ミミクラが立ち去ったあと警備隊けいびたいが何十人もやって来た。僕たちは、何度もしつこいくらいに、警備隊けいびたいの人たちから謝罪しゃざいを受けた。聞きもしないのに、僕たちを警護けいごしていた警備隊けいびたいは、いつのにか僕たちを見失みうしなってしまったのだという説明せつめいを、べつの人から何度も聞かされた。そして、そのとうの本人たちとは、もう顔を合わせることはなかった。僕たちにはべつの人たちが警護けいごに付いた。


 次の昼間ひるま、僕たちは町長さんのところに魔女の話を聞きに行った。だけど、このあいだ一緒いっしょで、魔女のことなんて知らないと言い切っていた。サドリカ一味いちみ凶暴きょうぼうさや、手口てぐちきたなさ、無茶苦茶むちゃくちゃ主張しゅちょう、そんなことを延々えんえんと聞かされただけだった。町長さんの話も至極しごくとうで、なにが本当か分からなくなる。だけど話の端々はしばしから、ほんの少しだけ、うそかおりがしたような気がした。


 僕たちはミミクラの話を聞くことにした。町長さんにたよっていても何も進展しんてんはなさそうだと思ったからだ。僕たちは、今日きょうに行くと言って夜の町に出ると、すきを見て警備隊けいびたいの人たちをいた。

 てもなく町を歩いていると1人の男に声を掛けられた。


「こっちだ、付いてこい」


 ミミクラの使つかいだろう。男は小走こばしりでけていく。僕たちもそれに続いた。何度も繰り返し道をれ、しばらく走り続けると、男は小さな建物たてものの前で立ち止まり、そのままなかに入っていった。僕たちは顔を見合わせ、けっして、なかに進んだ。


 なかにはミミクラと数人のきと、1人の女の人がいた。その人は目隠めかくしをされていたから、最初はさらわれている人だと思った。でもそうじゃなく、一味いちみの1人で、それも一味いちみひきいる片割かたわれの、ミミクラのいもうとだった。

 真っ黒な長髪ちょうはつで、はなあたりからひたいの上までを、ぐるりと赤いぬのおおっていた。椅子いす上品じょうひん腰掛こしかける様子は、それだけ見たら、どこかのお姫様ひめさまみたいだった。


「よく来たな」


 ミミクラが言った。


わるかったな、あちこち走らせてよ」


 警備隊けいびたいに後を付けられないための用心ようじんなんだろう。僕たちは少しだけいきれていた。


「おちゃはいかが?」


 ミミクラのいもうとは、場違ばちがいな明るい声で言った。


「い、いえ、話を聞くだけなので……」


「……まぁ、そうよね」


 僕の言葉にミミクラのいもうとは、残念ざんねんそうに肩を落とした。


「そうだ。私はユスリカっていうのよ。よろしくね。こんな格好かっこうなのはゆるしてね。私、目が見えないのよ。小さい頃に、病気びょうきでね。神様かみさまにいないいないされて、それきりなのよ」


 ユスリカは両手で目のあたりをおおい、ニッコリと笑ってみせた。なんというかつねに楽しそうにしている。天真爛漫てんしんらんまんとも違う、超然ちょうぜんとした感じで、僕たちとは違うなにかで笑っているような、そんな印象いんしょうを受ける。


「ばあ、はね、死んだあとまで、おあずけなの。それより話だったわね? どうするミミクラねえさん、私から話す?」


 ユスリカはひざの上に上品じょうひんに両手をかさね、ミミクラに顔を向けた。


「ああ、そうだな。その方が早い」


「じゃあ、私から。いいの? 少し長話ながばなしになるけど、すわらなくて」


 話を聞きに来たとはいえ、一度いちどは僕たちを殺そうとした相手だし、僕たちはすわるのをしぶった。するとユスリカは、手下てしたたちをおくがらせて、ミミクラの武器も持っていかせた。


「これならどう?」


 ここまでされたら僕たちもすわらないわけにいかない。僕たちはすすめられた椅子いすに腰をろした。


「ごめんなさいね。ここって男ばかりでしょ? としの近い女の子とおしゃべりできる機会きかいがなくてね。貴重きちょうなお時間だからね、ゆっくり話したいのよ」


 と言ってユスリカは、ミュートの方を向いて微笑ほほえんだ


「はあ……」


「せっかくだから、おちゃも、ね?」


「……分かりました。いただきます」


毒見どくみもしてし上げるから」


 ユスリカは口元くちもとに手をてて、クスクスと笑った。僕はれいのごとくおちゃことわり、ミュートだけおちゃを頂いた。


「さて、準備万端じゅんびばんたんね。それでねえさん、どこまで話したのだっけ?」


「ああっと……まだ全然ぜんぜんだ。ここが魔女のおかげり立ってると、それだけ」


「ありがとう。そうねぇ、ここはね、砂上さじょう楼閣ろうかくなの。足元あしもとがね、おぼつかないのよ」


 そこでユスリカは話をめた。


「おぼつかない?」


 とすぐにミュートがいの手を入れる。


「それより最初から話した方がいいわね……。大昔おおむかしのことになるのだけど、元々もともとこのあた一帯いったいはね、もっとたくさんの町があったのよ。だけど砂漠化さばくかが進んで、水源すいげん次々つぎつぎとなくなってしまってね。そして、すべての水源すいげんがなくなった」


「すべて?」


「そうここもふくめてね。ここの水源すいげんはね? 魔女さまがってくださったものなのよ。ここでは魔女さまは、いずみ女神めがみさまでもあるわけね。まあ、いくら魔女さまでも、そういくつも水源すいげんれなかったのでしょうね。砂漠さばく水源すいげんはここだけ。だから当然とうぜんほかの町の人たちもここに集まったわ。そこまではいい。でね? ここで砂上さじょう楼閣ろうかくがようやく登場とうじょうするの。

 魔女さまの考えなしなのか、悪戯いたずらなのかは知らないけれど、岩場いわばのすぐ近くに水源すいげんつくってしまったばっかりに、岩場いわばすなしずみ始めてしまったの。あやうく、いずみ岩場いわばべられてしまうところだったのよ」


あやうくということは、今は問題もんだいないの?」


「ええ、いているからね」


いてる?」


「魔女さまの魔法で、いま現在げんざいもこの町はいているのよ」


「町まるごとを? いくら魔女でもそんなこと……」


「まあ、いているといっても完全にかせているわけじゃないの。しずみ掛けた町をささえているだけだから。それにこの町は少しかるくなったのだから、そもそもかせるのは魔女さまの一番いちばん得意技とくいわざだしね」


「……かるく? それに得意技とくいわざって?」


「ごめんね。一度いちどに話しぎたわ。じゃあ順番じゅんばんに。かるくなったのは人を少なくしたからよ。方々ほうぼうからあつまって来た人々は、あろうことかここにもとからいた人々を迫害はくがいしたの」


「それがあたしたちの一族いちぞくだよ」


 突然とつぜん、ミミクラが強い口調くちょうで言った。うつむいているけど、まるで料理屋りょうりやの時のようにおそろしい表情をかべていた。


「さすがの魔女の魔法でもよ、人があつまりすぎてささえきれなくなったんだと。それで少し余所よそ移住いじゅうしてくれとなって、……したらここの連中れんちゅうがよ、法律ほうりつだの、規則きそくだのを次々つぎつぎでっちげて、あたしらの一族いちぞくを、殺して、い立てた。だから、あたしら一族いちぞくは昔からここを取り戻そうとしてんだよ。……あ、あ、あいつらぁ……あげく、もとからここにいたのは自分らだってかしてんだ!

 畜生ちくしょう……。母さんだって殺されちまった。あ、あいつら母さんが死んだのをゲラゲラ笑いやがった、おいわいにうまいもんたらふくって、上等じょうとうさけけてよぉ、あいつら、母さんが死んだのをさかなにしやがった……。畜生ちくしょう、まだわかかったのによ。早くにあたしらをんだからよ、わかかったんだ。だからにも会えなかった。ここじゃあよ、わかむすめ死刑しけいは誰にも見せねえんだ」


「え? 何故なぜ?」


「さあな、魔女にくれてやってるなんてうわさもあるが、ホントのところは町のお偉方えらがたしか知らねえんだ。んなわけでよ、あたしは、魔女に会いてえんだよ。なんて言って母さんは死んだのか知りてぇ。はっ、最後の言葉がよ、お夕飯ゆうはんなにがいい、じゃあよ、あんまりさ……ずっとあたまなかから、は、れねえんだ、ずっ……ずっとさ、お夕飯ゆうはんなにがいい、お夕飯ゆうはんなにがいい、だめなんだ、えねえんだ、7つの頃からずっとだ、お夕飯ゆうはんなにがいいお夕飯ゆうはんなにがいい、ってな、誰かを殺したってえねえんだよ、母さんを殺すつもりでおんなを殺しても、だ、だめなんだ、えない、上書うわがきしないとだめなんだ、母さんの死ぬ間際まぎわの言葉で、……じゃなきゃいつかあたまれちまう……。

 だからよ、町を取り戻して、魔女の居場所いばしょを早くかせなきゃなんねえ、まってる、魔女がってんだ、わかむすめを、はっ、いかにもじゃねえか、……はは、聞きてえよ直前ちょくぜんの言葉が、腹一杯はらいっぱいいてえよ、……だめなんだ、あれから、あんまりうと母さんの言葉がよぎってがして……いま、く、ってる最中さいちゅうなのによ、あ、あたまなかしゃべんだよ、う、うう、お夕飯ゆうはんなにがいいって、すすけた顔で、笑いながら、何度なんど何度なんども、いまってんのによ……う、ううう」


 実際じっさいがするのか、ミミクラはえずき始めた。ユスリカはミミクラをせ、背中せなかを優しくさすった。


「ほら、大丈夫だいじょうぶよ、ねえさん、大丈夫だいじょうぶ。もう母さんはいないのよ。見えないでしょ? ならいないの。大丈夫だいじょうぶよ」


 ミミクラは症状しょうじょうが落ち着いてからも、ユスリカのむねかおうずめたまま、かれ続けていた。


「ごめんなさいね。たまに、ねえさんこうなってしまうの」


「だ、大丈夫だいじょうぶなの? 寝かせた方が……」


「ありがとう。でも、これが一番いちばんなのよ。母さんがこいしいのよ。ねえさんはあまえんぼうだったから。で、なんの話だったかしら?」


迫害はくがいの話」


「ああ、そうだったわ。こんな砂漠さばくなかじゃ、やはり頑丈がんじょう基盤きばん魅力的みりょくてきだわ。それは取り合いにもなる。ここにもとからいたのは自分たちだと、大きな顔をされたくもなかったんでしょうね。方々ほうぼうからあつまった人たちは結託けったくして、私たちの一族いちぞくを町からい出した。そればかりか、町をうばかえそうとする私たちの一族いちぞく次々つぎつぎ殺していったの。……ふふ、それも嘘吐うそつばわりしながらね。時代がくだって、いまではこんなに少なくなってしまったわ。

 ここはね、うその町なの。すごいわよ? いまも続いているんだから。ここはあらそいばかり。町の人も一枚岩いちまいいわじゃないの。だれかれもが、もとからいたのは自分たちだと言ってね。そう主張しゅちょうして、そう思い込もうとして、なかば本気でしんじているわ。自分のうそべられてしまっているのね。あの町長だって、いつ引きずり降ろされるか分かったもんじゃない。ここはまさにすなの町だわ、いわの町ではなくね。みんなバラバラ。この町はどう高く見積みつもろうと、けがれた泥団子どろだんごでしかない。平気へいき裏切うらぎって、うそく。ここでの信用しんよう約束やくそくは、かたち綺麗きれいなだけのすなの城よ。風でくずれる城なんて、もとからないも同じだわ。

 もしかしたら、この町自体じたいもそうなのかもしれない。うそかためたすなの城なのよ。大昔おおむかしほろぶはずだったのだもの。所詮しょせん幻影げんえいみたいなもの。なにかの間違まちがいで、大昔おおむかし光景こうけいえないでのこっているんだわ。実際じっさいのところ、取り戻す価値かちも、命を価値かちもない」


「……じゃあ、なんで、あなたはこんなことを?」


「だって、ねえさんが泣くんだもの。ここがしいって。魔女に会いたいって。それにほら、私は付いていくしかほかにないもの。私は仕方しかたなくこんなことやっているの。今日きょうのこれもね、ねえさんが言うからなのよ? あいつら魔女をさがしているらしい、なにか知っているかもしれないって言ってね。私は言ったの、殺しちゃえって、たいした情報じょうほうなんて持ってるわけない殺せって。町を取り戻して町長に聞いた方が早いし確実かくじつだって。

 だけど、どうしてもって泣き付かれての、今日きょうのこれなのよ。まあ、よくよく話を聞くと、わかい2人だというから私もになったのだけどね。それでどうなの? なにか知ってる? 魔女について。べつに知らなくても殺したりしないから、本当のことを教えてね? うそはもう、うんざりなの」


 小鳥ことりみたいに綺麗きれいな声がかえってこわい。それに平然へいぜんとした口調くちょうも。うそいたら本当に殺すと言わんばかりだ。


たいした話はないわ。硝子がらすの町を根城ねじろにしてるんじゃないかってうわさくらいで」


「そうよね。ありがとう。あ、おちゃれてる。誰か。おちゃのおかわりを。それから茶菓子ちゃがしも」


 ユスリカはかぼそい声で、おく部屋へやへと声を掛けた。


「あ、いや、もう十分じゅうぶん……」


「いいのよ。遠慮えんりょせずに、たーんとがれ。すべて盗品とうひんだけどね」


 ユスリカはそう言って、さも可笑おかしそうに笑った。

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