過去の町 強欲分別

 どれくらい微睡まどろんでいたのか、僕は目がめてからも、ねむりと覚醒かくせい中間ちゅうかんたたよっていた。一定いってい間隔かんかくで優しく身体をられ、それに合わせて小気味こきみのいい音が聞こえる。目の前では金色きんいろかみれ、あたりは見渡みわたかぎなにもない平原へいげんだった。

 僕はうまに乗っていた。僕の身体は、ミュートの身体に、ひもくくり付けられていた。ねむる前のことを思い出そうとするけど、さっぱりだった。多分、また何日もねむってしまったんだ。


「ごめんね、ミュート」


あやまんないで。それより、そろそろ着くと思うよ。過去の町に」


「過去の町か、どんなところなのかな。過去じゃ、想像そうぞうも付かないね」


「そうね。うーん。古い建物たてものがいっぱいで、歴史れきしある町なんじゃない? 知らないけど」


「そういうのって意味あるのかなあ?」


「そういうの?」


「古い建物たてものを残しとくの」


「さあ、過去の時代をいたむおはかみたいなもんじゃない? 知らないけど」


 死者の町を抜けてからのミュートは、すっかりもとのミュートにもどっていた。体調たいちょうはそう断言だんげんできる。でも、心の方は分からなかった。


「ねぇ、ミュート」


「なにー?」


「真剣な話なんだけどさ」


「なによ。告白こくはくでもする気ー? あとでウマスギにられるかもよ?」


「……。ほら……あのさ、死者の町でさ、ミュート、死んじゃいたいって、……そう言ってたよね」


「えー、そんなこと言ったっけ?」


 ミュートは茶化ちゃかすように言った。僕が言葉をさがしているうちに、ミュートは幾分いくぶん真面目まじめ口調くちょうで言った。


「……ただ、あの部屋を見て、ショックを受けちゃっただけだよ。ただそれだけ。死者の魔石にうんざりしてたし。多分、あたしもつかれてたんだよ」


 そのミュートの言葉は、なんだか乾いているように感じた。


「あたしより、サンデーだよ。身体、大丈夫なの?」


「え? うん。ただ、ずっとねむいんだ。こんなに寝てるのに」


「……いそごう」


「うん」


 まようことさえできないようなだだっびろい道を、僕たちはウマスギにられながら疾走しっそうした。そしてもなく、地平ちへいの向こうに巨大きょだい建造物けんぞうぶつが見えてきた。灰色はいいろ一色いっしょくはこのような建物たてものだ。近付くうちに、建物たてものが、箱状はこじょうではなくひらべったい円柱状えんちゅうじょうなのだというのが分かった。まどらしきものもなくて、本当に灰色はいいろ巨大きょだい円柱えんちゅうそのものだ。僕たちはしばしのあいだ、その異様いようたたずまいに圧倒あっとうされていた。なんとなく何処どこにも入口なんてないんじゃないかと思ったけど、当然とうぜんそんなことはなく、すぐに小さな入口を見付けた。


 ウマスギを近くの木につなぎ、僕たちは入口に近付いた。門番もんばんらしき人はいないようだった。僕たちはそのままなかへと入っていった。なか薄暗うすぐらくて視界しかいが悪かった。ぐな一本道いっぽんみちが続いている。一応いちおう天窓てんまど所々ところどころけてあるけれど、光量こうりょう調節ちょうせつされているのか、月明つきあかりのようにたよりない。まるで夜道よみちを歩いているみたいだ。


 少し進むと受付のようなところがあり、人が椅子いす腰掛こしかけていた。全身に真っ黒なローブを着込きこみ、フードを深くかぶっていて、顔は隠れて見えない。かなり小柄こがらのようだから、多分、子供だろう。椅子いすの背もたれにこれでもかともたれ、足をみ、うでみ、寝息ねいきを立てていた。


「もしもーし。おーい。起きてー!」


 ミュートはその子に近付き声を掛けた。だけどまったく反応はんのうがない。するとミュートはその子のフードをゆっくりとめくった。


「お。男の子だ。かわいー。口けて寝てるよ」


 と言ってミュートは微笑ほほえんだけど、それをものすごく悪そうな表情に変えた。ミュートは左手で男の子の口をふさぎ、右手で鼻をまんだ。


「うふ、うふふ」


「……ちょっとミュート」


 数秒して、男の子はくるしそうな声をらし、座面ざめんに頭を強打きょうだしながら、椅子いすからずり落ち、地面に仰向あおむけにたおれた。そして、男の子は目を見開みひらいて、さけんだ。


「もう寝てるよ!」


 男の子はしばし放心ほうしんすると、起き上がって僕たちを見た。


「……俺、寝てた?」


 男の子のい掛けにミュートが答える。


「うん。ゆかで寝てたよ」


「……そう。……それはまずいな」


 男の子はすごく落ち込んでいた……。


「ミュート……」


「知らなーい。ねえ、きみは受付の人?」


「ああ、そうだよ。2人は? 調しらべもの?」


調しらべもの……? まあそうね。死者の町の墓主長ぼしゅちょうさんのすすめでね」


「……ああ、あのじいさんか……」


 男の子は苦虫にがむしつぶしたような顔を浮かべた。


「……じゃあ、大変だったね。それでどうする? 自分で調しらべる?」


「さっきから調しらべるとか調しらべものとか……どういうこと?」


 ミュートは言って首をかしげた。


「ん? あれ、知らないで来たの? ここはほんの町なんだ」


「ほん? ほんって、ものってこと?」


「そうだよ。ここは町全体が図書館としょかんなんだよ」


「ああ、それで、調しらべものなわけね」


「で、どうする?」


「自分でさがす以外になにがあるの?」


「そうだなあ。やっぱり、一番いちばんばやいのは館長かんちょうに聞くことかな」


館長かんちょう?」


「そう、ここの館長かんちょうなんでも知ってる物知ものしりなんだ。案内あんないしようか? 自信じしんはないけど」


「え? 自信じしんがない?」


「まあ、なかはいれば分かるよ」


「んん? じゃあ、おねがいしようかな」


「いやー助かったよ。ここの当番とうばんひまでしょうがないんだ。あ、そうだ、なかに入る前にこれを読んで」


 男の子はかべに掛けられた額縁がくぶちを指でしめした。そこにはこう書かれていた。


  ――すわってほんを読まないこと――

  ――同じ場所に返さないこと――

  ――作者、部類ぶるいべつならべず、なるべく無秩序むちつじょならべること――


「これはなに……?」


 僕のい掛けに、男の子はわずかに胸をって答えた。


「ここのおきてだよ。3つのおきて


「こんなの不便ふべんなだけじゃないの?」


 ミュートの言葉に、男の子は少し肩を落とす。


「いや、館長かんちょうがそうしろって言うんだよ。なんでかは知らないけど」


「知らないのね……」


「……うん。そんじゃあこう。あ、でもちょっと待ってて……」


 男の子は奥に引っ込むと、別の人を引きれてきた。男の子とまったく同じ格好かっこうで、フードをかぶって全身黒ずくめだ。背丈せたけが低く、その子もまだ子供のようだった。男の子に、「なんであたしが……」と文句もんくを言っている。どうやら、この女の子に当番とうばんわるようにお願いしたらしい。


「よし、じゃあ、ついてきて」


 僕たちは男の子のあとい、建物たてものの奥へと進んだ。

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