砂の町 暴食制約

こわー……なによこれぇ……うわ……こわー……」


こわいならした見なきゃいいのに……」


 僕たちは断崖絶壁だんがいぜっぺきづたいの、ほそい道を歩いていた。がけそこ岩肌いわはだは、距離きょうりが遠すぎて、空気がかすんで見えるほどだ。道は本当にせまくて、1人がやっととおれるくらいだ。両手を広げると、左手がかべに付き、右手は道からはみ出る。


「……なんなのこれ……? ……うそでしょ……うわ…………こわー……」


 ミュートはさっきから、ずっとこんな感じだった。両手をかべに付けて、顔をさおにさせて崖下がけしたを見ながら、よろよろと歩いていた。


「だけど意外いがいだなあ。ミュートが高いところ苦手にがてだなんて」


「……だってちたら……ぺちゃんこよ……て、ていうか、は、はー……話し掛けないで……ちるでしょうが……!」


ちないよ……」


 ミュートはほとんど過呼吸かこきゅうのように、いきえだった。こんなこと言うのはミュートに悪いけど、なんだか、演技えんぎでしたといつ言われても、納得なっとくできるくらいわざとらしい感じだった。僕のほうはといえば、たしかにしたのぞき込めば、少しクラっと来るけど、それだけだった。


「見なきゃいいのに……」


「……そっちの方が……こ、こわいのよ……うう、う……こ、こわすぎ……なんなのこれ……?」


 ちょっとずつではあるけど、僕たちはその道を進んでいった。すると、崖崩がけくずれでも起きたのか、道がほんの少し途切とぎれていた。さいわい、途切とぎれている長さは、一歩半いっぽはんというところだったから、簡単かんたんえられそうだった。


「……もどりましょう」


「え? ……でも、ここしか道がないんだよね?」


「……ほ、ほしまるいわ」


「でも、このさき砂漠さばくなんだよね?」


 ミュートが言うには、このさき広大こうだい砂漠地帯さばくちたいが広がっていて、そのなかに大きな町がポツンと一つだけあるらしい。そこに、最短距離さいたんきょりで立ち寄って補給ほきゅうをしなければ、砂漠さばく横断おうだんはまず不可能ふかのうらしい。


ほし反対はんたいまわりに……」


ほし横断おうだんする気……? ……いいから行くよ」


 僕は助走じょそうを付け、道の欠損けっそんえた。


「ほら、ミュートも」


「ちょっと待ってよ……! ……む、無理むりよ……。もう、あんたとは今生こんじょうわかれね」


 そう言ってミュートはきびすかえそうとする。


「なに言ってんのこれくらいで……。ほら、はやく、簡単かんたんだよ」


寸前すんぜんに、あ、足でも、つったら……! もし、寸前すんぜん寿命じゅみょうきたら……!」


「いや、それならべつにいいんじゃ……?」


「……あんた、なにも分かってないわ」


「そんなにこわいの? 日がれちゃうよ」


 僕は少し小馬鹿こばかにして言った。こんなときのミュートには挑発ちょうはつ一番いちばんだ。


「うっさい! なによ! はあ!?」


「いいからはやく。ほら、こわくないよ。カウントダウン。3から行くよ」


「いやいや、普通ふつう、カウントダウンは5からでしょうがあ!」


「カウントダウンに普通ふつうなんてないでしょ……」


 ミュートもなんとか道の欠損けっそんわたり、僕たちは気を取り直し、を進めた。ありがたいことに、それ以降いこう道幅みちはばも広くなり、ミュートも普通ふつうに歩けるようになった。さっきまでのミュートは本当に、生まれたての小鹿こじかみたいだったから、本当にサクサク進むことができる。


「……ちょっと、なに、笑ってるわけ」


「……のせいだよ。多分たぶん、風の関係かんけいだよ……」


「あんたね、おぼえてなさいよ……!」


 おぼえていろと言うわりに、ミュートはすぐに、こぶしで僕を小突こづいてきた。


いた! ……ごめん、あやまるよ。いた!」


「まったく……」


「ごめん、ごめん。それにしても、くなってよかったね」


 ミュートは、城の町で王様をなぐり付けた時にった捻挫ねんざのせいで、数週間すうしゅうかんあいだ満足まんぞく手首てくびを動かすことができなかった。


「ホントにれてなくてよかったよ」


「うん。ホントにね。……まあ、まだ少しいたむけど……」


「じゃあ、なんで、右でなぐるんだよ……」


「言ったでしょ? あたし左はぶきっちょなの」


 そう言って、ミュートは僕を左でなぐった。


いた……くない。……やさしい」


「でしょ? あ、そうだ。サンデーさ、これ持ってなよ」


 し出されたミュートのひらには、爆弾ばくだんの魔石が乗せられていた。


「え。なんで?」


「ほら、このあいだみたいに、あたしが怪我けがすることもあるじゃん? 城の町でも、結構けっこうピンチだったし、ねんのためね」


「うーん、僕にできるかなぁ」


 と言いつつも、一応いちおう魔石を受け取り、こしのポーチにしまい込んだ。


「いや、ただ、普通ふつうに投げるだけよ」


「……いや、ミュートは普通ふつうじゃないからなあ」


「なによそれ!」


 それから僕たちは、野宿のじゅくをしながら、けわしくれた道をひたすら歩き続け、ようやく砂漠の入口いりぐち到着とうたつした。そこには小さな建物たてものがいくつかあり、人も何人か駐在ちゅうざいしているらしい。ここで水や食料しょくりょう調達ちょうたつして、砂漠さばくえるようだ。だけど、砂漠さばく途中とちゅうの町で、また補給ほきゅうをしなくちゃいけない。過酷かこくな道のりになりそうだけど仕方しかたない。硝子がらすの町は砂漠さばくの向こうなんだから。といっても、砂漠さばくえたあとの道のりも、さらに長いらしいけど。


 ここではラクダをしてくれるらしい。ラクダに乗って、荷物にもつはこんでもらえるなららくちんだ、なんてをよくしていると、ラクダをりるさいに、かかりの人にこんなことを言われた。


盗賊とうぞくが出るから気を付けな」


「えっ盗賊とうぞくですか? こわいなあ……。もし出会ったら、どうすれば?」


「……。多分たぶん荷物にもつしても、殺されるだろうな」


「……そんな、気を付けようがないじゃないですか」


「……たしかに」


「そんな……!」


「まあ、なんだ、素人しろうと砂漠さばくえるのだって命懸いのちがけさ。辿たどけるかも分かんねえよ」


「……そんなに過酷かこくなんですか?」


天候てんこうっちゃあ、俺たちだって死ぬこともあるからな。まあ2人はわかいから何とかなるんじゃねえか。まあ、すべては運次第うんしだいだよ」


うんですか……」


日頃ひごろおこないには、気を付けましょうってことだ」


「はあ……」


 そして、ラクダをりたまではよかったけど……。

 ラクダは僕をこわがって、僕を乗せてくれなかった。どんなにがんばって乗ろうとしても振り落とされてしまう。多分たぶんよろい中身なかみがないのを感じて、こわがっているんだろう。仕方しかたがないので僕はラクダを引いて歩くことにした。荷物にもつを持ってくれるだけでもありがたい。でも、そんなわけで、今度こんどは僕が足をばんだった。


「ごめんね、ミュート……。あぶなくなったらさきっていいから」


「そんなことしないわよ。でも、日頃ひごろおこないのせんはあるかもねー?」


 やっぱりミュートはがけでのことをに持っていたみたいで、ラクダのうえで僕を見下みおろしながら、ほこっていた……。

 順当じゅんとうにいけば、町までは5日ほどで到着とうちゃくするらしい。テントで野宿のじゅくしながらの長旅ながたびだ。僕たちはけっして真っ白な砂漠さばくに足をれた。

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