10

 ミュートをかついで表に出ると、サドリカ一味いちみが暴れ回っていて、大変な騒ぎになっていた。さいわい、僕たちはそれにじょうじて、その場を離れることができた。人気ひとけのない場所でミュートを下ろし、しばられていた両手をいた。


「まったく、人を荷物にもつみたいに」


「ごめんごめん」


 それから僕たちはお互いに、自分の身に何が起こったかを話した。僕は、町の人たちに袋叩ふくろだたきにされたこと、それをミミクラに助けてもらったこと、そもそも今回の元凶げんきょうはユスリカだということ。ミュートは、サドリカ一味いちみの居場所をくように言われ、長時間町長たちに痛め付けられたこと、こうにも、そもそも道を覚えていないからきようがなかったこと、なにより不服ふふくだったのは、そのかん、水も食料しょくりょうあたえられなかったということ。

 ミュートの身体は、前ほどじゃないけど、あざだらけだった。


「……本当にごめんね、遅くなって。……痛かったよね」


「あの女のりに比べれば、たいしたことないよ。それよりサンデーこそ、ベコベコじゃない……平気なの?」


「……平気でもないかな……なんだか……右膝みぎひざがグラグラする……」


「大変じゃない……! どうしよ、どうしたら……! ……どっかで溶接ようせつしてもらう?」


「いや、多分、僕、ショック死するよ……。あとでぬのでも巻いとくよ。歩きづらいだろうけどね」


「へこみは? 前に、痛いのはその場だけとか言ってたけど……ホントなの?」


「……実は傷付くと、しばらく地味じみに痛い……」


「……やっぱり痛いんじゃない。あたしだって、うそは好きじゃないよ」


「……ご、ごめん」


「まあ、優しくて地味じみうそだから、いいけどさ」


 ミュートはそう言って、慈愛顔じあいがおを僕に向けてきた。恥ずかしいから顔をらすと、ミュートは首を伸ばして追ってきた。僕はなんだか少しカチンと来たけど、ミュートが案外あんがいと元気で安心した。だけどミュートは突然、肩を落とした。


「……ああ、また服が端微塵ぱみじん……」


「……あったね、そんなこと」


「……今度は荷物にもつすべてよ……寝巻ねまきもズタボロ……残ってるのはこれだけ……」


 ミュートは寝巻ねまきのポケットに両手を差し入れ、何かを取り出した。見るとそれは、爆弾ばくだんの魔石と、前にそよ風の町でもらった避雷針ひらいしんの魔石だった。


「なんでそんなの寝巻ねまきに入れてるの?」


「いや、あの黒鎧がいつ来てもいいように……」


「よっぽど根に持ってんだね……」


「う、うるさいなぁ」


「よお、お二人さん」


 と急に声を掛けられて驚く。だけど、声の主がミミクラだと分かって、すぐに胸をろした。


「ずいぶんと派手はでにやりやがったな」


「……こんなところにいていいの?」


 ミュートが言った。


「ん? ああすぐに戻るさ。用事ようじませたらな」


用事ようじ?」


「おめえらこの町をすぐに離れろ。騒ぎはこれからもっとひどくなるぜ。物がなくなって砂漠さばくえどころじゃなくなるだろうよ。ここから出られなくなる」


「……でも、どうしよう、今から調達ちょうたつできるかしら」


「……あーあれだ、いもうと迷惑めいわく掛けたびといっちゃあなんだが、砂漠さばくえの物資ぶっしを町の外に用意よういしてある。盗品とうひんで悪いがな」


「助かるけど、なんでそこまで……」


 ミミクラは頭をきながら目を閉じ、口をへの字にしながら切り出した。


「……なんだ、その、そのわりよ、あたしの泣き顔を忘れてくれ」


 その言葉を受け、ミュートは少しき出した。


「……てめぇ、り殺すぞ……」


「……じょ、冗談よ……」


「……まあいい、それより付いてこい。お前らだけじゃあ外にも出れねえだろ」


 ミミクラのあとを追い町の外に出ると、来た時とは反対側はんたいがわに出たのか、そこには巨大きょだいいずみがあった。なんの変哲へんてつもないいずみだ。本当にただのいずみなんだ。魔女がつくろうと、砂漠さばくに一つだけだろうと、それはただのいずみなんだ。あらそいの根源こんげんなんかじゃまったくない。大きな水溜みずたまりでしかない。おいしい水を分け合えないのがいけないんだ。飲み切れないほどの水だって、優しさがなければ、分けっこなんてできない。


「お前ら、もうここには来ない方がいいぜ。町長の野郎やろうも、下手へたするとユスリカもお前らを殺すかもしれねえ」


「……うん。そうだね」


「あれは絶対、根に持つタイプよ」


「あばよ」


 そう言ってミミクラは、置かれていた物資ぶっしをただ指差すと、背を向けて町の方に歩き出そうとした。ミュートはそれに「ねえ」と声を掛ける。ミミクラは首をひねりこちらを向いた。


「……あんたさ、こんなのお節介せっかいだと思うけど……その、なんだ……その、あんたもいろいろ大変だと思うけどさ……」


「あ?」


「……いっぱつ、あのいもうとはたいて、しかりなよ。……あんたにしかできないことだから」


 ミミクラはそれには答えず、僕たちから目を切ると、背を向けたまま手を2回振り、ゆっくりと歩き出した。その時、風が吹いて砂嵐すなあらしが起こり、ミミクラを呑み込んだ。すなこすう乾いた音が、なんだかミミクラのかすれ声に聞こえた。そんなわけはないだろうけど、ミミクラが砂嵐すなあらしけて消えたような気がした。もしも本当に砂漠さばくけて消えたなら、誰かへの思いはどうなるんだろう。粒子りゅうしの数だけ、思いを分けたら、どうなるんだろう。悲しいことをせんに分けたなら、それはもう悲しくないのかな。好きやなつかしいをせんに分けたなら、それはもう、なかったことになるのかな。


「ほら、いくよ。日がれちゃうよ」


 ミュートは、もらった物資ぶっしから日除ひよけの服を引っ張り出して、さっそくそれを着ていた。だけど、サイズが大きいのかダボダボだった。それに、その服はくすんだ灰色で、まるで包帯ほうたいみたいな色をしていた。


「やりすぎミイラだ」


「てめー。けりころす」


「うわ。ミニミミクラだ」


 僕たちはき立てのげ付く砂漠さばくに足を踏み入れた。今回はラクダがいないから2人とも歩きだ。


「あの町どうなるんだろうね」


「さぁね。どっちにしろ、もうあたしたちは近付けないんだから。それはないも同じだわ。蜃気楼しんきろうみたいなものよ」


「……こ、今度はミニユスリカだ……。というか、また出禁できんらっちゃったね……城の町に続いて」


「……そうね。……にしてもこの町では、いろいろらってばかりだったわね……」


「……確かに、おなかいっぱいって感じだよ」


「……あたしは一生分いっしょうぶんなぐられたって感じだわ」


「そりゃあ、僕もだよ」


「あんたはらない」


「ええ! なんで!?」


「うるさい、わめくな」


「……今度はミニ町長か……」


「……ていうかミニミニ言うな。ちぢむでしょうが!」


「……ちぢまないよ。……でも、どうやって戻る?」


「えっ? 背伸せのび……かな?」


「……ああ、いや、そうじゃなくて……。すなの町に立ち寄れないなら、砂漠さばくはもうえられないでしょ?」


 ミュートは少し思案しあんすると、悪戯いたずらみを浮かべた。


「……星を一周いっしゅうしちゃう?」


うそでしょ……?」

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