医者の診断しんだん結果けっか、ミュートはしばらくのあいだ安静あんせいを言いわたされた。何度なんどられたせいで内臓ないぞうを痛めたらしい。僕たちは少しのあいだ診療所しんりょうじょ厄介やっかいになることになった。僕の方は意識いしきがハッキリしてからは、肩が少しガタついているのと、身体中からだじゅう地味じみにずっと痛いくらいで、たいしたことはなかった。


 ミュートはボコボコにされて、なんというか、きていた。完全に心がれてしまったのか、僕の言葉にも生返事なまへんじで、放心ほうしんしたようにまどの外をながめるばかりだった。それから、赤いおしっこが出たとかで、「あたし死ぬんだわ……」と涙をこぼしていた。医者の先生の、「一過性いっかせいのものですから、すぐにおさまります」という言葉を受けても、聞く耳持たずで、「あたしの身体のことは医者には分からないのよ」と、わけの分かりそうで、わけの分からないことを言っていた……。ミュートは何だか、基本的きほんてきにお医者さんのことを信用していないらしい。将来しょうらいはおそらく厄介やっかいなおばあさんになりそうな気がする……。


 そんななか、僕たちのところに、この町の町長さんがたずねて来てくれた。僕たちの話を聞き付け、わざわざお見舞みまいに来てくれたらしい。お花とフルーツまで頂いて、本当によくしてもらい、なんだかかえって申し訳ないくらいだった。僕は寝ていたミュートを起こそうとしたけど、町長さんが、「寝かせて置いてあげましょう」と言ってくれたので、その言葉に甘えることにした。


「しかし、よくねむっておられますな」


 ミュートは寝息ねいきも立てずに、熟睡じゅくすいしていた。


「切り取って、絵にしたいくらいだ」


「ええ!?」


 僕は思わず声を上げてしまう。


「ど、どうされました?」


「い、いえ、なんでもないです。……すいません、大声おおごえ出してしまって」


「いいえ、私の方こそ。……趣味しゅみで絵をくものですから、つい。……それで、私はこの町の町長をつとめております、フェイス・クオーターと申します」


 そう言って、町長さんは深々ふかぶかと頭を下げてくれた。町長をやっているだけあって、すごく紳士的しんしてきな人だ。背筋せすじが伸び身体も引き締まって、髪も黒々くろぐろとしているから若く見えるけど、声の感じから初老しょろうくらいのとしなんじゃないかと思う。茶色ちゃいろのスーツを着て、かみは短くととのえてある。


「これはご丁寧ていねいに……。僕はサンデーといいます。寝ているのはミュートといいます」


「よろしくお願い致します」


「あっ、椅子いすがありますので、どうぞ、お掛けください」


「ありがとうございます。では、失礼して」


 僕も椅子いすすわって人心地付ひとごこちつくけど、町長さんがものすごく姿勢しせいよく腰掛けているから、なんだか、僕までいつになく背筋せすじが伸びてしまう。


「……このたびは、まことに申し訳ございませんでした」


 町長さんは心底しんそこ申し訳なさそうな顔をして、深々ふかぶかと頭を下げた。


「い、いや、そ、そんな、町長さんがあやまること……!」


「いえ、町の治安ちあん維持いじするのも私のつとめです」


「……はあ、そんなもんですか。……それにしても、あいつらはなんなんです? 強盗ごうとうにしては凶暴きょうぼうすぎるというか……」


連中れんちゅうはサドリカ一味いちみと呼ばれています」


「サドリカ一味いちみ……」


「ええ。サドリカ姉妹しまいという2人姉妹しまい仕切しきっているので、そう呼ばれています。もっとも、おもだって一味いちみひきいているのはあねの方です。あなた方をおそったのもあねの方でしょう。名は、『ミミクラ』といいます。『ミミクラ・サドリカ』」


「……ミミクラ。……名前だけなら可愛い感じですね……」


「ええ、まあ。……お分かりかと思いますが凶暴きょうぼうやつでしてね。わたくしたちも手をいております」


「……でしょうね。いもうとの方はどうなんですか?」


「ああ、そちらは、ほとんど無害むがいですな。病弱びょうじゃくでほとんど姿すがたを現しません。まあ、ただのおかざりですな。それで、まあ、あいつらは盗賊とうぞくというよりも、侵略者しんりゃくしゃですな」


侵略者しんりゃくしゃ?」


「ええ。やつ砂漠さばく根城ねじろにしているのですが……。この町の領有権りょうゆうけん主張しゅちょうしているのです。いわく、この土地は元々もともと、自分たちのものであるから、わたせと。そんな世迷言よまいごとを言っておるのですよ」


「……ああ、だからあんなにひどいことを……あ、そういえば、あの妊婦にんぷさんは平気へいきですか、乱暴らんぼうにされて流産りゅうざんなんて……」


「ああ、ご心配にはおよびません。無事ぶじでしたよ。警備けいびの方も万全ばんぜんです」


「……警備けいび?」


「ええ。やつら、一度目を付けた相手を、執拗しつようねらうのです」


「……。まさか僕らも……?」


「でしょうな。ですからここにも警備隊けいびたい配置はいちしております」


 当然とうぜんのことのように町長さんは言った。ありがたいけど、もう少し早く教えてほしかった……。


「ちなみにここへは観光かんこうなにかで?」


「あ、いえ、その、砂漠さばくえようと思っていて」


「ほう、砂漠さばくをですか。それでどちらの方にです?」


「ええと、僕たち硝子がらすの町を目指めざしてるんです」


「……硝子がらすの町? あんなところにですか……?」


 町長さんは目をパチクリさせている。


「それがその、僕たち魔女を探してまして……」


「魔女?」


「はい、いろいろと事情じじょうがあって……。硝子がらすの町に魔女がいるといううわさたよりに、ここまで来たんです」


「ははあ、なるほど」


「その……この町で、なにか魔女にかんするうわさってありますか?」


「……うーむ。そういう話は聞かないですなあ」


「……そうですか」


「おやくに立てず申し訳ないですが……」


「いえ、そんな、ありがとうございます」


「すると、きずえたあとは、すぐに立たれるのですか?」


「……この町で少し情報じょうほうを集めたかったんですけど……ねらわれているんじゃあ……。そうした方がいいですよね……?」


「……どうでしょうなあ……。やつらこの町で悪さもしますが……砂漠越さばくごえの旅人たびびともよくおそいますし……。その……ここ一帯いったいはこんな気候きこうですから……みんなかぶものをしています。やつら、それを利用して、かなりの人数をこの町に潜伏せんぷくさせています。もしやつらに町を出るところを見られ、砂漠さばくなかおそわれでもしたら……まず助かりません。やつら、砂漠さばくでの戦闘せんとうのプロですからな」


「……それじゃあ、どうしたら……」


「それでですな、近々ちかぢか大規模だいきぼ討伐とうばつをいたそうと計画しておりまして」


「あ、もしかして、あれですか、住人に武器ぶきくばるとかなんとか……」


「よく、ごぞんじですな」


「ああ、掲示板けいじばんで見たんですよ」


「なるほど。ええ、それも計画の一部いちぶです。ですから、つまり、計画後に立たれる方が、かえって安全かも知れませんということですよ」

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