変わらない風景ふうけいなかを、僕たちは何日なんにち何日なんにちも歩き続けた。動くのは草と虫だけ。ける動物も、飛ぶ鳥も見なかった。空さえ動かず、ただ、目を離すと、いつのにか色を変えている。音もなく、本当にしずかだった。まるで僕たち以外が、だまってあそんでいるみたいだ。動物はかくれんぼ。虫は虚空こくうとにらめっこ。草は隣人りんじん手押てお相撲ずもう。空は、だるまさんがころんだをしている。みんな、いきわすれて夢中むちゅうあそんでいるんだ。


 そうするうちにやっと風景ふうけいに変化があらわれた。草原そうげんの向こうがキラキラとかがやいていた。さき地平線ちへいせんがすべてかがやいている。まるでのようだ。だけどすでに太陽たいようのぼっている。それによりずっと露骨ろこつかがやきだ。今までの太陽たいよう偽物にせもので、本物の太陽たいようのぼるんだろうか、なんてふと考えた。それくらい幻想的げんそうてき異様いよう光景こうけいだった。


 ミュートは僕に顔を向け、声をはっするでもなく、おどろきの表情を浮かべた。あたまうえにハテナマークをっけてあげたいくらい、分かりやすい表情だった。


 自然しぜん、僕たちは早足はやあしになる。光に近付くにれ、僕たちは加速かそくした。もう後半は、はたから見たら、『もう走ったらいいじゃないか』と言いたくなるんじゃないかと思うくらいだった。いよいよ光に近付いて、その正体しょうたいれる。それは宝石ほうせきだった。あた一面いちめん、草がり取られ、びっしりと宝石ほうせきならべられていた。地平線ちへいせんまでずっとだ。様々さまざまな色の宝石ほうせきが、の光を受けて、自身の色をき出していた。宝石ほうせきの海みたいだ。光の海だ。本当にいろんな色がある。七色なないろどころじゃない。ここにすべての色が集まっているんじゃないかと思うほどだ。広がる大地だいちは、星や月や太陽たいようよりも、ずっと明るく、多彩たさいかがやいていた。


「……これ、死者の魔石なんだ」


 ミュートが言った。感情が消えたような声だ。


「……すごいね。……こんなにたくさん」


「……な、なんだか、ずっと見てると、眩暈めまいがしそうね」


 なんだかミュートは実際じっさいに、少し顔色かおいろが悪いようだった。


大丈夫だいじょうぶ?」


「へ、ヘーキよ。でも、こんなのどくね。それにまぶしくて、つぶれそう」


「うん。だからほら、そんなにじっと見ない方がいいよ……。それにしても、死者の魔石って、ひとつひとつ色が違うんだね」


「ええ、何故なぜか、死者の魔石だけはね」


 普通の魔石は、多少たしょう誤差ごさはあるけど、だいたいおなじ色だ。爆弾ばくだんの魔石なら赤。水なら青。土なら茶色ちゃいろといった具合ぐあいに。


「なんでかはんないけど……」


 ミュートはますます顔色かおいろを悪くさせていた。


「ミュート、だから、あんまり見ない方がいいよ……。……ホントに大丈夫?」


「……だ、だから、平気へいきだって。うるさいな」


「……でも」


「……ほ、ほらこわいもの、見たさってあるじゃん? それだよ、それ」


 砂漠さばくの前に通った崖山がけやまで、ミュートはしきりに崖下がけしたのぞいていたけど、あれはもしかしたら、高いのがこわいのもあったんだろうけど、それよりも死ぬかもしれないことにおびえていたのかもしれない。死そのものへの恐怖きょうふ


「ミュートでも、死とかはこわいんだね」


「そ、そんなの、あ、たりまえでしょ!」


 思いのほか強い言葉をかえされて、少しおどろく。


「ご、ごめん。そんなつもりじゃ……」


「……いや、あたしもごめん。それより早く行こう。早くけよう」


 そう言ってミュートは早足はやあしで歩き始めた。僕もあわててミュートをった。宝石ほうせきの海をるようにして、道が走っている。ひたすらに一本道いっぽんみちだ。ミュートはうつむきながら、だまって歩き続けた。話し掛けると返事へんじをしてくれるけど、ミュートはさげすむようなを僕に向けた。僕が思うよりもずっと気分きぶんが悪いみたいだ。だから僕もだまって歩いた。道はどこまでも続いていた。周囲しゅういはもう、見渡みわたかぎり死者の魔石だった。したを向いて、道をじっと見て歩いたって、次々つぎつぎ様々さまざまな色が目にはいって来る。一歩いっぽ進むたび横合よこあいから死者の魔石が、まるで目配めくばせするように、キラリときらめく。自分だけの色と光で、まるで「こっちを見て」と言ってるみたいに。


 人影ひとかげはまったくない。町もまだかげも見えない。まだ町は遠いんだろう。世界中せかいじゅうの死者があつまるんだ。多分たぶん、こんな光景こうけいがしばらく続くのかもしれない。ミュートが心配だ。心なしか足元あしもともふらついている気がするし、なによりも顔がさおだ。やすめる場所があれば、やすませた方がいいかもしれない。


 やがて、歩くうちかたむき始めた。右を向くと、真っ赤な太陽たいよう水滴すいてきのようにれていた。死者の魔石はその光を受けて、瑞々みずみずしくかがやいた。暖色系だんしょくけいの魔石は赤く。寒色系かんしょくけいの魔石は赤黒あかぐろく。そして、赤はますます赤々あかあかと。魔石の輪郭りんかくがはっきりし、まるでひとつひとつがのように見えた。たくさんの人に見られているような錯覚さっかくを受ける。あるいは昆虫こんちゅう複眼ふくがんのように、身体の隅々すみずみまで見られているかのようでもある。そのせいか、ミュートはますます気分きぶんが悪そうで、実際じっさい足元あしもとがふらついていた。


「ミュート、今日きょうはもうやすもう?」


「……大丈夫だいじょうぶよ。……それに、こんなところで寝たくない」


「……でも、どこまで続くかも分かんないよ?」


「……もう少しだけ」


「うん……。せめて、背負せおおうか?」


「……いいよ。……無理むりして足がもげたらどうすんの」


「……う、たしかに……。でもミュートも無理むりしないでね」


「……わかってる」


 しばらく歩くと小さな建物たてものが見えてきた。道の両側りょうがわに2けん向かい合わせでっている。どちらもふるびた木造もくぞう小屋こやで、今にもたおれそうな感じだ。

 その近くに1人の人影ひとかげがあり、なにやらあわてて仕事しごとをしているようだった。乳白色にゅうはくしょくふくていて、ひくめで、少年とも青年ともつかない顔立かおだちだった。僕はその人に声を掛けた。


「すいません。ちょっとおたずねしたいんですが……」


「どうされました?」


 かえってきた声は少年のように高かった。


「あの、死者の町はまだ、だいぶさきでしょうか……?」


「……はい?」


「え?」


 少年は数秒すうびょうあいだ、きょとんとした顔で僕を見ていたけど、やがて合点がてんのいったような微笑びしょうを浮かべた。


「ここはもうすでに死者の町ですよ」


「え? ……でも人も建物たてものも……」


「ここは生者せいじゃの町ではなく、死者の町ですから。ここは、死者の、死者による、死者のための町です。死者が死者をいたむ、死の霊園れいえん、死のみやこ、死の都市とし、死の。わたくしどもはただの管理人かんりにんです。この町の住人じゅうにんは死者のみです」


「……それじゃあ、誰もんでない町なんですね?」


「その言葉は、死者にたいして失礼しつれいに当たります」


「……あっ、すいません……ええと。ですと、このままずっと、こんな感じなんですか? 道がひたすら続いて……」


「はい、そうです。ですが、ここから先、道は無数むすう枝分えだわかれしていきます。案内あんないがなければ、とおけるのはきびしいでしょう」


「おねがいすることって……」


「ああ、わたくしはもう帰ります。そのわりに、墓主長ぼしゅちょうたのむとよいでしょう」


墓主長ぼしゅちょう?」


「はい。ここの責任者せきにんしゃです。そちらの小屋こやものをしています。……ああ、1人だけいますね」

「え? ……なにがです?」


「……墓主長ぼしゅちょうはここにみ込んでいるのですよ。自宅じたくもあるにはあるのですが、帰ったところを見たことがない。唯一ゆいつ生者せいじゃ住人じゅうにんですね」


「……はあ。ほかの方は……?」


「みな、近隣きんりんむらからかよっております。まあ墓主長ぼしゅちょうわりものですが……こころよく引き受けますよ。人とかたらうのが好きですから。とく若者わかものとはね。わたくしもよく話に付き合わされます。ふふ、助かりますよ。あなた方と旅に出てくれて。こんなことを言うとおこられるでしょうがね」


「え、旅……?」


「ここは広大こうだいです。けるとなれば、ちょっとした旅ですよ。あっ、そうだ……いそいで帰らなくてはいけないのでした……またつまおこられてしまう」


 ただ童顔どうがんで声が高いだけで、この人は青年だったようだ。


「すみません、わたくしはもう帰ります。あとは墓主長ぼしゅちょうに話をしてください。すいません、つかまると長いもので……」


「……ああ、いえ。助かりました。ありがとうございました」


「それでは」


 と言って青年はけ出すけど、すぐにこちらに振り返った。


「ああ、そうでした。墓主長ぼしゅちょう耳栓みみせんをしてものをしていますから、ノックをしてもおうじませんので、そのままはいってかまいません。それではー!」


 青年は今度こそ走り去っていった。


「……だってさ、ミュート。……だ、大丈夫だいじょうぶ?」


 ミュートの顔色かおいろはますます悪い。


「おねがいして、少しやすませてもらおう?」


「……大丈夫だいじょうぶ平気へいきよ…………だけど……ええ、そうね、その方がいいかも……」


 僕たちは青年に言われたとおり、ノックをせずに、とびらけて小屋こやなかに入った。するとすぐに出迎でむかえがあった。

 僕たちを出迎でむかえたのは、文字もじひもだった。

 部屋へやおくの方の天井てんじょうからひもがっていて、ひもさきむすんでありっかになっていた。丁度ちょうど首吊くびつ自殺じさつはかるときのように。そしてそのおく正面しょうめんかべに、一面いちめんすべてを使うほどでかでかと、真っ黒な文字もじでこう書かれていた。


  ――24の時、お前は死のうと決めて

  それをしないで、そこにすわってなにをしているんだ?

  わすれたのなら今すぐに――


 それだけじゃない。その文字もじ隙間すきまめるように、かべ一面いちめんこまかい文字もじがびっしりと書き込まれている。


  ――おまえ無能むのうな人間だ――

  ――おまえ無学むがくな人間だ――

  ――おまえ無価値むかちな人間だ――

  ――ひさりに童心どうしんかえって、ブランコあそびをしてみないか?――

  ――おまえはもう半分以上死んでいるようなものなんだ、簡単かんたんなことだろう?――

  ――お前のいのち四捨ししゃすればえるんだ、ならいっそその方がいいんじゃないか?――


 そんなような言葉でかべは真っ黒にまっていた。それだけじゃない。部屋へや全体ぜんたいが、文字もじくされている。

 天井てんじょうにも大きな文字もじが書いてある。


  ――妻子さいしをいくらながめても、答えはられないぞ、その気がないなら今すぐに――


 ゆか同様どうように。


  ――おまえの本当の居場所いばしょはここだ、その気がないなら今すぐに――


 右のかべにも。


  ――こっちを見るな、くびばしたいなら前を見ろ、その気がないなら今すぐに――


 左も。


  ――こっちを見るな、おまえには一時ひとときひまもないんだ、その気がないなら今すぐに――


 そんな部屋へやなかに、おくかべに向けてつくえ椅子いすが置かれていて、そこに白髪頭しらがあたまの人がすわっていた。

 部屋へや光景こうけい呆然ぼうぜんとしていると、突然とつぜん横で、ミュートがえずき始めた。見ると、ひざに手を付いて、今にもきそうな様子ようすだ。

 とびらからはいった夕日ゆうひ反応はんのうしたのか、白髪頭しらがあたまの人は耳栓みみせん片方かたほうきながら、こちらを振り向いた。そしてミュートの様子ようすに気付き、口をひらいた。


「おや、大丈夫だいじょうぶですかな? トイレはそちらに」


 見ると、右のかべに小さいとびらがあった。あまりに文字もじがびっしりで気が付かなかった。


「……す……すい……ません……おかり……」


 ミュートはあわててトイレにけ込んでいった。するとすぐにくるしそうな声が聞こえてきた。どうやら実際じっさいいているみたいだ。


「……と、突然とつぜん、ほ、本当にすいません。ちょっと僕も様子ようす、見てきます」


「ええ、どうぞ。おになさらずに」


 僕はあたまげ、ミュートのもとに向かった。とびらの向こうは洗面所せんめんじょで、そこもおなじように部屋へや全面ぜんめん文字もじおおわれていた。おくとびらがあり、そこからくるしげな声がれている。僕はとびらに近付き声を掛けた。


「ミュート……? 大丈夫だいじょうぶ?」


「……だい丈夫じょうぶ……へいき……だから……あっちに……いってて……う……うう」


 ミュートの様子ようすから、おさまるまでは少し掛かりそうに思えた。


「……分かった。……なにかあったら、かならんでね」


 僕はきびすかえし、洗面所せんめんじょを出ようとした。その時ふと、洗面台せんめんだいかがみに付いた。かがみまわりにも文字もじが書き込まれている。


 ――おまえは誰だ? おまえかにか? おまえうすか? おまえさるか? おまえももか? おまえかめか? おまえすずめか? おまえつるか? おまえうさぎか? おまえわらか? おまえか? おまえは誰だ? そこにいるのはおまえじゃないぞ、おまえ透明とうめいだ、こいつはおまえじゃないぞ、おまえ透明とうめいだ、まえのそいつに聞け、おまえは誰だって、おまえ透明とうめいだ、おまええたんだ、おまえは死んだんだ、聞け、おまえ何者なにものだって――


 じっと見ていると、ホントの自分を知らない僕だけど、今の自分さえけてなくなってしまうような気がしてくる。僕は誰なんだ? 本当に人間にんげん? それともただのよろいなの? 記憶きおくも身体もないのに、なんでほとだなんて言えるんだろう。しんじられるんだろう。思えるんだろう。分からない。なんだかここにきて分からなくなってくる。なんだかかにでも不思議ふしぎじゃないような気がしてくる。さるかも、かめかも、だって。ダメだ、ずっと見ているとあたまがどうにかなってしまいそうだ。僕はげるように洗面所せんめんじょあとにした。

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