10

「サンデー!」


 やっと見付みつけたよ、ミュート!


「おたせ。怪我けがはない?」


「ピンピンしてる! 身体も、心も!」


「そ、そう、よかった。元気すぎない?」


「……貴様きさまどうやって……! 護衛ごえいはどうした? それに、何故なぜだ? 何故なぜ起きていられる?」


 王様は、おどろきと動揺どうようで顔をゆがめていた。


「みんな、ナイフのあつかいは上手うまいけど、少しだけ運動不足うんどうぶそくだね。……おちゃはええと、そうだな……僕は特異体質とくいたいしつなんだよ。睡眠薬すいみんやくづらいんだ。今は、少しねむいくらいさ」


「そんな、馬鹿ばかな……!」


「ミュートから離れて。れたら容赦ようしゃしない」


「……いいか、僕を殺してみろ。この町はり立たなくなるぞ。僕がいなければ、補修ほしゅうもままならない。この町はほろぶぞ……そうなれば……」


「そんなことしないよ。僕はミュートをたすけに来ただけだ。いいから、手に持ってるそれをてて、うしろにがって」


 王様は、持っていた器具きぐをゆっくりとゆかに置き、僕をじっと見たまま後退あとずさった。僕はミュートにり、しばってあるひもきに掛かった。本当にきつくしばられてあって、ミュートの手は紫色むらさきいろになっていた。


「ごめんね。遅くなって」


「待ってたよ」


「……やけに素直すなおだね」


幻滅げんめつしたわ」


「はいい?」


「いいから早くいて、十字じゅうじかたまっちゃいそうよ!」


あばれないでよ、ほどづらいよ……!」


 ひもがすべてはずれると、ミュートは大きくびをした。


姿勢しせいがよくなったわ」


「はい、リュック持ってきたよ」


「お、ありがとう」


「でも、どうしようね……。この人を告発こくはつしたら……この町を維持いじできなくなるんだよね」


「……くやしいけど、なにもできないわね。正直しょうじき、目をえぐって、したっこいてやりたいけど」


 ミュートは王族をにらんだ。


「……たしかに、あんたのぶんにも、一理いちりはあるかもしれない。でも、うえに立つのが、そんな卑屈ひくつじゃダメよ。みんなの希望きぼう濾過ろかして、うらみだけをめ込んだって、誰もすくわれない。あんた王様なら、みんなの希望きぼうみ取らなきゃ」


 王様は、ミュートの言葉を聞きながら目に力を込めていた。僕には正直しょうじき、王様にミュートの言葉がとどいているか、分からなかった。


「そうだ、王様。魔女のことで知ってることを教えてよ。本当は僕たち、そのために来たんだ」


なにが聞きたい」


「そうだな……」


「あんた、さっき、宝石ほうせきわたしたり、ここの建築けんちくを手伝ってもらってるって言ったよね? どれくらいの頻度ひんどで来るの?」


「半年か、もっと長いこともある」


まえに来たのは?」


「つい、先日せんじつだ」


っても無駄むだか……あんたから接触せっしょくするときはどうしてるの?」


「いや、魔女がふらりとここをおとずれるだけだ。び掛ける方法ほうほうはない」


「じゃあ王様。居場所いばしょとか人相にんそう、教えてよ」


うつくしいむすめだ。白髪はくはつで、あおひとみをしている。背丈せたけはミュートくんより、あたま一つたかいだろう。……居場所いばしょは知らない。ただ……」


「ただ?」


硝子がらすの町を根城ねじろにしていると聞いたことがある。……あくまでうわさだが」


「ありがとう。僕たちは行くよ。……そろそろ、護衛ごえいの人たちが目をますかも。……ミュート?」


 ミュートは何故なぜか王様につかつかと近寄ちかよっていった。


「あんたは一発いっぱつ、じかになぐらなきゃ気がまない」


 ミュートは左手で王様の胸倉むなぐらつかみ、右手を大きく振り被ると、王様の顔をなぐり付けた。でもなんだか、振り被ったわりに軽い音しかしなかった。


「いい? 殺人鬼さつじんきのあんたをなぐったんじゃない! ハスコムとレムコムの親代おやがわりのあんたをなぐったんだ!」


「だ、だから、手加減てかげんしたのか?」


「してない!」


 王様から手を放し、ミュートはきびすを返した。


「行こう、サンデー」


 何故なぜか分からないけど、ミュートの顔はが引いていた。


「んん? 大丈夫? 顔色かおいろが……」


「いいから、行くよ!」


 部屋から出ると、丁度ちょうどそこに護衛ごえいがやって来た。気絶きぜつから目覚めざめたみたいだ。3人相手は少しきついけど、ミュートがいるから楽勝らくしょうだ。


「サンデーまかせた」


「え?」


「……ごめん。……右手が上がらない。……れては、多分たぶん、いないと思うけど。あたし、左はぶきっちょなのよ。右でしか投げられない……」


 そう言ってミュートは、左手で右腕みぎうで手首てくびつかみ、持ち上げた。まったく力が入らないのか、右手はだらんとれていた。


「……れないことするからだよ」


「……うん」


 ミュートをがらせて、僕はけんかまえる。

 護衛ごえいの1人がナイフをかまえて突進とっしんしてくる。僕は間合まあいを見計みはからいけんるう。でもそれは空振からぶりにわり、ふところに入られてしまう。ナイフので手をたたかれ、僕はけんおとしてしまった。

 僕はすぐにこぶしかまえ、護衛ごえい顔面がんめんにパンチを入れた。護衛ごえいはばったりとたおれ、そのまま動かない。意識いしきうしなったようだ。それを見て、のこりの2人が同時どうじけてくる。僕はけんひろい上げ、それを2人の足元あしもとに向かって投げた。1人がつまずゆかころぶ。のこりの1人はそれにかまわず、僕に向かってきた。間合まあいをはかり、フックを顔にち込むと、その護衛ごえいも気をうしなった。


 最後の1人はじりじりと間合まあいをめながら、やみくもにナイフを振り回してきた。僕はそれを籠手こてで受けながら、護衛ごえいはらにパンチをち込む。護衛ごえいはらかかえてそのくずれ落ちた。

 3人を片付かたづけたあと、僕たちは地上ちじょう目指めざして、廊下ろうかけた。その途中とちゅうでミュートが声を掛けてきた。


「サンデー! できればでいいんだけど!」


「なに?」


「あたしの絵を回収かいしゅうしたいの」


「ええ、なんで?」


「な、なんかいやなのー! 理由りゆうはあとで、話すけど……」


「うーん。しょうがないなあ……」


 僕たちは、レイビーさんの部屋に向かった。突然とつぜん訪問ほうもんにレイビーさんはおどろき、不機嫌ふきげんそうな顔で僕たちを見た。


「……なんだよ、いきなり、おどろくだろ」


「す、すいません。その、絵のことなんですが……」


 とミュートは、ものすごくもうわけなさそうに切り出した。


「ああ、もう、できてるよ、きょうってね。ほら、そこに立て掛けてあるよ」


 振り向くと、はいってきた入口いりぐちの近くに、ミュートの絵が立て掛けてあった。


「すごい、そっくりだね」


「……構図こうず複雑ふくざつだけど……。でも、うん、素敵すてきだわ。それで、レイビーさん。お願いがあるの。この絵をゆずってくれない? お願い!」


「……え。……ゆずる?」


「……ダメかしら?」


「……。い、いや。そんなに気に入ったんだ? そっか、はは、いいよ、あげるよ」


本当ほんとうですか?」


「いいよ、ははは、こんなこと言われたのはじめてだ。はは、うれしいよ、すごくうれしい」


 レイビーさんは顔をあからめて、うれしそうにはにかんでいた。


「じゃあ、さっそく」


「ああ、でも、まだかわいていないかも」


「……あの、あたしたち、すぐにここを立たないといけなくて」


「……そうか、じゃあ、そっとはこぶんだよ?」


「……はい……善処ぜんしょします」


「よかったら、また来なよ」


「おそらく、もう来れないかも知れません……」


「それは残念ざんねんだ」


「絵をありがとう」


「お世話せわになりました」


達者たっしゃでね」


 レイビーさんは手を振って、僕たちを見送ってくれた。

 さいわい、もう護衛ごえいって来なかった。もしかして王様がめてくれたんだろうか。でも、そんなことはたしかめようがないから、僕たちは全力ぜんりょく廊下ろうかを走った。

 その途中とちゅうで会いたかった人たちに会えた。ハスコムがレムコムをおんぶして歩いているのと、すれ違った。レムコムはまだねむっているようだ。


 レムコムは、僕の部屋でおちゃを飲んで話すうちに、気絶きぜつするみたいに突然とつぜんねむってしまった。それでミュートの危機ききに気が付けた。ミュートをたすけられたのもレムコムのおかげだ。ハスコムに僕の部屋で介抱かいほうをお願いしていたけど、ホントの寝床ねどこうつすんだろう。


「あれー? どこ行くのー?」


「ごめんね! きゅう用事ようじができたんだ。かえらなきゃ!」


「また来てねー」


「ごめんねー! もう来れないかもしれないんだー!」


「いろいろありがとねー! レムコムにもよろしく言っといてー!」


「おしあわせにー!」


 ハスコムのよく分からないわかれの言葉に反応はんのうして、レムコムはあたまらしていた。

 来た時はあんなに長く感じた道のりだったけど、ゴールの場所が分かっているせいか、帰りはあっというだった。さいわい、門番もんばんにまで僕たちの話は来ていなかったらしく、あっさりと通してくれた。

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