「どうして、こんなこと」


「だから言っているだろ……」


ちがう」


なに?」


「あなたにはひとの心があるはず、……だってレムコムとハスコムに優しくしてたもの」


「僕たちと、きみたちはべつものなんだ」


なに言って、……そんなわけ……」


「うん、僕もおかしいと思うんだけどね、きみたちがそう言うんだ」


「えっ?」


「お前たちは人じゃない。人間以下の存在そんざいだ。家畜かちく以下の存在そんざいだってね。こんな見た目で人間を名乗なのるなと、そう言うんだ」


 セラメントは、ミュートを射抜いぬくようににらむ。ミュートにべつの誰かをかさねているようだった。


「このひとみいろが気にわないんだ。このはだいろが、髪色かみいろが。そとに出ないのをめるんだ。なん迷惑めいわくも掛けてはいないのに。かるか? むら全員ぜんいんからだ。まち全員ぜんいんからだ。ただ、まわりとうから、ただ、少数しょうすうだからと、それだけの理由で。

 人はね集団しゅうだんになればなるほど、残酷ざんこく醜悪しゅうあくになっていくんだよ。集団しゅうだん少数しょうすう迫害はくがいし、それはどんどんエスカレートしていく。そのうちに、集団しゅうだんなか一番いちばん残酷ざんこくやつがリーダーにまつげられる。人はおだてられれば、どこまでもたかのぼっていく。それだけじゃない、さらに人を見下みくだして、おのれたかめようとするんだ。そして、傲慢ごうまんな王様の出来上できあがりだ。簡単なんだ。そういうシステムなんだ。

 反対はんたいにね、さげすまれれば心はどこまでもしずんでいく。それにだって際限さいげんはない。かるか? 死ななければ、心はどこまででもこわれていくんだ。心は蟻塚ありづかのようにスカスカになっていく。人はね、心であれば、どんなに傷付きずつけてもかまわないと思っている。時間がてば、なおると、そう思ってる。だけど、違う、心はもうなおらない。なおったように見えてもそれは、空洞くうどうふたをしただけにぎない。一度いちどこわれた心は、まるで、人のいない町だ、人の消えた町だ、人の死にえた町だ。

 ゆるせないんだよ。ダメなんだ。これはしょうがないんだ。いまの僕のこれもしょうがないことなんだ。これもシステムの一部いちぶなんだ。そういうシステムなんだ。かるだろ? ここまで言えば、かってくれるだろう?」


 まるで、子供に道理どうりを聞かせるような優しい口調くちょうで、セラメントはめくくった。


「でも、あなたは王族おうぞくでしょ? 直接ちょくせつ被害ひがいを受けたわけじゃ……」


 ミュートの言葉を受け、セラメントは表情ひょうじょうした。


「それは僕に対する侮辱ぶじょくだよ。ゆるせないんだ。我慢がまんならないんだ。その傲慢ごうまんさがね。話を聞くだけで充分じゅうぶんすぎるほどだよ。おさない頃からずっと聞かされているんだ。君たちがどういうやつらかをね。いまだってそれは続いてる。なにをされて、なにを言われたか。僕はこの町全員ぜんいんの話を聞いてる。なにをされて、なにを言われたか。あんなに泣いて、あんなに傷付きずついて、最初さいしょ、僕は不思議ふしぎに思う。どうしてこんなに泣くことがある? なにをされたらこんなことになる? ってね。……でもね、話を聞くとかなら納得なっとくするんだ。たりまえだって納得なっとくするんだ。こんなこと言われたらって、こんなことされたらって。かるか? しんじられないくらいおかしくなっている子供たちがいて、話を聞くとそれをしんじてしまえるんだ! なにをされて、なにを言われたか。された方はおぼえている。なにをされて、なにを言われたか。義憤ぎふんられるんだ。僕がなにもされていなくてもね。だからそんなことは言わないでくれ。たのむから」


 セラメントはなみだかべんばかりの切実せつじつさで、ミュートにそう懇願こんがんした。


「その気持ちを、いじめをなくすことにけられないの」


無理むりさ、いじめはしてなくならない。趣味しゅみがなくならないように」


趣味しゅみ?」


いじめというのはね、趣味しゅみなんだ。とくにする必要ひつようのないもの。退屈たいくつだから、いたぶるんだ。手頃てごろだから、暴言ぼうげんくのさ。に付いたから、なぐるのさ。いいか? 私たちは趣味しゅみいやられてここにいるんだ。同じことをするだけだよ。簡単かんたんな話だろ。を引いて、手頃てごろで。迫害者はくがいしゃ食人鬼しょくじんきとなんら変わらない。ただ、このみが違うだけだ。

 ここのみんなはね、そとの世界に絶望ぜつぼうしているんだ、いじかれて、ここにながいた。もの怪物かいぶつおにひとでなし、そう言われてね。そういう言葉を受けた人間にんげんは、やがて本当ほんとうものになるんだ。僕たちのことをものと言ったのはきみたちさ。僕を怪物かいぶつにしたのはきみたちなんだ。言葉はのろいだ、言葉は命令めいれいだ、言葉は暗示あんじだ、言葉は魔法まほうだ」


「でもあの2人は! あなたに希望きぼうをもらったって言ってた! そのあなたがこんなことしてていいの!?」


 セラメントは表情ひょうじょうすこさみしげにゆがめただけで、何も言葉をかえさなかった。


「あの子たちをいじめた人たちがいるのは事実じじつかもしれない。でもあたしたちと仲良なかよくできたのだって事実じじつでしょ? 全員ぜんいんが同じ考えなわけじゃない。かりえる人たちだっている」


 セラメントはよろよろと数歩すうほ後退あとずさった。


「……どこかでかならず、線引せんびきはしなくちゃいけない。……そのたびに考えていては、心がどうにかなってしまう。……だから僕はここにせんいた」


 セラメントはそう言って、人差ひとさゆびを立て、横薙よこなぎにうでを振り、ミュートとのあいだ地面じめんせんしめした。


「それにさきせんを引いたのはきみたちの方だ。尊敬そんけい嫌悪感けんおかんってやつはね、そう簡単かんたんり合いを付けられないんだ。強引ごういんにでもり切らなきゃ前に進めないよ」


 セラメントは言いえると、表情ひょうじょうゆるめて、笑った。


「僕はね、相手を尊敬そんけいするためにべているんだよ。僕はこうしなきゃ、僕たち以外の人々ひとびと尊敬そんけいできないんだ」


「そのわりに美人びじんばかりじゃない」


「それはそうさ、このみのタイプの方とはお近付ちかづきになりたいだろう? きみだって色々いろいろこのみがあるだろ? うつくしい少年しょうねんとか、誰かを屈服くっぷくさせるのがきとか、苦痛くつうあたえられるのがきとか、色々いろいろとね」


「いい趣味しゅみだこと」


「そうさ。趣味しゅみがいいってのは一番いちばん大事だいじさ。趣味しゅみこそが、僕たちを人間にんげんたらしめるものだよ」


まえに聞いたわ」


「いや、きみはまだ、趣味しゅみなんたるかを理解りかいしていないよ。その裾野すそのひろい。人にもとからそなわる欲望よくぼうだって趣味しゅみになるくらいだからね。ああでも、ねむりだけはどうにもならないよ。ゆめ自在じざいにできないしね。誰かのねむるのをながめるくらいだね。そうだ、きみ寝顔ねがおも見させてもらったよ。いい顔をしてねむるじゃないか? きみねむっている方が素敵すてきだ。おや、そんなに屈辱くつじょくかい?」


「はっ! 寝顔ねがおがなに? そんなのいくらでも見せてあげるわよ、はい」


 ミュートは目をつむり、顔をかたむけながらまえき出した。


いきがるじゃないか、ほおられたいのか?」


がなによ? あたしはいまから殺されるんでしょ!? 気付きつけには丁度ちょうどいいわよ!!」


「ふふふ。本当ほんとうきがいい。それをながめ、いのち躍動やくどうを感じることも、しょく意義いぎぶかさのうちだ」


「ホント、あんた、変態へんたいなんじゃないの?」


「それはめ言葉だよ。僕にとってはね。そうだね、性欲せいよくなんて趣味しゅみからむ、さいたる欲求よっきゅうだよ」


「さぞ、おさかんなんでしょうね? いいおんなたくさんはべらして! けっ! すかしやがってよ!」


「……きみ本当ほんとう言葉使ことばづかいが悪いな。だが、そんな子の相手も悪くない」


「……な、なにする気よ……。なに、やっぱり、さらった人たちにも……?」


「もちろんさ! きみともしただろう?」


「はぁ? ……なに言ってるの? あたしはまだ、生粋きっすいの……!」


「もうすぐ出来上できあがるよ、きみとの愛の結晶けっしょうが」


「だ、だから、な、なにを言ってんの……?」


 セラメントは目をとろけさせ、恍惚こうこつとした表情ひょうじょうを浮かべた。


「ほらぁ、絵をくと言ったろ? えがかれる絵のなかきみは、身籠みごもっているんだ。僕との子をね。そして、その、おなかなかの子供は、同時どうじに僕でもあるんだ。きみのおなかなかに、僕がいるんだよ。僕が着床ちゃくしょうしている。

 見ただろう? 城にかざられた、たくさんの絵を。何人なんにんもの僕がいるんだよ。そして、僕たちは、それはそれはうつくしくまれるだろうね。こんなみにくい僕より、ずっとうつくしくね。だって、こんなにうつくしい母親ははおやからまれてくるんだもの、そうにまってる。そうだろ?」


 セラメントは、ミュートの顔と腹部ふくぶ交互こうごに見やりながら、くぐもった笑い声を立てた。ミュートは、目蓋まぶた痙攣けいれんさせた。嫌悪感けんおかんに身体をもっとふるわせなきゃ、いてしまいそうなのに、しばられてそれもできない。多分たぶん、目の痙攣けいれんめてしまえば、途端とたんいてしまうだろう。


 ミュートは思った。さかなだと。いまの自分は、さかななんだ、と。まないたくい固定こていされた、さかなだ。動かせるのは、もう目玉めだまだけだ。ち付けられたくい致命傷ちめいしょうで、もう手遅ておくれで、死ぬよりほかにない。だったら、もしそうなら、美味おいしくべられてしまった方が、しあわせなんじゃないかなんて考えた。中途半端ちゅうとはんぱな命なんて、持っていたって、意味いみがないんだ。後悔こうかいなんて、わすれてしまってもいいんだ。おとなしく、さばかれちゃえばいいんだ。くるしいのも、罪悪感ざいあくかんを、もどかしさも、うらみも、ねがいも、全部ぜんぶき出して、わすれてしまえばいいんだ。


「いいかおだ」


 セラメントは、かぐわしいワインをあじわうように顔をゆるやかにらしながら、うしあるきでミュートと距離きょりを取った。そしてすぐに立ち止まり、両手りょうてを上げて、絵描えかきがするように人差ひとさゆび親指おやゆびで、長方形ちょうほうけいを作り、そのなかにミュートの顔をおさめ、言った。


「……いいかおだ。四角しかく四角しかくで……って……あげたい……」 


 その言葉を受けても、ミュートは反応はんのうしめさなかった。ひとみからひかりえ、達観たっかんしたような顔を浮かべている。


「いいかい、お金持かねもちってのはね、使うべきときにしかおかねを使わないんだよ。そうやって、おなねやしていくのさ。でも、ただ節約せつやくしていても、だめなんだ。効率こうりつだよ。二度にどあじわうのさ。二度にどあじわえるならそうしないほうはないだろう? 人生じんせい素晴すばらしさに目をけることが、お金持かねもちになるための一番いちばん近道ちかみちなんだ。そしてね? 上手じょうず保存ほぞんするのさ。ブドウと同じだよ。ごろになったらべて、くさまえにワインにして保存ほぞんする。かるかな? 私はうつくしさをり取る者なんだよ。うつくしさをあじわう者なんだ」


 ミュートは、だまってセラメントの話にっていた。もう、なにも考えられなかった。瞳孔どうこうも、心も、ひらき切っていた。ミュートはもう、セラメントの言葉を、ひらき切った瞳孔どうこうからいれれていた。セラメントの言葉が、目から直接ちょくせつはいって、ミュートの心をむしばんでいく。


「いいか、もうきみは、太陽たいようおがむことはできないぞ。ここにはいる時に見たひかりが、最後さいごひかりだ。おぼえているか? ならわすれるんだ。きみはこれから、ずっと、ここで、僕とらすんだから。必要ひつようない。わすれてしまえ」


 セラメントのその言葉に、よどんでいたミュートのひとみに、ひかり宿やどった。


「ええ、わすれるわ。必要ひつようないもの」


「……やけに素直すなおだな」


むかし見た太陽たいようなんかどうでもいいわ」


なに?」


明日あした太陽たいようが見られれば充分じゅうぶんよ。……サンデーがかならたすけに来てくれるもの!」


 ミュートの顔はそれこそ、太陽たいようのようにかがやいた。


無理むりだね。この城にはナイフ使つかいの護衛ごえいがたくさんいるんだ。そして、ここは表向おもてむきは宝物庫ほうもつこということになっている。ここまで来れるはずがない。裏道うらみちだって僕しか知らないしね。無理むりさ。彼がどんなに手練てだれだろうと、あんな長物ながものけん、ここじゃあまわせない。それに、いくらよろいを着ていようとあいだからし込めば一溜ひとたまりりもない。不可能ふかのうだ」


 ミュートは不敵ふてきみを浮かべていた。もう太陽たいようのぼらないと妄言もうげんく者を、小馬鹿こばかにするように。


「まあいい、はじめようじゃないか。せめていたみのやわらぐように、おさけを飲ませてあげるよ」


らないわ。おさけはね、本当ほんとう大切たいせつな人としか、飲まないってめてるの。それにどんな暴言ぼうげんだって、あなたにはくすりになりそうにないし」


「ふふふ、言うじゃない。いたい方がおこのみかい? いいよ、ならそうしてあげるよ」


 セラメントは、かべに掛けられていた拷問器具ごうもんきぐのようなものを手に取った。


「それじゃあ、はじめよう。では、いただきます」


「やめろコラァア! ギイイイイ! 近寄ちかよんなああ! 殺すぞボケえ!」


「やっぱりきみは、絵にしないと駄目だめだね。しゃべると途端とたんみにくくなる」


 その時、木材もくざいくだるような音が鳴り、セラメントの足元あしもとなにかがんできた。

 それは、二つにれたとびらだった。


かってないなあ、ミュートの魅力みりょくは絵じゃつたわらないよ」

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