ベクシン墓主長ぼしゅちょう無言むごんのまま、見透みすかすような目で僕をながめ続けた。僕がなにも言わないでいるとベクシン墓主長ぼしゅちょうは、目を切ってまた歩き始めた。暗闇くらやみ不在性ふざいせいって……。僕の身体のことはベクシン墓主長ぼしゅちょうには話していないはずだ。なんで知っているんだろう……? ミュートが話すこともないと思う。目を向けると、ミュートも、ベクシン墓主長ぼしゅちょういぶかしげな目を向けている。やっぱりミュートも知らないんだ。


 僕たちは自然、ベクシン墓主長ぼしゅちょうと距離を取ってしまう。まさかとは思う。でも、まだ遠いといっても、ここは硝子がらすの町とさほど離れてもいないんだ。魔女とつうじていたとしても、それは別に不思議なことじゃない。


 魔女を否定ひていするようなことを言っていたけど、魔石の管理かんりなんてまかされているんだ。だけど、この人は、そんなことしないようにも思える。人のことに構っている余裕よゆうなんて、ないんじゃないかって気がする。それとも、死の探求たんきゅうのため魔女に協力している? どんなに考えても分からない。僕は我慢がまんできず、ベクシン墓主長ぼしゅちょうい掛けた。


「……何故なぜ、知っているんです?」


「わたくしは、魔法が、使えるのですよ」


 その言葉を受け、僕たちは完全に足を止めた。と同時にベクシン墓主長ぼしゅちょうも振り返り、直立不動ちょくりつふどうで僕たちを見据みすえた。


「……どういうことですか?」


 ベクシン墓主長ぼしゅちょうは答えない。


「……今、魔法って言いましたよね?」


「わたくしは占星術師せんせいじゅつしなのです」


「……占星術師せんせいじゅつし? ……うらないですか?」


 僕のそのいに、ベクシン墓主長ぼしゅちょうは意味ありげな表情を浮かべ、口を開いた。


「なんちゃって」


「……。え?」


冗談じょうだんですよ」


「……じょ、冗談じょうだん? ……ど、どこからですか?」


「音ですよ」


「え?」


「ですから、音です。音で分かります。そのよろいなかからなのだと」


「……そんな、本当ですか? 今まで誰もそんな……」


「わたくしは地獄耳じごくみみなのですよ。地獄じごくばかりいているからでしょうかね!」 


 そう言うとベクシン墓主長ぼしゅちょうは笑い声を上げた。……なんだか、しゃっくりみたいな音の独特どくとくな笑い声だった。独特どくとくすぎて、気をめていないと笑ってしまいそうだ……。

 僕はこの人は大丈夫そうだと確信かくしんした。その理由は可笑おかしな話だけど、言葉でも、愉快ゆかいな笑い声でもなく、そのオヤジギャグの、くだらなさのためだった……。

 歩きながら、僕は自分の身体のこと、旅の目的をベクシンさんに正直に話した。


「……ほう、魔女を探してここまで」


「はい。今は、硝子がらすの町を目指しています」


道理どうりで、物々ものものしい恰好かっこうをされているわけだ。やはり勉学者べんがくしゃではなかったのですね」


「ん? 勉学べんがく?」


「あ、いえ、こちらの話です。……それで、魔女の仕業しわざに違いないと信じ、っているわけですな?」


「そうです。一応いちおううなと忠告ちゅうこくを受けましたし、間違いはないかと思います」


「なるほど、しかし本当に魔女の仕業しわざなのでしょうか」


「え?」


「水をすわけではありませんが……。あなたの身体のなかたましいの魔石は、たして本当に、あなた自身なのでしょうか?」


「……それって、どういうこと、です……?」


「いえ、ただですね。物事ものごと真実しんじつだと決め付けてしまうことは、人を盲目もうもくにします。『そうに違いない』、それをもとに考えをし進めるのは危険きけん行為こういです。前提ぜんていうたがってみるのも大切なことですよ。たとえば、こんな平坦へいたんな道のりの最中さいちゅうなどに」


「……だけど……」


 なんだか、そう考えると、まるで突然とつぜん、足元がくずったような感覚になる。じゃあ僕は誰なんだろう、なんなんだろう。


たとえば、あなたは幽霊ゆうれいかもしれない」


「……はは……なに言って……」


よろい幽霊ゆうれいなどありふれた話です」


「……や、やめてくださいよ……そんなわけ……ね、ミュート」


 僕は同意どういようとミュートの顔を見た。でもミュートはなにも言ってくれず、僕に一瞥いちべつをくれただけだった。僕はてっきり、ミュートはおこって否定ひていしてくれるんじゃないかなんて思っていて、ミュートの反応はんのうに自分でもおどろくくらいショックを受けた。


「あなたは死者なのかもしれない」


「……どうしてそんなこと言うんですか」


「もし、それが真実しんじつなら、あなたはそれを受け入れなければならない。突然とつぜん宣告せんこくは人の心をきます。様々な仮定かていをして置くことはそのいたみをやわらげます。認識にんしきがあるだけでも違うものです。たったそれだけで心をらずにむこともある。

 あなたが死者であっても、なんら不思議ではない。あなたはすでに死んでいて、未練みれんのためにここにいる。ものたましい宿やどるなど常軌じょうきいっしている。幽霊ゆうれいであってもおどろくにはりない。この広大こうだい霊園れいえんのどこかに、あなたの身体もあるいは。

 たとえば、あなたのなかの魔石は、あなたのおもびとたましいなのかもしれない。わかれた相手のたましいを、あなたは死後しご後生大事ごしょうだいじに持ち続けているのかもしれない。

 たとえば、あなたはわたくしの死んだ息子むすこかもしれない」


「え?」


たとえ話です。……ちとわたくしの願望がんぼうが入りましたな。しかし、可能性かのうせいはゼロではない。あなたはわたくしの死んだ息子むすこで、こうしてわたくしに会いに来たのかもしれない。そして、満足まんぞくし、あなたはじきに成仏じょうぶつされるかもしれない」


「……いい加減かげんにしてください……」


「申し訳ございません。気分をがいされましたかな? ついいつものくせで、頭のなかの考えを、そのままれ流してしまいました。あやまります」


 ベクシンさんはそれからも、歩きながらずっとしゃべり続けた。かなり速いペースで歩いているのに、よくつかれないものだ。そのうちに、日がかたむき、あたりは真っ赤にまった。地獄じごくというなら、この光景こうけいも見ようによっては地獄じごくそのものだ。にぶまる宝石ほうせきはまるで、血の海にも見える。不思議なものだ、少し見方を変えれば、夕日の延長線上えんちょうせんじょうのようで、そればかりか、うつくしさを増幅ぞうふくしているととらえることだってできるのに。


 昨日ほどじゃないけど、やっぱりミュートは顔を強張こわばらせていた。僕は少しだけミュートに近付いて歩いた。あまり意味はないかもしれないけど、少しでもミュートの視界しかいさえぎれたらと思ったからだ。


今日きょうはこのへんにして置きましょう」


 ベクシンさんはそう言うと、進み掛けていた道を引き返し、べつ分岐ぶんきの方に進んでいった。おそらく、ミュートを気遣きづかってくれてのことなんだろうと思った。


「このあたりに丁度ちょうどやすむのによいところがあります」


 進むうちに、少しひらけた場所に出た。それでも、死者の魔石がすぐ近くをぐるりと取りかこんでいる。そこには焚火たきびあとがあり、まきも置かれていた。


屋根やねなにもなく申し訳ないですが、今日はここでねむりましょう。星でもながめながら」

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