僕は夢を見ていた。歩く夢だ。スヤスヤねむるちっちゃな女の子を、お姫様ひめさまっこしながら何日も何日も歩く夢。女の子は目覚める様子はまったくなくて、深い寝息ねいきふくらんだりちぢんだりを繰り返している。たまに寝言ねごとつぶやくけど、声が小さすぎて聞き取れない。僕に向けた言葉ってことだけは分かって、すごくもどかしかった。


 そうして歩くうちに、いつのにか、女の子は硝子がらす人形にんぎょうに姿を変えていた。やすらかな寝顔ねがおの奥に、僕のうでが見えるほど透明とうめいになっていた。僕は思わずおどろいて、女の子を取り落してしまう。女の子は地面に落ちて、粉々こなごなに――


 目をける。視界しかいがぼやけ、なにも見えない。ただ、いろいろな色の光だけが目に飛び込んでくる。なんだか、め付けられるように胸が苦しかった。心臓がドキドキして、その血がそのまま、目だけに流れているんじゃないかと思うほど、両目りょうめあつくてたまらない。


 段々だんだん視界しかいれていく。僕は移動していた、上下にれながら。そしてなんだかあたたかい。

 顔のすぐ近くで、金色きんいろ宝石ほうせきが光った。でも、よく見るとそれは宝石ほうせきじゃなく、金色きんいろかみだった。ミュートの顔がすぐ近くにあった。僕はなんでか知らないけど、ミュートに背負せおわれていた。


「……ミュート……?」


 そう声を掛けると、僕はすぐさま地面に落とされた。背中と頭を打ち付け、完全に目がめた。


「……いたあ! なにすんだよ、もう……」


「大丈夫なの!?」


「……はあ? 大丈夫じゃないよ……もろに頭を」


 頭をさすっていると、急にミュートがそばに寄ってきて、僕の顔におどろくくらい顔を近付けて、なみだこぼし始めた。


「……あんた、2日もねむってたのよ!」


「え? まさか……」


「……どんだけ心配させんのよ……」


 ミュートは、なみだ鼻水はなみずを僕にれ流しながら、時折ときおり罵詈雑言ばりぞうごんもはさんで、しばらくのあいだ泣き続けた。ミュートをこんなに泣かせて、ミュートだってこんなにひどい顔なのに、僕はひさりに、いつものミュートが見れたような気がして、なんだかうれしかった。実際じっさいに口にしたら、どれだけおこられるか分かったもんじゃないけど……。


 ミュートは泣きやむと、ベクシンさんと2人で僕に事情じじょうを話してくれた。ベクシンさんから死の宣告せんこくを受けた次の日、僕は朝はおろか、昼になっても起き出さなかったらしい。死の宣告せんこくのこともあって、ミュートは完全にパニックになってしまい、ベクシンさんを散々さんざんめて、ひどい言葉を投げ掛けてしまったようだ。時間がないとあせって泣くミュートに、ベクシンさんは道を引き返し若い人を呼んで、僕を運ばせると提案ていあんしたらしい。


 でもミュートは、それじゃあ時間が掛かりぎると、自分で僕を背負せおうことにした。いくら僕の中身がからだといっても何十なんじゅっキロもあるし、それに体調たいちょうだって悪いのに。ミュートにとんでもない無理むりをさせてしまった。それをあやまると、ミュートは「そんなことであやまるな!」となみだを浮かべて激怒げきどした。


 やっぱり、ベクシンさんの予言よげんは本当なんだ。少しずつ、起きていられる時間が少なくなっているんだ。僕たちは気がいて、自然と早足になる。するうち宝石ほうせきの海が途切とぎれた。宝石ほうせきの海と道が、川で分断ぶんだんされていた。もとからあった小石こいしませるように、川辺かわべ間際まぎわまで宝石ほうせき丁寧ていねいめられている。宝石ほうせきの海から、川だけがくっきりと分かれ、きれいに真一文字まいちもんじに流れている。日の光を受けた流水りゅうすいかがやき、せせらぎのさわやかな変化は、ひさりに命の光や音を感じさせてくれた。


 はしなどはなく、近くに小さな船着ふなつがあって、小舟こぶね舟繋ふながかりしてあった。向こうぎしにはそれでわたるらしい。ふねかい木造もくぞうで、3人がやっと乗り込めるぐらいの大きさだった。ベクシンさんが船尾せんびに立ち、ふねいでくれた。


「うわ、結構けっこうれますね……大丈夫ですか……?」


 僕の心配を余所よそに、ベクシンさんは超然ちょうぜんとしていた。


「ご心配なく。大船おおぶねに乗ったつもりでいてください」


「……は、はぁ」


 言葉のとおり、ベクシンさんはたくみにふねあやつり、すぐに対岸たいがんわたってみせた。そこから少し歩くと地平線ちへいせんに大地が姿を現した。本当にひさりに茶色ちゃいろい地面を見た気がする。ただの大地がこんなにも綺麗きれいなこと、僕たちの心を日々慈いつくしんでくれていること、それを知って、なんだか胸があつくなった。やがて僕たちは宝石ほうせきの海を抜け、念願ねんがん陸地りくち辿たどり着いた。ミュートはホッとしたような、泣き笑いのような顔で僕を見た。少しやつれ気味ぎみだけど顔色かおいろがよくなっていて僕は安心した。


「町はここでわりです」


 ベクシンさんは僕たちをねぎらうように言った。


「ありがとうございました。本当に助かりました」


「……その、ひどいことたくさん言って、すいませんでした」


 そう言ってミュートは深く頭をげた。僕が寝ているあいだ余程よほどひどいことを言ったみたいだ。


「お気になさらず。わたくしも早くにお伝えするべきでした。そのうぐないといってはなんですが、わたくしの愛馬あいばをおしいたしましょう」


「……うまですか?」


「はい。ねむられるたび背負せおっていては、に合うものもに合わなくなります」


「……そうか。ひもむすんで引きずればいいのか」


「せめて、うえせて……」


「ではこちらに」


 そう言ってベクシンさんは歩き出した。その先には小さな馬小屋うまごやがあり、1とう茶色ちゃいろうまがいた。


いぼれだが、まだ力はあまっている。小柄こがらなおじょうさんと、空虚くうきょなあなたであれば、2人とも乗ることができましょう。ここから先、けわしい道はなく、ずっと平野へいやが続いています。きっとおやくに立つでしょう」


「名前はなんて言うんですか?」


 ミュートは繁々しげしげうまの顔をながめながら言った。


「ありません。名付なづけると別れがむずかしくなるもので。ご自由に名付なづけてください」


 うま小屋こやから出し、さっそく僕たちは乗ってみた。うまはおとなしく僕たちを乗せてくれたから、僕は胸をおろろした。砂漠さばくりたラクダは、僕を怖がって乗せてくれなかったから。


「それと、もう一点いってん。この先、硝子がらすの町までの途中とちゅうに、過去の町という町があります。多少遠回とおまわりになりますが、そこに立ち寄るとよいでしょう。そこは知識ちしきみやこだ。魔女にかんする知識ちしきられるはずです。立ち寄ってそんはないでしょう」


「それは預言よげんですか?」


 僕はそうい掛けた。


「いえ。ともに旅をしたものへのいつくしみですよ」


 それから僕たちは、ベクシンさんに感謝かんしゃ一時いっときわかれをげて、死者の町をあとにした。

 ミュートはうまに乗った経験けいけんがあるそうなので、手綱たづなにぎってもらった。うまはベクシンさんの言うとお年老としおいているようだったけど、物凄ものすごい速さで大地をけた。


「ねえ、ミュート?」


「なにー?」


「名前、どうしようね。名前がないと不便ふべんだよねえ」


「そうねぇ、じゃあ……ウマスギで」


「……なんか、可哀想かわいそう……センスの欠片かけらもない」


「そんなことないよ。可愛かわいいじゃん。ね? ウマスギー?」


 ウマスギは僕たちにわずかに顔を向け、いきみたいなやるせないいきらした。


「ほら、ウマスギもうれしいって」


「えー……。なんだか、やぶさめきゅうのすれ違いだね……」


たしかに、サンデー、ずれすぎ」


「……僕?」

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