長方形ちょうほうけいの向こうにすわる王様は、ほがらかに微笑ほほえんでいる。まだ青年というような顔立ちで、ミュートと同じくらいのとしじゃないかと思う。

 男にしては長い白金はっきんかみ。着ているふく白一色しろいっしょくで、羽織はおるマントも真っ白だった。首にはネックレスをげていて、そのさきにはひらサイズの王冠おうかんが、さかさまになってれていた。はだは、ハスコムやレムコムよりもなお白かった。そのひとみもここで会った誰よりも赤い。血の色だとはっきり分かる、深紅しんくひとみだ。


「あ、えっと。このたびは、突然とつぜん訪問ほうもんにもかかわらず……」


「あー、いいんだよ」


 王様は僕の言葉をさえぎり、なお微笑ほほえんで、手をひらひらと2回振った。


べつかたくならなくて。フランクにしてくれた方が僕も嬉しいよ」


「そうもうされましても……」


「僕は言葉遣ことばづかいとかにはこだわらない主義しゅぎなんだ。そんなの所詮しょせん些末事さまつごとだからね」


「だからって、いきなり処刑しょけいとかは勘弁かんべんですよ。王様?」


 ミュートの言葉に、僕はあせが出る思いだった。


「ふふふふ。そんなことはしないさ。きみ、おもしろい子だね。名前は?」


「あたしはミュート、ミュート・フレイザーです」


「そちらのきみは?」


「ぼ、僕はサンデーといいます」


「ミュートくんに、サンデーくん。よろしくね。僕は、セラメント・ロシ8せいだ。気軽きがるにセラメントってんでよ」


「いえ、そんな……!」


「ロシじゃあなんだか、可愛かわいげでいやなんだよね」


「はあ……」


「それで、芸術げいじゅつ興味きょうみがあるんだって?」


「……えぇ、はい、も、もちろんです」


「そういう人はよく来るんだよ。でも2人でというのはめずらしいね。カップルの絵描えかきさんかな?」


「……い、いえ違います。カップルでもありませんし、絵描えかきでもないんです。最近さいきん興味きょうみを持ったばかりでして……」


「あたしはどちらかというと、物作ものづくりの方に興味きょうみがありますね」


物作ものづくり?」


「はい。ここのブドウやワインは有名ですから」


「ああ。地上ちじょうの話か」


「それでここには魔石の工場があると、うえの方から聞いたんですけど」


「ああ、あるよ」


「もしよろしければ、見学けんがくさせていただけませんか」


 いくらなんでも、いきなり踏み込みすぎじゃ……。という僕の心配を余所よそに、王様の返答へんとうはあっさりとしたものだった。


「ああ、いいよ」


「ホントですか。ありがとう王様」


きみはよっぽど物作ものづくりが好きなんだね。芸術げいじゅつの方はどうなんだい?」


「よく分からないですけど、綺麗きれいなものは大好きです」


「へぇ、きみとはなんだか気が合いそうだよ」


光栄こうえいですわ」


「ああ、そうだ。レムコムとハスコムは、何か失礼をしなかったかい?」


「そんな、おかげ道中どうちゅう楽しかったですよ」


「ふふふ。そうか、それはよかったよ。そうだ、折角せっかくだから、2人もまじえて、一緒いっしょに食事でもどうだい? 晩餐ばんさんには遅いけどね」


「そんな、お気遣きづかいなく、あたしたちは……。えっ? 晩餐ばんさんには遅い?」


「ああ。もう真夜中まよなかだよ」


 信じられない……まだ夕方にもならないくらいだと思っていたのに……。


ひかりびないとね、いろんな感覚が狂っていくんだよ」


おどろきました」


「まぁでも、ここにいるあいだはあまり気にしない方がいい。自分の感覚に身をまかせるんだ。その方が楽だよ、身も心も」


「勉強になります。王様」


「さて、それでは、食欲しょくよくに身をまかせよう。また2人に案内させるよ。それでその、すまないんだが……」


「どうされました?」


「もしよければ、その、ミュートくんと2人で話をさせてもらえないだろうか……こんなに突然とつぜん不躾ぶしつけと思うが……」


 僕とミュートは顔を見合みあわせた。


「いや、無理むりにとは言わない。すまない、忘れてくれ」


かまいませんよ」


「本当かい? ありがとう」


「……いいの?」


 僕は小声こごえでミュートに問い掛けた。


「……多分たぶん、大丈夫よ。悪い人じゃなさそうだし。なんかあったら大声上げるから」


「……分かった。気を付けてね」


「……うん」


「セラメント王。では、僕はせきはずします」


「本当にすまない。すぐにむから」


 僕はせきを立ち、部屋を退出たいしゅつした。


「あれえ?」「おねえさんは?」


「なんか2人で話があるんだってさ」


「あっ、おにいさん、いてるのね」「つらいわ」


「違うよ……!」


「ねえ、おにいさん。待ってるあいだあそぼう?」「手遊てあそびしよ」


手遊てあそび?」


 2人は歌をうたいながら、ひらをペチペチと合わせたり、にぎりこぶしを合わせたりしてみせた。


「すごい、いきピッタリだ。さすが双子ふたごだね。僕にできるかな?」


「大丈夫よ」「血よりいものはたくさんあるわ」


「そ、そうだね……」


 2人は一生懸命いっしょうけんめい手遊てあそびを教えてくれたけど、僕はミュートのことで頭がいっぱいで、ほとんどおぼえられなかった。


「おにいさん、少しだけ」「ちょっぴりだけ、不器用ぶきようみたい」


「ご、ごめん……」


 すぐむというわりに、ミュートはなかなかもどって来ない。


「やっぱり、いているのね」「せつないわ」


「もう……そんなんじゃ」


 その時、とびらの向こうから足音が聞こえてきた。でも何故なぜか、その足音は、やけに不規則ふきそくだった。2人がとびらけると、ミュートはフラフラとした足取あしどりで、部屋から出てきた。うつむいて、こころここにらずという顔だ。


「ど、どうしたの」


 僕の問い掛けに、ミュートはゆっくりと顔を上げ、言った。


「プ、プロポーズされちゃった……」


 もし、僕にあごがあったら、はずれていたと思う。それくらい、僕は愕然がくぜんとした。


素敵すてきだわ」「でも」「おにいさんを思うと」「複雑ふくざつね」


 その、僕たちは2人の案内あんないで近くの食堂しょくどうとおされた。大きな部屋のなかには、細長ほそながいテーブルが置かれていて、すでに料理りょうり次々つぎつぎと運ばれていた。僕はいそいで配膳はいぜんの人に料理りょうりが食べられないことを話した。すると当然とうぜん理由りゆうたずねられた。何も考えずに声を掛けたから、なんて説明したものかと僕が口籠くちごもっていると、芸術げいじゅつ興味きょうみがあるという話がとおっているのか、「インスピレーションをたいのね」と僕が何を言うでもなく、あっさり納得なっとくしてくれた……。


 僕たちはテーブルのはしあたりにすわっていた。僕の左隣ひだりどなりにはハスコムが、テーブルの向こうにはミュートとレムコムがならんですわっている。右手みぎての王様のせきはまだ空席くうせきで、僕たちは王様の到着とうちゃくを待っていた。ミュートは待ちくたびれて、レムコムのかみをいじりまわしてあそんでいる。ハスコムはそれを、どこかうらやましそうにながめていた。


「ねえ、ハスコム」


「なーに、おにいさん?」


手遊てあそび、やる?」


「しょうがないなー」


 ハスコムは満面まんめんみでそう言った。

 レムコムはみにされて、僕たちは手遊てあそびを二順にじゅんくらいした頃、王様が到着とうちゃくした。


「やあ、お待たせしたね。ふふふふ。随分ずいぶんと楽しそうだ」


「ごめんなさい。王様、あのね……」


 ハスコムは悪戯いたずらが見付かったみたいな顔をしていた。


「いいんだよ。あやまらなくて」


 そう言って王様はカラカラと笑った。


「あまりこまかいことを気にしてると、うやまいの心がおろそかになるからね。それじゃあ、さかさまだ」


 王様は着席ちゃくせきすると、微笑ほほえんだ。


「さあ、食べようか、おなかがペコペコで、王様なのににしそうだ」

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