。


「ずいぶん、んでるんだね」


 という僕の投げ掛けに、男の子はねむそうな声を返した。


「ここは迷路めいろの町なんだよ」


迷路めいろ?」


「うん。町全体が迷路めいろなんだ。町全体が本棚ほんだなでできてて、迷路めいろになってる。ここは知識ちしき迷宮めいきゅうなんだ」


「なんで迷路めいろなんかに……?」


「……いや、よくは知らないけど」


「知らないんだ……」


「……うん。でも、館長かんちょうがよく言ってるよ。『るものこばまず、ものただでは返さぬ』って」


「なんかすごいね……。そうだ、そういえば名乗なのってなかったね。僕はサンデー、よろしくね」


「あたしはミュート。よろしくー」


「俺はワカリだよ。よろしく。ていうか、おじさんもねむそうな声してるね」


「……お、おじさん……。……う、うん、最近、いくら寝ても、ねむいんだよ」


「はは、じゃあ俺と一緒だね。よくおこられるよ、シャキッとしろって。でも俺思うんだ。別にさ、ねむってわる人生も、そんなに悪くないんじゃないかって」


「……そんな、それじゃあ、つまらないよ」


「そうかな? だって夢のなかでもそれなりに楽しいでしょ? めないでほしかったって思うこともしょっちゅうあるし。夢で退屈たいくつしたことないよ。だから、おじさんも好きなだけ寝たらいいんだよ。夢のなかならくるしまずにけるだろうしさあ。俺、寝てるときが、一番いちばん気持ちいいよ。みんなさ、寝不足ねぶそくだからカリカリしてるんだよ。俺は思うね、人はもっと寝てごすべきだって。その方がなかハッピーになると思う」


「……そうなのかもね。……でも、僕も君と同じだよ。あんまり寝てると、このおねえさんにすごおこられるんだ……だから」


「おたが苦労くろうしてるね」


 ワカリ君はそう言って、ニッコリと笑った。

 迷路めいろを進むうち人影ひとかげえていった。みんな同じ格好かっこうをしていて、顔にはフードのかげが掛かり、遠くからでは性別せいべつすらも判別はんべつできなかった。大人おとなの人もいるようだけど、ほとんどが小さい子供のようだ。みんな歩きながら、ほんを読んだり、たくさんのほんかかえていた。


「なんだか、小さい子が多いわね」


「うん。この町の人はみんな孤児こじなんだよ。館長かんちょうが俺らを引き取ってここにまわせてくれてるんだ」


「……へぇ、大変なのね」


「……ああ、毎日、勉強べんきょうけだよ……」


「それは……まあ、がんばんなさい」


 というかさっきから、すれ違うちっちゃい子たちが僕たちを見て、クスクスと笑っていた。もっというと、なんだか僕を見て笑っているような……。


「ねえ、なんか僕、笑われているような気がするんだけど……」


「そりゃあ、こんな場所で、そんな格好かっこうだからだよ……」


「……ああ、まあ、そりゃそうだよね」


 様々な人たちと、次々すれ違う。絵本えほんを手に持つおさない子供。むずかしそうなほんを読む大人おとな。僕とミュートを見て、顔を近付け笑い合う年頃としごろの少女たち。けていく大勢おおぜいの子供。本棚ほんだな整理せいりいそしむ大人おとな。右、左、と道をがるたび、次々と光景こうけいが切りわる。大人おとな、子供。子供、ちっちゃい子。男、女。女の子、男の子。


 みんな同じ格好かっこうだから、おかしな気分だ。人の成長や一生を、でたらめに見せられているような、そんな気がしてくる。時が進んで、ぎゃくもどり。場面がんで、ほかの誰かの人生に切りわる。等間隔とうかんかくす、天窓てんまどからの薄明うすあかりがなければ、その錯覚さっかくみ込まれてしまうんじゃないかなんて思えてくる。それくらいこの町の風景ふうけい手品てじなめいていて、追憶ついおくちていた。


 次々と目にはい書物しょもつのタイトルに目がまわりそうになる。架空かくうのお話や、実話じつわ資料しりょうに、絵本えほん偉人伝いじんでんに、画集がしゅうに、詩集ししゅう論文ろんぶんに、歴史書れきししょ、それらがてんでバラバラに並べてある。

 様々な背景はいけいに、様々な色で、様々な文字もじ。星の秘密ひみつ。命の神秘しんぴ。人の歴史れきし。命の大切さを教える絵本えほん小難こむずかしい教科書きょうかしょ甘酸あまずっぱい恋愛のほん。過去の戦争せんそう偉大いだい聖職者せいしょくしゃに、虐殺ぎゃくさつに手をめた権力者けんりょくしゃはじめての子育こそだぼん。仕事のほん。死の哲学てつがうらないのほん神様かみさまほん鉱石こうせき図鑑ずかん。どんな種類しゅるい知識ちしきも、すべてこの町にそろっているんじゃないかって思う。知識ちしきかべに、知識ちしき洪水こうずい圧倒あっとうされる。


 ほんに気を取られ、いつのにか立ち止まっていたワカリ君に、ぶつかりそうになってしまう。ワカリ君はぎこちない動きでこちらに振り返った。


「……まよったかもしれない」


「え?」


「……ごめん、ちょっと道、聞いてくる」


 ワカリ君はそう言って、近くにいた町の人のところにけていった。


「そりゃあまようわよね」


「なんで、こんな迷路めいろにしたんだろう……」


「さっぱりね」


 ほどなくして、ワカリ君はニコニコがおで戻って来た。


「お待たせ、もうすぐみたいだよ」


「ここの人でもまようのね」


「当たり前だよ、迷路めいろだし」


 ワカリ君の少しおこったような声が、なんだか無性むしょう可笑おかしかった。

 少し歩くと、本棚ほんだな途中とちゅう木製もくせいとびらが現れた。小さめのくすんだ色のとびらで、下手へたすると見落としてしまいそうなほど、目立たなかった。


「ここだよ。じゃあ俺はこれで」


 と言ってワカリ君はすぐに立ち去ろうとした。それにミュートが声を掛ける。


「あれー、紹介しょうかいしてくれないのー?」


「いいか、俺はここにちゃいけない人間なんだ。……じゃあね!」


 ワカリ君は、ひらを向けて僕たちにあいさつすると、げるようにけ出していった。そのうしろ姿は、天窓てんまどからの光をけるたびに、色がけていき、ワカリ君が光にけてしまったような錯覚さっかくしょうじさせた。


「よっぽどサボりたかったのね……」


「……みたいだね」


「……よし、いきましょう」


 ミュートは苦笑にがわらいを引きめ、とびらに目を向けた。……なんだか、質素しっそな作りなのもあり、ベクシンさんの小屋こやが思い浮かび、なんとなく身構みがまえてしまう……。ノックをしようとしているミュートを退けるようにがらせ、わりに僕がとびらをノックした。するとなかから、「どうぞ」とひかえめな女性の声が返ってきた。……ミュートは何故なぜだか知らないけど、軽蔑けいべつするような目付めつきで僕を見ていた……。

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