「あれだ、あれが町長の野郎やろう根城ねじろだ」


 ミミクラのしめさきには大きな豪邸ごうていっている。おそらく自宅じたく庁舎ちょうしゃねているんだろう。人の出入でいりがはげしい。僕たちはその近くの建物たてものかげかくれていた。

 ミミクラは僕に笑い掛けながら、豪邸ごうていあごをしゃくった。


「1人で行きな。犯罪者はんざいしゃ一緒いっしょ仕事しごとしたやつは、そりゃあもう犯罪者はんざいしゃだ」


「ありがとう。きみたちはどうするの?」


「その混乱こんらんじょうじて、一気いっきめ込む。せいぜいおめえらを利用りようさせてもらうよ。だはは。わるだろ?」


 ミミクラの言葉に苦笑くしょうかえし、僕はけっして豪邸ごうていに向かった。袋叩ふくろだたきも覚悟かくごしていたけど、警備隊けいびたいたちはとくなにもしてこず、僕はすんなりと建物たてものおくに進むことができた。


存外ぞんがい、早かったな。もう少しゆっくりればいいものを、時間におくれるのは論外ろんがいだが、早過はやすぎても相手の時間をうばうのだぞ? 知るよしもないか。ぞくつうずる、不届ふとどもの風情ふぜいでは」


 言ったのは、部屋へやなかに立つ町長だ。そのうしろに6人の警備隊けいびたいひかえている。町長のとなり椅子いすが置かれ、ミュートはそこにすわらされていた。両手はうしろにまわされている。多分たぶん背中せなかしばられているんだ。うなだれていて顔は見えない。寝巻ねまきのままで、それが所々ところどころボロボロになっていた。きっとかなりいため付けられたんだ……!


「ミュート!」


「うるさい、わめくな。ここではな? 毎日まいにち大勢おおぜいの人間が、大切たいせつ議題ぎだいについて議論ぎろんかわわしているのだぞ? それに支障ししょうが出たらどうする? 動くなよ? おい、ほら、むすめくび刃物はものをあてがえ」


 町長の指図さしずを受けた警備隊けいびたいの1人が、ミュートにうしろからき付くような恰好かっこうで、サーベルの根元ねもとを、そっとミュートの首筋くびすじてた。


「や、やめろ!」


「動かなければな。さて、聞こうか、何故なぜぞくつうじたりなど?」


「話すよ。その前にミュートを解放かいほうして。おかしいよ。話も聞かずに拉致らちして脅迫きょうはくなんて、まる盗賊とうぞくだ」


「おかしなことはない。ここでは、ほら、私が法律ほうりつみたいなところがあるもんだから。いいんだよ、いまそんなことは。状況じょうきょうを考えろ、私の一声ひとこえで、きみのおりの棒切ぼうきれは、ぷたつなんだぞ? 雑念ざつねんてろ、自分がさるなのを思い出せ、きみには倫理ろんりなんてむずかぎる。棒切ぼうきれがしいんだろう? だったら私がよろこぶようなげいをして見せろ」


「……魔女の情報じょうほうを聞いただけだよ。べつつうじてなんて」


「魔女? そんなもの、この町には関係かんけいのないことだ。きみ犯罪者はんざいしゃの言葉をしんじるのかね? そんなのはそれだけで犯罪はんざいだ」


「だけど、サドリカたちは言ってた! ここは魔女のおかげり立っているって! うばわれた土地とちだって!」


「知らないね。なんのことか分からない。この町にそんな歴史れきしはない。理解りかいいつくか?」


「だけど……!」


「あーきみうそどくされているね。いますぐわすれなさい。でなければこの町にはさせられない。それでも居座いするなら、特例とくれい死刑しけいだ。したいてふたつにいて、耳にめ込んでやる。嘘吐うそつきにはお似合にあいだろう? この町にはね? 嘘吐うそつきは、いちゃあいけないのだよ? 私の綺麗きれいな町がよごれるだろう?

 いいか、すななにより清潔せいけつなんだ。水さえも綺麗きれいにするのだからね。世界せかい一番いちばんきよらかなんだ。宝石ほうせきなどよりうつくしいものなんだ。私たちはな? すな濾過ろかされた、純粋じゅんすい綺麗きれいな、正直者しょうじきものなのだよ。だから大変たいへんなんだ。正直者しょうじきもの馬鹿ばかを見ると言うだろう? つぎからつぎへとけがれた嘘吐うそつきどもにたかられて、苦労くろうえんよ。まったくくさくて、はながおかしくなる。においはなかなかちんのだ。いくらすなとおそうとな?」


うつくしいなんて自分で言ったらわけないよ……そんなのけがれてる証拠しょうこだ」


「やはり理解りかいい付かんようだ。まあそれでもかまわんよ。帰りたまえ。きみなどるにらん。どうやらきみは、この町ではうそしかくちにできんようだ。そんなたわけものの言うことなど、馬鹿ばか羊飼ひつじかいさえ耳をさんだろう。道化どうけだとでも思えば、まったくの無害むがいだ。道化どうけの1人くらい町にてもいいだろう。

 この町でも滞在たいざいゆるそう。住人じゅうにんたちにもつたえておくから安心あんしんしたまえ。そのわり、このむすめのことはわすれるのだな。このむすめえる。うそえるのだ、蜃気楼しんきろうのように。うそかならず、かぜかれてえるのだよ。そんなに気負きおうな。この町のうまいものでもべれば、どんなにうつくしい蜃気楼しんきろうだろうと、すぐにわすれられるだろう。すべてはこのむすめに聞く。簡単かんたんなことだ。きみなど余興よきょうぎん。ほら、武器ぶきかえしてやれ」


 警備隊けいびたいの1人が、背中せなかかくしていた僕のけんを、ほうって寄越よこした。……けんがあったところで6人も相手にできるだろうか。……でも、やるしかない……。


小娘こむすめくちるなど、クルミをるより簡単かんたんだ」


 その町長の言葉に反応はんのうして、ずっとうつむいていたミュートが、ゆっくりとあたまを持ち上げ始めた。

 あんなにいため付けられてきっといているにちがいない、ミュートごめん、まもれなくて本当にごめん、なんて思っていたけど……。金色きんいろみだれたかみからあられたミュートのかおは、不敵ふてきに笑っていた……。


 ミュートは白いを見せて、不気味ぶきみに笑いながら僕をぐに見詰みつめた。をギラギラさせて、僕になにかつたえようとしてるみたいだ。すると突然とつぜん、ミュートは口をピッタリじた。僕に強い眼差まなざしを向け、くちびるの左のはしっこにした先端せんたんし、それをペロッとくちびる右端みぎはし一閃いっせんした。したしめしたさきを向けると、部屋へやおく片隅かたすみに、ミュートのふくとリュックが置かれていた。ふたたびミュートのかお視線しせんもどすと、ミュートはまた口をピッタリじ、今度こんど破裂はれつさせるように口をひらいた。リュックのなか爆弾ばくだんの魔石を、……起爆きばくさせろってことだ……!


 でも、どうやって……いや……丁度ちょうどいいものを僕は持ってる……。爆弾ばくだんの魔石そのものを……。クルミなんて端微塵ぱみじんにできる爆弾ばくだんを……!

 だけど、こんなぶっつけ本番ほんばんで僕にできるだろうか? おな部屋へやとはいえ、距離きょりはかなりある……もし失敗しっぱいしたら……もし……。そんな僕のおそれを見透みすかしたのか、ミュートは僕を挑発ちょうはつするように、小馬鹿こばかにしたようなかおを向けてきた……。そして、突然とつぜん右目みぎめじて、ド下手へたなウィンクを僕に寄越よこした。そしてすぐさま、もう一度いちど、パチリと、下手へたくそにもほどがあるウィンクを寄越よこす。


 カウントダウンだ。これはカウントダウンなんだ! だけど、カウントダウンがいつでゼロかなんて、普通ふつうからない。……いや! 僕は知ってるばずだ! ミュートにってのカウントダウンの普通ふつうなら、僕は知ってる! だって僕たちは言葉をわしたんだから!


 ――いやいや、普通ふつう、カウントダウンは5からでしょうがあ――


 砂漠さばくはいる前にとおった崖山がけやまで、ミュートはやまびこがかえってくるほど大きな声でさけんでいた。

 またウィンク、ほんのり上達じょうたつしてる、3だ。続けて2。そして1。つぎだ、つぎげる。……自分をしんじるんだ。ミュートのげる姿すがた何度なんども見てきたじゃないか。


 ミュートは最後のウィンクと同時に、あたまいっらし、警備隊けいびたい後頭部こうとうぶ頭突ずつきをかました。僕もり振り被り、リュック目掛めがけて爆弾ばくだんの魔石をげた。

 ミュートは立ち上がってけ出す。警備隊けいびたいはすぐさまミュートに手をばす。でも、その瞬間しゅんかん閃光せんこうが走り爆発音ばくはつおんがして、それは空振からぶりにわる。爆風ばくふう黒煙こくえんあおられ、ミュートはまるでぶように、僕のところにけてきた。僕はミュートをめると、山賊さんぞくがするようにかたかつげ、部屋へやからした。


「ちょ、ちょっと! なに、このあつかい!」


 足をジタバタさせミュートは抗議こうぎの声を上げた。


「あ、あばれないで……!」


「いやいや、普通ふつう、ここはお姫様ひめさまっこでしょうがあ!」

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