「……魔女さまの話だったわね」


 ユスリカは、手下てしたれてもらったおちゃかおりを楽しみながら、ゆっくりと口をひらいた。


「魔女さまの魔法といえば『時間じかん停止ていし』と『結晶化けっしょうか』よね? この2つの魔法で物質ぶっしつを魔石に変える。この2つの魔法はね? もと辿たどれば『重力じゅうりょくの魔法』なのよ」


重力じゅうりょくって……物が地面じめんに落ちる?」


「ええ。そうよ。星が引き合う力。あの魔女さまはね、重力じゅうりょくの魔女、星の魔女なの。魔女さまは星の力に見初みそめられたのよ。だから物をかせるなんて、得意中とくいちゅう得意とくいなの」


「あなたはそれをどこで知ったの?」


「みんな知ってるわよ」


「みんな?」


「私たちも、町の連中れんちゅうも」


「だ、だけど……誰も……!」


「言ったでしょ? ここはうその町だって。考えてもみて? みんながみんな、もとからここにいるのは自分だと言っているのよ? 町の統合とうごうなんて歴史れきしは、そもそもない方がいいに決まっているじゃない。いずみもとからここにあり、町の奪還だっかん目論もくろぞくは、独善的どくぜんてき妄想もうそうおかされている、とね? その方が都合つごうがいいのよ」


「そんな……」


「本当にけがらわしいわ。だけどね、そんなことでわずらうのは意味いみがないの。本当に無駄むだなこと。砂時計すなどけいながめてらすようなものだわ。この町の人たちはうそでできているから、ないもおなじなの。だってうそまぼろしなんだから、だからね、いくら殺しても大丈夫だいじょうぶなの」


「い、いや、待ってよ。町をおそ理由りゆうかったよ。でも……!」


 ミュートは声を少しあらげた。だけどユスリカはどうじる素振そぶりも見せなかった。


大丈夫だいじょうぶだよ。だって、ないんだから。かたちはあるかもしれないけど、本当にかたちだけなのよ。全身ぜんしん包帯ほうたいいた透明人間とうめいにんげんみたいなもの。それがただ、本当のミイラに変わるだけ。ね? 何も変わってない。もとからないんだから。大丈夫だいじょうぶなの。心配しんぱいしないで?」


「なに言ってるわけ、あんた!」


「もう、大声おおごえ出さないで、ねえさんがこわがっちゃうわ。そんなにむずかしい話じゃないでしょ? 蜃気楼しんきろうえるのにおこる人はいないよね? いいんだよ。むしろこれは善行ぜんこうなのよ?」


「はあ……! 善行ぜんこう……?」


「ええ、だって、うそきたないもの。でしょ? 町は綺麗きれいしたことはないわ。だって気持きもちがいいもの」


「あ、あんた、そんな考えで、人を殺させているの?」


「ええ、そうよ。嘘偽うそいつわりなくね」


「あんたあねとは全然ぜんぜんちがうね。本当の悪党あくとうだ」


「やっていることは、まったく一緒いっしょよ」


ちがうよ、あんたは人の命をもてあそんでる」


「それのなにがいけない? あそびのどこがいけない? おなじやるなら楽しいほうがいいでしょ? どうせ殺すのよ、おなじことだわ。かる? えへへ。2つの物事ものごとかさねれば、あとから片方かたほうはなかったことにできるのよ。それをうそとはいわないの。ただ、沈黙ちんもくっていうの」


「あんた、まるで子供こどもだわ」


「いいじゃない。おんなもね、童心どうしんわすれちゃだめなのよ? きよ私、毬遊まりあそびとか、お人形遊にんぎょうあそびとか。いまはそれが唯一ゆいつの楽しみ。えへへ。ねえさんが作ってくれるのよ。この町の人たちで」


「は、はあ……?」


「おねがいしてるの、ねえさんに。どうせ殺すなら、くびとすか、臓物ぞうもついてって。この町の人はけがれてるけど、きたな臓物ぞうもついたら、あそべるじゃない?」


 ミュートはげたのか、わずかにうめいた。


「ああ、安心あんしんして、実際じっさいにはやらないから。お洋服ようふくよどれるもの。ねえさんの話を聞いて、あたまなかあそぶの。生首なまくび毬遊まりあそびして、から身体からだ人形遊にんぎょうあそびをするの。えへへへへへ。すごく楽しいのよ」


「……あ……あ、あたまなかでやってるんでしょ? だったら……そんなことしなくても……そんなことのために……そんな残酷ざんこくなことしてるの……?」


 ミュートはわずかにたおし、ふく丁度ちょうど心臓しんぞうあたりを、右手で強くにぎめた。


なに言ってるの? 事実じじつがなければだめよ。ねえさんがかたってくれる事実じじつがなきゃね。じゃなきゃ、あたまなかにご招待しょうたいできないよ。それに、うそなんてじったら、私の綺麗きれい世界せかいよごれちゃう。私は事実じじつしいのよ。だって、みんなったらね、私のが見えないのをいいことに、うそばかりくのだもの。いけないのよ、人にうそいては。うそはね、きたないの。

 それにね、つまらないんだ、くらで。私にとって、生首なまくびから身体からだは、えのない宝物たからものなのよ? やすおんなよね私って、満足まんぞくするのに、そこらのくずうんだもの」


「あたしは」


 ふくから手をはなし、ミュートはひどひくい声で言った。多分たぶん、ミュートはいままでのなか一番いちばんおこってる。


「この町の事情じじょう歴史れきしもよく知らない。町の人のことも、あんたたちのことだって。ただ、少し話を聞いただけの部外者ぶがいしゃよ。でもこれだけはかるよ。人の命はそんなものにまれていいものじゃない。あんたはただの、殺人鬼さつじんきよ」


「私はやってないわよ」


おなじだよ。責任せきにんはある。それはあんたの詭弁きべんせるようなものじゃない。かたちがなくたって、確固かっこたるものだよ」


 ミュートの声におびえたのか、いままでしずかにユスリカにかれていたミミクラが、嗚咽おえつらし始めた。その様子ようすはまるで本当の子供こどものようで、僕は正直しょうじきかなりおどろいてしまった。ユスリカはやさしくミミクラのあたまでながら、子守唄こもりうたのようにやさしい声で言った。


「ほら、ねえさん、かないで、明日あしたもいっぱい殺さなきゃいけないんだから。ねっ? 元気げんきになって?」


 突然とつぜんよこから、ガリッという音がした。ミュートが奥歯おくばめたんだ。表情ひょうじょううかがうと、いかりのためかかせていた。


ねえさんが悲しいと私まで悲しくなってしまうわ。いいんだよ殺したって、ねえさんが殺してるのはお人形にんぎょうなんだよ? ただのごっこあそびだよ? おふる布切ぬのきれを、まり人形にんぎょうにしてるだけ。けがれたミイラをリサイクルしてるだけなんだから。真実しんじつかさなきゃ、うそは殺さなきゃ。かないで。くようなことじゃないのよ」


 ミミクラはますますきじゃくる。かすれた声で、何人なんにんものあかぼういているみたいに。いやいやをするように、世界せかいのすべてを否定ひていするみたいに。


「なんで、こんな状態じょうたいあねに、人殺ひとごろしをさせるのよ……!」


「させてないよ。ねえさんがみずからの自由意志じゆういしでやっているのよ。最初さいしょに始めたのはねえさんよ? 私はそれを応援おうえんしているだけ、サポートしているだけ、家族かぞくゆめ応援おうえんしているだけ。これはね、美談びだんなのよ?」


「あ、あ、あんた、いい加減かげんに……!」


「もう、しずかにして。ねえさん、ぐずるとながいんだから。いいのよぉ、ねえさん、かないでぇ。私が作ってって、おねがいしたんだから。心配じんぱいしないで。責任せきにんなんてものがあったとして、それは半分はんぶんなんだから。私とねえさんで責任せきにん半分はんぶんこ」


 まるで意趣返いしゅがえしのようにユスリカは言った。しろを見せて笑っている。目元めもとかくれて見えないけど、ゆがませて笑っているんだろうなと思った。


ちがう。命令めいれいした人と、やった人とで、責任せきにん半分はんぶんになんてならない。ただ、2人分ふたりぶん責任せきにんがあるだけ。あんたはただ、そのあね責任せきにんうばって自分のものにしているだけだよ。……というかなんで? なんでわかいあんたらが仕切しきってるの? 大人おとながたくさんいるのに」


何故なぜだか知らないけどね、おとこはみんな、私の言うことを聞いてくれるのよ。が見えないのが、いじらしいのか知らないけれどね。えへへ。こいするおとこ盲目もうもくなのじゃない? 知らないけれどね。私も盲目もうもくだもの。えへへ。でも、私は一度いちど強制きょうせいなんてしてない。ただ、おねがいしただけなの。もし、よかったらって。もし、できたらって。結局けっきょうくみんなの自由意志じゆういしなんだよ。すなひくきにながれるように、みんな勝手かってころがってるだけ。重力じゅうりょくかれて、一粒ひとつぶ一粒ひとつぶが、勝手かってにね。へへへへへへへ」


「あんたじゃ、たとえ町を取り戻してもおさめられないわ。あねほうがまだ見込みこみがある」


無理むりよ。こんなこわけのねえさんじゃあ。私なら……」


無理むりだよ。あんたのは、おあそびだもの。あねのは復讐ふくしゅうから来てる。やってることはおなじだけど、別物べつものだよ。本当にあんたらは、姉妹しまいだけどまったくちがう。

 ……あたしはこのおんなにボコボコにされたけど、あんたのほうがずっと、わない。あんたは、ただの、けがれた宿やどよ。ほかだれかの悪事あくじじょうじて、もっとわるいことをしてる、それだけだ。

 あんたのは、この町の人のとわらないよ。あんたのは復讐ふくしゅうなんかじゃない。自分のよくのために、人の尊厳そんげんみにじっているだけ。そういうことをしてると、あんたもいつかおんなじうよ。悪事あくじ悪事あくじせるんだから、磁石じしゃく砂鉄さてつあつめるようにさ。あくえたら、地獄じごくちるのは必至ひっしだよ」

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