11

 最後の階段かいだんけ上がり、僕たちは地上ちじょうもどってきた。建物たてものとびらけると、目のつぶれてしまいそうなするどい光が僕たちをつつんだ。目がジンジンといたんでけていられない。


「うわー! まぶしー! あははっはははっはは!」


 の光をびて、ミュートはなぜか狂ったように笑い始めた。


「ミュート……?」


「こんなににくる太陽たいようはじめてよ! あははははっはははっは!」


 光に目がれてあたりが見えるようになると、まわりにはたくさん人がいて、僕たちのことを目をまるくして見ていた……。

 僕たちはメローさんに挨拶あいさつをしてかえろうと、町の人にメローさんの所在しょざいたずねた。メローさんは仕事しごとに出ているらしい。さっきはあんなにまぶしく感じたけど、今はまだ早朝そうちょうらしく太陽たいよう弱々よわよわしかった。やっぱり農家のうかの朝は早いらしい。

 メローさんは作業着さぎょうぎて、ブドウばたけにいた。


「あら、きみたち無事ぶじだったんだ。よく生きてかえったね。やっぱりへびまれた?」


「え? やっぱり?」


 僕は思わず声を上げた。


「いや、まあさ。絶対ぜったいそうだよなーくらいには確信かくしんがあったから」


 メローさんはわるびれもせずに言った。


「……そんな、だったら、そう言ってくださいよ……」


「だから、精一杯せいいっぱいこわがらせてあげたでしょ?」


「ええ、まぁ……」


下手へたなこと言って、この町をい出されてもかなわないしねー」


「でも、平気へいかなんですか? 殺人鬼さつじんきもとで、……いや、上で? らすなんて」


 と問い掛けるミュートの顔は真剣しんけんだった。


「まあ、気分きぶんはよくないけど、まえにも言ったでしょ? 私たちにそこまで実害じつがいはないんだ。それに、私たちはまだ人数にんずうもいないし、声を上げられないよ。……ほら、こういうのって、人数にんずうがそのまま声の大きさになるからさ。もっとうえの町に人がえれば、声も上げられるかもね。やっぱりなか多数決たすうけつがすべてだから」


 メローさんは屈託くったくのない笑顔を浮かべ、平然へいぜんとそう言った。その時、冷たい朝の風が吹いて、僕たちをあおった。朝に居座いすわる、冷たい夜の風だ。太陽たいようからのがれようとあちこちを彷徨さまよっているんだ。


「おー。いい風だこと」


 ブドウの森のかげしたで笑うメローさんの顔は、何処どこかひんやりとしているように感じた。

 メローさんとわかれ、僕たちは町をあとにし、もと来た森のなかの道を歩いていた。


「……この絵、どうしよっか」


 僕は手に持つミュートの絵に目をった。絵のなかのミュートは椅子いすすわりながら、おなかに手をてて、微笑ほほえんでいた。


「で、なんだっけ……王様のあたまのなかじゃ……」


「お、思い出させないで……」


 ミュートはそう言って、片手かたてで自分の身体をいた。ミュートは普段ふだん格好かっこう着替きがえていて、赤いドレスをむすんでくびに掛け、右手をっていた。ミュートの手首てくび見事みごと紫色むらさきいろになり、痛々いたいたしくれ上がっていた。当分とうぶんは動かせないかもしれない。ホントにれていないといいんだけど……。


「ごめん。でも、ホントにどうする? こんな大きい絵、いつまでも持って歩けないよ」


「……うーん。いい絵だと思うけど、誰かにあげるのはなぁ……。これをジロジロ見られるなんて……」


「おなかに赤ちゃんがいるなんて、やだよねえ」


「だから、思い出させないで……」


「ごめん……」


「まあ、あいつの妄想もうそうなんだけどさ。……しあわせそうに笑ってるよ、うれしいんだろうね。てちゃうのは、もったいない気がするよ、こんなにしあわせそうなのにさ。……それにみょうにリアルで、粗末そまうあつかうとたたられそうだし……」


「た、たしかに……」


「レイビーさんにも悪いしね」


「まあねえ。あれ、でも……」


「なによ?」


「レイビーさんってたしか、……一度いちど見たものはわすれないんだよね? 王様がお願いしたら、結局けっきょくまたかれちゃうんじゃあ……?」


「……いやまあ、そうなんだけどさ。……でもせめて、今あるものはどうにかしないと、なんか気持ち悪いじゃない?」


「そんなもんかな」


「もんなのよ」


 と言ってミュートは、ひとりでうんうんとくびを振り続けた。


「そうだ」


 ミュートはなにか思い付いたのか、背筋せすじばしてあたまを上げた。でもその拍子ひょうしうでひびいたのかまるめた。


たた……!」


「だ、大丈夫?」


「うん、平気へいき……。付いてきて」


 ミュートは何を思ったのか、森のなかっていく。


「ちょっとミュート、どこ行くの? ……あんまりおくくと、くまとかいるかもしれないよ?」


「いいから、いいから」


 しばらくすすむと、少しだけひらけたところに出た。


「お、ここなんか、いいんじゃない?」


「……いいって、なにが?」


「ねえサンデー。あそこの大きな木に、この絵をくくり付けてよ。リュックにロープかなんか入ってるはずだから」


「いいけど、なんでまた?」


「いや、ほら、子供につみはないしさ。この子は、森の精霊せいれいとの子供ってことにしようと思って。……レイビーさんには少し悪いけどね」


「はは、なるほどね」


「それに、小鳥ことりくまなんかにこの絵を見てもらえるなら、なんだか素敵すてきじゃない」


 僕はミュートのリュックからロープをさがし出し、それを使って、木のなるべく高い位置いちに絵をくくり付けた。


「おおー! いいじゃん! 悪くない! これならいい! 森のお姫様ひめさまって感じね!」


 ミュートはそう言って、しばらくのあいだ満足まんぞくそうにガハハと、女大王おんなだいおうみたいに豪快ごうかいに笑い続けていた。

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