「いやーうまかったー。なんでここのものはこんなに美味おいしいんだろう? こんな砂漠さばくなかなのに」


 せま小径こみちのためか、ミュートの声が反響はんきょうして聞こえる。あかりが所々ところどころともっているけれど、その光はたよりない。たい夜風よかぜさむすぎて、心地ここちよいとは言えなかった。


「さあねえ。お店の人は、水が豊富ほうふって言ってたけど。なんだっけ……町の近くにいずみがあるとかなんとか……」


「まあ、水が出なきゃ砂漠さばくには住めないでしょうしね。だからか……」


「ん? なにが?」


「ああ、あの盗賊とうぞくよ。ほら、この町をねらってるんでしょ?」


「……うん。らしいね」


「ここだけみょう条件じょうけんいいものね。水に、かた地盤じばんに」


うばい合いになるわけだね」


「……連中れんちゅう、いやあの女、普通ふつうじゃなかったもんね。なにかあるんだよ」


「なにか?」


「いや、知らないけどさ。……普通ふつう、人はあんなに残酷ざんこくになれないよ。それに、あんなのに人なんか付いていくわけない。なのにあんなに人があつまっていた。共通きょうつう目標もくひょうとか、強い思いみたいなものがあるんだろうね。……妊婦にんぷさんを殺すなんてことが当然とうぜんだと思うくらいの、ね」


「……なんで、こういうのって、なくならないんだろう?」


 素朴そぼく疑問ぎもんが、思わず口に出た。


「言葉がつうじないからだよ」


つうじない?」


「んー……。言葉がなんだろう……完全かんぜんにはつうじない……。心を、そのまま相手あいてにはつたえられないじゃない?」


「まあ、ね」


「言葉にせるしかない。言葉ってこんなに多いけど、すべてを説明せつめいするには少なすぎるんじゃないかな。曖昧あいまいで、あなだらけで。心の複雑ふくざつさをそのまま取り出したような矛盾むじゅんした言葉だったり、解釈かいしゃくわかれる言葉だったり、かと思えば物事ものごと簡単かんたんにしぎちゃうような言葉があったり、本当に言葉ってむずかしい」


「そうだね。僕たちもよく、それでケンカになるもんね」


「ふふ、そうね。……それにつうじないどころか、言葉って人をあやつることもあるし」


「自分の言葉に?」


「それもあるし、誰かの言葉とか、大昔おおむかしの言葉だったりね。耳障みみざわりのいい言葉や、ネガティブな感情かんじょう代弁だいべんするどころか、増長ぞうちょうしてしまう言葉があったりさ、心をすれちがわせるために存在そんざいしてるんじゃないかって言葉もある。あたしたちはいつのにか、そんな言葉にあやつられてる。言葉はまるで魔法まほうみたいだよ。ねがいやのろいが言葉をんで、あたしたちはそれを当たり前に使ってる。言葉って本当は、繊細せんさいあぶないものなんだよ。

 だからね、違う価値観かちかんを持った人を理解りかいするのは本当にむずかしい。ながめていてもそれは無理むりだし、ただ話したって無理むりかもしれない、その人の昔話むかしばなしを聞いたってどうか分からない。それにはタイミングやうんだって、必要かもしれない。本当に本当にむずかしいことなんだよ。まるで、ながぼしねがいを3回となえるくらいに」


ながぼし?」


たとえば、今日は月のないばんじゃない? それを残念ざんねんに思う人もいる。星がよく見えるのを喜ぶ人もいる。月のがわに立つ人がいる、星のがわに立つ人がいる。月の言葉でしゃべる人、星の言葉でしゃべる人、月の心を持つ人、星の心を持つ人、いろいろな人がいる。同じ言葉で話し合っても、つうじないこともあるし、同じ心を持っていても、すれちがうこともある。

 それだけじゃない。あたしさ、こんなに綺麗きれい星空ほしぞらって、生まれて初めて見たんだけどさ。この感動かんどうだって同じだよ。この星空ほしぞら見飽みあきてる人もいれば、もっともっと綺麗きれい星空ほしぞらを見たことのある人だっているかもしれない。同じ星の心を持っていて、同じ星の言葉で語り合っても、分かり合えないことすらある。

 私たちからみれば、月も星も本当に綺麗きれいで、一括ひとくくりにできそうなものじゃない? 一番星いちばんぼしあまがわも、三日月みかづき満月まんげつも、赤い星も青い星も、雲間くもまれる月も、ひくくて大きなお月様つきさまも。みんなおんなじくらい綺麗きれいでさ。だけど本当は、いろんな心や言葉であふれてる。

 だからさ、もしだよ? 目を見張みはるくらい自分たちとはちがう人たちのことを理解りかいしようと思ったら、本当に集中しゅうちゅうしてなきゃ、そんなの出来できっこないんだよ。ながぼしを待つみたいに、いきめるほど、真剣しんけんにならなきゃいけないんだよ。いつながぼしが流れてもいいように、自分の心を整理せいりして、自分の言葉を持っていなきゃダメなんだよ。じゃなきゃ分かり合えるチャンスは一瞬いっしゅんで消えちゃう」


「……だからミュートはほかの人にえるんだね。……それに心をちゃんと整理せいりしてるから、とっさに誰かをたすけられるのかも」


「……でも、それで自分がきたら、馬鹿ばかみたいな話だよ」


「でも綺麗きれいだよ」


「え?」


「……あ、いや、ごめん……綺麗きれいかた


「……はは、ビックリ。真剣しんけんに言うからビックリしたよ。やめてよねえ、あなたこいする乙女座おとめざですかー?」


「……う、うるさいな。ご、ごめんてば……!」


 僕はそれから、ミュートが満足まんぞくするまでからかわれ続けた。なんだかずかしさにボコボコにされたって感じだ……。

 ミュートは、ニヤニヤ顔を少しめた。


「ほらね、意気投合いきとうごうして一緒いっしょたびをしてるあたしたちでも、すれちがうんだから。一度いちど仲違なかたがいをした相手なら、理解りかいはもっとむずかしくなる。それは多分たぶん、2つのながぼしこいに落ちるくらいむずかしいこと。でも、それができたら、本当に奇跡きせきみたいに綺麗きれいで、すごいことだよね。それはきっと太陽たいようみたいにあたりをらすよ。今はもちろん、昔話むかしばなしにだっての光がす、……そしたらきっと、未来みらいも光りかがやくはずだよ。……。……ていうか、あたし、なに言ってんだろ……滅茶苦茶めちゃくちゃずかしい話してない……?」


「はは、そうかもね。ずっとしゃべってなかったから、まってたんだよ」


 僕は今更いまさらながら、うしろの足音あしおと意識いしきを向けた。わすれてたけど護衛ごえいの人もいるんだった。なんだか僕も今になってずかしくなってしまう……。


「よぉ、お二人ふたりさん」


 突然とつぜんうしろから声を掛けられた。振り返ると、そこには、全身ぜんしん灰色はいいろ人影ひとかげが立っていた。よるかげたたずむその姿は、光をあやまってみ込んでしまったかげのように、奇妙きみょうかび上がっていた。


「いいよるだな。月がなくて真っ暗で。……くもでも出てりゃ、もっといいんだが」


 その声はすなのようにざらついていた。ミイラのようにぬのかれた刀剣とうけんが、そのかたかつがれている。あの女だ。ミミクラ・サドリカだ……!


「ご、護衛ごえいは?」


 あたりを見回みまわしミュートが言った。


「あ? ああ……。あたしの顔見た途端とたん、すぐさまげて行きやがったよ。はっ、なさけねえ」


「……うそでしょ……。護衛ごえい意味いみないじゃない……」


ちがいねえや」


「ぼ、僕たちを殺しに来たの……?」


「ああ、そのつもりだったが……」


「え? つもりって……」


がれちまったぜ。そのおじょうちゃんの話を聞いてたらな」


「……お、おじょうちゃん」


 と不服ふふくそうにミュートが言った。


綺麗事きれいごとにもほどがある。がするよ」


「……う、いやまあ、あたしだって……」


「……それにいくら悪党あくとうだろうとよ。一部いちぶもあるかもしれねえと、なさけを掛ける相手あいてを、そう簡単かんたんには殺せねえのよ」


「だったら、なにをしに来たのよ?」


「ん? ああ、ちょいと小耳こみみに挟んだのよ。おめえら、魔女をさがしてんだって?」


「な、なんでそれを知ってるの?」


 僕の問い掛けに、ミミクラはさも可笑おかしそうに笑った。


「ははは、ここじゃあ、かくごとなんかできねえのよ。嘘吐うそつきのまりみてえな町なのによ。おかしな話さ」


嘘吐うそつき?」


「ああ、ここの連中れんちゅうはみんなそうさ。あの町長の野郎やろうだってな、善人面ぜんにんづらかべてやがるが、くずみてえなペテン野郎やろうさ。そしてなあ、ペテン野郎やろうは決まって口がかるいのよ。町中まちじゅううわさだぜ? おめえらが魔女をさがしてるってな」


「それは……まあ、口止くちどめはしなかったから……」


 たしかに、で聞き込みをした時、店の人の対応たいおうみょうなくて、なんだか聞かれることをあらかじめ知っているような感じがあった。


「おおかた、知らねえとしらを切られたんだろうが、そのじつ一番いちばん魔女のことを知ってんのは、あのペテン野郎やろうさ」


「えっ?」


「この町は魔女のおかげでもってんのよ」


「どういうこと?」


「ここは砂上さじょう楼閣ろうかくなのさ」


 その時、あたりがさわがしくなり始めた。


「おっと、腰抜こしぬけが仲間なかまれてきたみてえだな。……話はここまでだ」


「待って……!」


「……もし続きを聞きたいんなら、明日あすよる、同じ時刻じこくに町に出て、護衛ごえいくんだな」


 そう言いのこし、ミミクラはよるやみに消えていった。

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