死者の町 嫉妬慈愛

「起きろ! 起きろー! 朝や! 朝やー!」


 なんだか楽しい夢を見ていた気がするけど、騒がしい声に、思い出す足掛かりさえり飛ばされた。目をけてるのは背の高い草。葉先はさきまる小さな虫が、何するわけでもなく、じっとこちらを見ている。


「最近、たるんどるぞー!」


 こんなに小さいのに虫の身体はかたそうに黒光くろびかりしている。無性むしょうさわってみたくなって、手を伸ばそうとするけど、うでが動かなかった。目を向ける。銀色ぎんいろ籠手こてが落ちている、と不思議に思って、そこで僕は、自分がよろいだったことを思い出した。目が熱を持ったみたいに重くなり、僕はまた目を閉じた。


「寝るな!」


 肩をつかまれグラグラとさ振られる。僕はぼうっとする頭のまま身を起こした。


「……あ、ミュート、ひさしぶり」


「11時間りよ。寝過ねすぎでしょ、あんた……」


「……1日って、何時間なんじかんだったっけ……」


「起きろー!」


 顔の近くで思い切り怒鳴どなられ、ようやく意識がハッキリした。


「な、なんだよ朝から……」


「もう昼!」


「……あれ、さっきは朝って……?」


「ほら、早く支度したくして。ホントにここ最近、たるんでるよ」


「ああ、確かに、砂漠さばくの疲れが残ってるのかも……」


 僕は立ち上がり、身支度みじたくを始めた。


「いつまで引きずってんのよ……。まあでも、この先はずっと平野へいやだから、山場やまばえたわ。まあえたのは砂漠さばくであって、やまじゃないんだけど」


「……もうなにがなんだか……寝起きにはキツイ」


 身支度みじたくえ、僕は一つびをした。すなの町でやられたひざに少し違和感がある。ぬので固定して、歩くことも走ることもできるけど、やっぱりひざがグラグラするのは気持ちが悪い。


「さあ、早く行こう」


 ミュートは新しい服とリュックを買ってから、ずっとどこか機嫌きげんがよくて、やる気にあふれていた。やっぱり女の子は、そういうので気持ちも変わるものなのだろうか。


 砂漠さばくえてから少しのあいだ、僕たちは足踏あしぶみを余儀よぎなくされた。すなの町でミュートのリュックを吹き飛ばしたさいに、ミュートの財布さいふ一緒いっしょに吹き飛んだからだ。砂漠さばくえた先の小さな町でしばらくはたらかせてもらって、僕たちはお金をかせいで、旅に必要なものを買い求めた。それからの僕たちはずっと歩きどおしだった。かわえしない平野へいやをひたすら歩き、しばらく野宿のじゅくが続いていた。こんなにねむってしまったのは、その疲れもあるんだろう。

 僕の準備がみ、僕たちは歩き出した。


「まだまだ歩くの? 硝子がらすの町までは」


「まだずっと先よ。その前に死者の町を通るけどね」


「いつ聞いても物騒ぶっそうな名前だね」


「まあ、でも、分かりやすくていいじゃない」


宝石ほうせきの町でもいいのにね」


「それじゃ綺麗きれいすぎよ」


「いいと思うけどなあ。死者の魔石といっても宝石ほうせきなんだから」


「まあ、そりゃあ、そうだけど」


「でも、どうやって保管ほかんしてるの? 世界中せかいじゅうくなった人たちの魔石が集まるんでしょ?」


「……いや、あたしも実際には見たことないから……いや、不勉強ふべんきょうで知りません」


「……そ、そうなんだ」


「だから、いい機会きかいだね。いつか必ずお世話になるんだもの」


「ははは。ミュートはだいぶ先って気がするけどね。120さいぐらいまで生きそうな気がするよ」


「……あんたね、人をなんだと思ってんの……。分かんないよ。40くらいでコロッとっちゃうかもしれないよ?」


「ないない。ひゃくはくだらないよ」


「……ム、ムカつくわねぇ……! まあ、長生ながいきにしたことはないけどさ」


「はは、そうだよ。……にしても広い平野へいやだねえ」


 あたりはさえぎるものがまったくなくて、見渡みわたす限りの草原そうげんが広がっていた。こんなにひらけているのに不思議と風はまったくない。砂漠さばくえてからなんだか空気がんだような気がする。本当に遠くまで見渡みわたせる。


「そうね。なんだか進んでる気がしないわ。ずっと同じ風景ふうけいでさ。夜は星が綺麗きれいだけど」


 ここらへん標高ひょうこうが高いのか、夜はたくさんの星が見えた。旅の途中とちゅうでいくつか山をえたけど、ここの方がずっとはっきりと星が見えた。でも、あんまり綺麗きれいすぎて少し怖いくらいだったし、明るすぎて夜という感じがしなかった。感じがしないといえば日中にっちゅう同様どうようだった。天候てんこうくも一つない快晴かいせいがずっと続いていて、こんなに晴れているのに、不思議と明るく感じない。ひらけていて光もとどまっていられないんだろうか。そんなはずはないけれど、夕方の方が余程よほど明るく感じた。そして星空はさらに明るく感じる。だから、昼夜ちゅうや逆転ぎゃくてんしているような錯覚さっかくを受けてしまう。


 日がのぼり、けた青空が広がって、いつのにか日がかたむいて、空が赤になって、紫から黒に変わって、星と月が出てあたりを真っ白にめる。ずっとその繰り返し。ずっと昼夜ちゅうやがひっくりかえったままだ。一度いちど逆転ぎゃくてんしてしまったものは、ただどんなに繰り返したって、もとには戻らないんだ。戻すためには向きをぎゃくにしなくちゃいけないんだ。だったらずっとこのままだ。あきらめて、来た道を引き返さない限り。


 そんな妄想もうそうをしなくちゃいけないくらい、ここは平坦へいたんで、そしてなんだか、自分はひとりぼっちなんだって気にさせられる。だから、ミュートがいてくれてよかったって思う。話がきたって、その足音あしおとを聞くだけで、すごく安心できたから。

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