晩餐ばんさんあと、王様に「はらごなしに散歩さんぽでもしないか」とさそいを受けたので、僕たちはそれにおうじることにした。用意ができたらむかえに行くと言われて、僕たちは今、宿泊用しゅくはくように用意してもらった部屋で待機中たいきちゅうだった。僕はミュートの部屋にお邪魔じゃましていた。ハスコムとレムコムは、僕たちを案内あんないしたあと、いつのにかどこかに行ってしまった。なんだかミュートがピリピリしてるから、てほしかったんだけど……。


「長い晩餐ばんさんだったわ」


 ポツリとミュートがつぶやいた。


「……あ、あ、あれだけあじわって食べてくれたら、作る人も嬉しいだろうね」


 僕の言葉に、ミュートはじっと目を細めた。すっとぼけたのが、見透みすかされそうで怖い……。


「……まあ、そうだね。でも主婦しゅふてきね。皿洗いも料理りょうりのうちだし」


 さいわい、ミュートは話に乗ってくれた。


「そういうもの?」


あじわわないよりはよいですが」


むずかしい……」


「それにしても、こまった」


めずらしいね。ミュートがこまるなんて」


「なに言ってんの。あたしは四六時中しろくじちゅうこまってますー」


困惑こんわく達人たつじんだ」


「やだよ、そんな達人たつじん……。王様だよ、王様。あたし、恋人がいますって、ハッキリことわったのに……」


「うーん。複雑ふくざつだねー」


他人事たにんごとだと思って……まあ他人たにんなんだけどさ」


「そうだね。でも、恋だって最初は、他人同士たにんどうしがするものだし……もう少し優しくせっしてあげたら? 話せば分かってくれるよ。なんだっけ? うやまいの心が大切って言ってたし」


「あんたは男心おとこごころを分かってない」


「男なのに?」


「それから女心おんなごころも。もう、知らない!」


 ミュートは突然とつぜん声をあらげると、ベットにうつせに倒れ込んでしまう。


「な、なんだよ、もう……」


 その時、ひかえめなノックの音が聞こえた。ドアを開けると、そとには王様とハスコム、レムコムがいた。何故なぜだか知らないけど、ハスコムのかみの毛が滅茶苦茶めちゃくちゃにこんがらがっていた……。


「やあ。お待たせ。準備じゅんびはいいかい?」


「はい。大丈夫です。行くよミュート」


「はい」


 ミュートの声は、まるで寝起きのように不機嫌ふきげんそうだった……。

 王様の先導せんどうで、僕たちは夜の散歩さんぽに出発した。まあ、ここに来てから、ずっと夜という感じだけど。僕たちはまた、王様の部屋の近くまでりた。王様は廊下ろうか途中とちゅうにあるとびらけて、そこに入っていった。僕たちもそれに続く。とびらの先には道がびていた。暗くて先が見えない。

 レムコムとハスコムは2人で王様のうでを取り、王様にじゃれていた。


「ほら、僕のことはいいから、お客様きゃくさまの相手をしなさい」


「はーい」「あとでね、王様」


 そう言って2人は、王様の手を放すと僕たちのところにけ寄ってきた。


「きたよ」


 僕の相手はレムコムがしてくれるらしい。


「よろしくね」


「何よこれー?」


 となりでは、ミュートがハスコムのかみでていた。


「失敗しちゃった」


 レムコムは僕を見上げながらそうつぶやいた。どうやら、レムコムがハスコムのかみみにしようとしたらしい。


「まあ、最初だからね」


「じょうでき?」


「う、うん」


きみたちに魔石工場を案内あんないするよ」


 王様の突然とつぜんの言葉に、僕はおどろく。


「えっ? あ、ありがとうございます」


「少しだけ歩くけれどね」


「いえ。ありがたいですよ」


 ミュートは何も言わずに、ただハスコムと手をつないで歩いていた。設定せっていではミュートの興味きょうみなのに……。僕が顔を向けても、ミュートはプイっと顔をらすだけだった……。

 レムコムがうでからめてくる。


「魔石作るのなんて、見たいの?」


「ミュートがね。まあ、僕も興味きょうみあるけど」


「ふーん。へんなの」


「ふふふ。そういうときは、聞いてみるんだよ。どんなことに興味きょうみがあるのかを」


 王様は振り返らずに、レムコムに言った。


「どんなことー?」


「ん。ほら、ね。よく使うものだし、どんな仕組しくみだろうとかね」


「へー」


何故なぜ、魔女は魔石の作り方を広めたんだろうね」


 王様が言った。やっぱり前を向いたままだ。


「うーん。……やっぱり、世の中のためでしょうか?」


なんだか歯切はぎれが悪いね」


「いや、ただ、想像そうぞうが付かないだけで……」


「世の中を変えるなんてだいそれたことをしているのに、人前ひとまえに出ないずかしがりだ」


ず……まあそうなんですかね」


「どうにも矛盾むじゅんしているよね」


「そうですか?」


「人はずかしがっていては何もできないからね。そればかりか、世の中を変えるなんてことは、見栄みえりにしかできないものさ。行動がいまいちはっきりとしないよ。曖昧あいまいだ」


「それは、たしかに……」


「それとも何か、やましいことがあるかだね」


「やましいこと?」


「真っ白な善意ぜんいがないとは言わないけどね。世の中のほとんどの善意ぜんいうらには、やましさがかくれてる。善意ぜんい規模きぼが大きくなればなるほど、やましさがいくつもかくれているものだし、そのやましさも大きいものだ」


「つまり、魔女は……」


「まあだけど、これだけの恩恵おんけい我々われわれあたえてくれているんだ。多少のやましさには目をつむらなければね」


 なんだか、僕のことを言われているみたいでいやだった。王様にそんなつもりはないと分かっているけど。


たとえばですが……」


なんだい?」


「それが人の命とかだったらどうでしょう? ……そうですね、たとえばそれが、誰か1人の命だとしたら」


「ん? 飛躍ひやくしたね。でもそうだな……むずかしいね。当人とうにんにしてみれば、命は1つだからね。世界全体の利便性りべんせいか、1人の命か。そもそもくらべること自体じたいがナンセンスだ。だけど……」


「なんです?」


結局けっきょくは、集団の意見いけんが優先されるさ。人はね、むらがるととんでもなく野蛮やばんになるからね。個人の尊厳そんげんなんてにもかいさないだろう。集団の利益りえきが優先される。それに集団にぞくする人間は傲慢ごうまんになる。力をたように感じて、えらくなったと錯覚さっかくするのさ。そして厄介やっかいなことに錯覚さっかくだから、際限さいげんがない。人はどこまでも傲慢ごうまんになれる。だけどそんなのに流されちゃいけない。個人主義こじんしゅぎつらぬくんだ。自分の流儀りゅうぎとおすんだ。尊敬そんけいねんてちゃいけない。それをてたら、もう人間じゃないんだから。さて、着いたよ。ここがそうだ」


 王様の言葉に顔を上げると、目の前に大きなとびらがあった。いつのにか道はたりになっていた。王様はゆっくりととびらけた。とびらの向こうには、とんでもない大きさの空間くうかんが広がっていた。天井てんじょうは高く、取り付けられた証明しょうめいが遠くて、星のように頼りない。奥行おくゆきもかなりあり、視界しかい限界げんかいは影がき消していた。運動場うんどうじょうじゃない。地下にこんな空間くうかんつくるなんて常軌じょうきいっしている。

 その空間くうかんなかにいくつもの工場が立ちんでいた。どれも正方形せいほうけいの建物だった。


「すごい、数ですね」


「だろう? そのおかげで、こんな地下に閉じもってらせるわけさ。せまい地下ではね、何でもコンパクトにできる魔石はかせない。り進むごとに土を処理しょりせねばならないし。さて、工場をいくつかまわってみよう」


 そう言って、王様はすぐ近くの工場に入っていく。工場の中にはさらに、小さな正方形せいほうけいの箱が設置せっちされていた。小さいといっても15メートルぐらいはあるだろうか。その箱からコードがび、様々さまざま装置そうちつながっていた。

 箱に近付いてみると、箱には文字のようなものがびっしりと書き込んであった。魔法の術式じゅつしきだろう。異様いような光景だ。のろいの箱って感じがする。


時間停止じかんていしに、結晶化けっしょうか、本当に魔法そのものだ。魔女はそれを、そのひとつでやってのけるというのだから、その力ははかり知れない」


「ほら、前向きなさい」


 ミュートはハスコムのかみみにするのに夢中むちゅうで、まったく話を聞いている様子ようすがなかった……。


「……いやーでも、これだけの工場をすごいですね。それもこんな地下に」


「ふふふ。ロシの血には、どうやら建築けんちくさいふくまれているようでね、代々だいだい建築けんちく天才てんさいが生まれるんだ。だからロシの人間がいなければ、ここはり立たないんだよ。一族いちぞくは今、僕だけでね、早く跡継あとつぎをのこさなきゃならないんだよ」


「ほら、動かないで」


「まだー?」


「……。でも、こんな空間くうかんどうやって……?」


「言ったろう? 才能さいのうだよ。そうだ。実際じっさいに動くところを見てみるかい?」


「いいんですか?」


かまわないよ」


 王様は箱の正面のとびらけた。するとそこには大量たいりょうの土が入れられていた。


「仕事がやりかけだね。よくないなあ、こういうのは。でもまあ丁度ちょうどいい。この土を宝石に変えよう」


 王様は箱のとびらめると、近くの装置そうちをいじり始めた。すると甲高かんだかい音がり始め、箱にえがかれた文字が光り始めた。それぞれ、青白あおじろく光るもの、赤黒あかぐろく光るものがあった。閃光せんこう高音こうおん一気いっきに高まり、一瞬いっしゅんで消えた。意外いがい呆気あっけないものだった。

 王様が箱のとびらけると、土は跡形あとかたもなく消え、わりに茶色ちゃいろの宝石が1つころがっていた。


「土の魔石の出来上できあがりだ」


「王様ー。私もやりたいー」


 レムコムは王様にき付きながら言った。


「ダメだよ、レムコム。これはあぶないものなんだ」


 そう言って王様はレムコムの頭をでた。


「もし、間違まちがって人に魔法を掛けたら、その人は、宝石になってしまうんだよ」

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