「ふーん」


 僕はミュートに、昼間ひるまに町長さんに聞いた話を聞かせていた。


討伐とうばつねえ」


 ミュートはベットの上で身体を起こし、月をながめながら、お見舞みまいで頂いたフルーツをかじっている。ミュートが起き出したのは、町長さんが帰ってだいぶってからで、すっかり夜になっていた。ミュートはかわかずに、次々とフルーツをたいらげていく。でも、なにか思い出してでもいるのか、心ここにらずという感じだ。


「この町の人たちにやつらをめられるかしら」


 ポツリとミュートは言った。


「え? どうして?」


 僕の言葉に、ミュートはこちらに顔を向けた。


「店がおそわれた時、店内てんないにはおそらく、やつらの3倍から4倍の人数がいた。その気になればやつらをめられたわ」


「……それはほら、やつら、武器を持っていたし」


「それだけじゃない。妊婦にんぷさんが殺されるって時にも、誰も動こうとしなかった。そりゃあ、自分が殺されたらたまんないけど、……なんだろう、誰もあせってなかった……なんとかしなきゃとか、そんなのが一切いっさいなかった。興味きょうみないみたいにして……まるで、砂時計すなどけいでもながめてるみたいに、ボーっとさ。なんか、あたしこわかったよ。あたし最初はさ、誰もゆびなんてしてなくて、あの女の出任でまかせなんだって思ってた。ただ誰かを殺したくて、あの女がうそいているんだって。でも、周りに人の目を見てたらさ……。いても、おかしくないって……思った。そう考えたらさ……動かずにいれなくなっちゃって……。……ごめんね、サンデー。あんなこと……するつもりじゃなかったんだけど……思わず……いたかったよね……」


「……な、泣かないでよ。……ほら、僕はよろいだから、痛いのはそのだけだし。今は全然ぜんぜん平気へいきだから。……それより、ミュートだよ。赤いおしっこはまったの?」


「……まだ少し、ピンク色」


「泣きやむまで、あと少しだね」


「はは、そうだね」


「死ぬわけないよ」


「うん。まだ死ねない。こんな道半みちなかばで、死ぬわけにはいかない、絶対ぜったいに」


 ミュートは涙をき、目に力を込めた。


「ねぇ、ミュート?」


「なに?」


「……そのさ、……ミュートの恋人こいびとってどんな人なの?」


「どうして?」


「……い、いや、ごめん、そういえば前にも聞いたっけ……ごめんね、こんなときに、忘れて……!」


「いいよ、別に。……そうだなぁ。命知らずで、無鉄砲むてっぽうだったかな」


「へえ、そうなんだ。……僕とは大違おおちがいだね。あの時、僕、あの妊婦にんぷさんを見殺みごろしにしようとしてた……」


「……ううん。それが普通なんだよ。普通は、自分の命をけてまで、誰かを助けようなんて思わないもの。それであたしたちはこんな目にってるわけだし。……いや、サンデーはき込まれただけだね。ごめんね、自分の命ならまだしも、……あたし、サンデーの命までけちゃってた」


「ううん。……それに僕……軽口かるくちたたいちゃったし……僕も反省はんせいしてる」


たしかに……よろいあつさでくっ付いたってなによ……」


 言ってミュートは少しだけ笑った。


「いや、ミュートのお会計かいけいひどいけどね」


 僕も笑い、ミュートもそれにられて、僕たちはしばらく笑い続けた。ミュートが笑うのを見るのはひさりだった。口はわざわいのもとだけど、おしゃべりは元気のもとだ。


「で、どうしようね」


 ひとしきり笑い、僕はミュートに問い掛けた。


「まあ、忠告ちゅうこくにはしたがっておきましょう。せっかく警備けいびも付けてくれるんだしさ。町中まちなかなら、そうおいそれと悪さもできないでしょうし。ちょうどちょうどいいよ。気長きながかまえて、情報じょうほうでも集めようよ」


「そうだね。そうだ、町長さんはなにも知らなかったけど。夜にやってるなら、情報じょうほうが集まるから、なにか聞けるかもしれないってさ」


「じゃあ、退院たいいんしたら行ってみましょう」


 その数日後、ミュートは晴れて退院たいいんとなった。顔に少しあざが残っているけど、それもそのうちなおるだろう。退院たいいんの日、町長さんの使つかいの人が現れ、なんと町長さんが宿やど手配てはいしてくれたとのことだった。ありがたいことに討伐計画とうばつけいかくわるまで、無料むりょうしてくれるらしい。ここまでよくしてくれると、なんだかうらがあるんじゃないかと勘繰かんぐってしまう。討伐とうばつに協力しろなんて言われたらと思って、そこらへんをそれとなく使つかいの人に聞いてみたけど、別段べつだんそんなこともないらしい。正直しょうじき言って、もうあんなやつらとは顔を合わせたくない。想像そうぞうしただけで寒気さむけがするくらいおそろしい……。


 それに警護けいごも引き続き付けてくれるらしい。僕たちのうしろを、3人の警備隊けいびたいがさり気なく付いて来てくれている。少し気になるけど、本当に心強こころづよかった。

 使つかいの人の案内あんないもと、僕たちは取ってもらった宿屋やどや目指めざして歩いていた。ここに来て早々そうそうにあんな目にったから、町の様子をゆっくり見るのは初めてだった。


 町はかなりんでいた。町全体が路地裏ろじうらかのように、基本的きほんてきに大きな道がなかった。いわ基盤きばんにした町だから、土地とちがないんだろう。建物たてもの密集みっしゅうしていて、土地とち有効活用ゆうこうかつようするためか、2階建かいだてや3階建かいだてはざらで、4階建かいだての建物たてものまであった。きゅう坂道さかみち階段かいだんも多い。土地勘とちかんのない僕たちじゃあ、少し歩いただけでまよってしまいそうだ。


 ほどなくして、僕たちは宿屋やどや到着とうちゃくした。使つかいの人は引き上げ、警備隊けいびたいの人たちはそとに立ち、夜も交代こうたい警護けいごをしてくれるらしい。

 僕たちは夜を待ち、さっそく、町長さんに教えてもらったに向かうことにした。警備隊けいびたいの人たちにそのことを話すと、付いて来てくれると言ってくれた。1人は休憩中きゅうけいちゅうらしく、2人が警護けいごに付いてくれた。


 月のない夜で、あたりは真っ暗だった。かなりえ込んでいて、人影ひとかげはなく、しんとしている。昼間ひるまとはなにもかもが反対はんたいだ。そんななかでもんだ町並まちなみだけは変わらない。自分のあしで歩いて痛感つうかんする、この町は本当に迷路めいろみたいだ。町長さんに店の場所をいていたけど、自力じりきでは辿たどけず、結局けっきょく警備隊けいびたいの人に道を教えてもらうことになった。


 苦労くろうして辿たどいたはいいけど、とくぼしい情報じょうほうられなかった。なんだかただ、ごはんべに来たようなものだ。やっぱりミュートはおさけは飲まず、おさけのおつまみをたくさん注文ちゅうもんして、夕飯ゆうはんわりにしていた。店の人にあまりいい顔はされなかったけど、とうのミュートは、ひさりにまともなものべられたと、満足まんぞくそうだった。やっぱり病院食びょういんしょく味気あじけないらしい。それでなくても、この町のもの格別かくべつ美味おいしいのだとか。

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