「……タ、タイム……もうダメ…………もう走れない……」


「えー。もうなの」「おにいさん。早いよー」


 かなり長いあいだおにごっこをしていたけど、ほとんど僕がおにだった……。

 僕は力尽ちからつき、その場に仰向あおむけに寝転ねころがった。天井てんじょうが高い。広さも充分じゅうぶんある。ここが地下だというのを忘れそうになる。どうやってこんなのつくったんだろう? 


「もー」「おにいさんは、おじさんだったのー?」


「……きみたち足速いね……」


「逃げるのは得意とくいー」「いつもわれてたからー」


「……。ところで、ミュートおそいね」


 長風呂ながぶろだとしても長すぎる。もしかしてミュートの身に何かあったんだろうか。僕は何を呑気のんきおにごっこなんかしてるんだ……。


「ちょっと僕、見てくるね」


「だめだよ」「レディに失礼」


「あー……」


「大丈夫よ」「もうすぐだから」「心配しないで」「おめかししてるの」


「おめかし?」


「そうよ」「マッサージに」「お着替きがえに」「お化粧けしょう


「そ、そんなに……」


 その時、運動場うんどうじょうとびらいきおいよくひらかれた。


「お、いたいた。なにここ? 広すぎでしょ」


 姿すがたを見せたミュートは真っ赤なドレスを着て、うす化粧けしょうをして、ものすごく綺麗きれいになっていた。手にはパンパンにふくれ上がったリュックを持っているけど……。


「おねえさん、きれー」「素敵すてきだわ」


似合にあってるよ」


「あ、ありがとう。なんかしょうわないけど……」


「それじゃあ、行きましょう」「王様が待ってるわ」


 僕たちはまた、2人の案内あんないで王様のところを目指めざした。


「おねえさんリュック持ってあげる」「さあさあ」


「い、いいよ。1人で持てるから」


「エレガントじゃないわ」「お洋服ようふくだって、洗濯せんたくしてあげるのに」


「うーん。あたしは自分のことは、自分でしたいっていうか……」


「しょうがないわ」「そうね」


「あっ。そうだ。2人にあめだまあげる」


「でも……」「私たちお仕事中しごとちゅうだから……」


「いいから、いいから。こっそりめな」


「うーん」「それならいっか」


 ミュートはリュックをあさって、あめだまを取り出した。


「じゃあ、はい。あーんして」


「「あーん」」


 口にあめだまほうり込まれた2人はちょっぴり笑って、ほっぺからカラコロと音をさせた。


「ありがとう。おねえさん」「おいしいわ」


「いーえー」


「これはイチゴね」「間違いないわ」


 2人はまるで、燃料ねんりょうたように足取あしどりが軽くなった。さっきまであんなに走り回っていたのに、本当に元気な子たちだ。


「ねえミュート、ふくはよかったの? ていうか、リュック僕が持とうか?」


「いや、いい。それよりサンデーちょっと……」


 そう言ってミュートは僕に顔を寄せてきた。


内緒話ないしょばなし?」「レムコム。多分たぶん大人おとな秘密ひみつだよ」


 ミュートと僕は苦笑にがわらいだった。


「……丸腰まるごしになるのはちょっとこわいからさ」


「……ああ、なるほど……そうだね、用心ようじんしなきゃね」


「……でもさ、どうなんだろうね……。なんか、お風呂ふろとか化粧けしょうとかのお世話せわしてくれた人、みんなすごくいい人たちだったし……。2人の話とかも聞いてると……ここの人たちも、王様も、いい人なんじゃないかって気がして……。もしそうなら、失礼なことしちゃってるなぁなんて思ったり」


「……ごめんね」


「……なんで、あやまんのよ」


「……ほら、僕の用事ようじだから」


「そういうのは、言いっこなし」


「うん。あ、ありがとう」


 それで、僕たちの内緒話ないしょばなしは終わった。2人を見ると歩きながら顔を寄せ合っていた。


「……な、なにしてるの?」


 という僕の問い掛けに、2人は楽しげにクスクスと笑った。


大人おとな秘密ひみつ」「内緒ないしょなの」


「おませさんねえ」


 ミュートは子供のようにカラカラと笑った。

 廊下ろうかを進むうちあたりに差し掛かり、よく見ると道が急角度きゅうかくどれていて、その先にはまた同じように長い廊下ろうかが続いていた。今気が付いたけど、道はなだらかな傾斜けいしゃになっているらしい。そんなにすぐには王様のところには行けないらしい。そこで思い出す、ここはお城なんだ。すぐに玉座ぎょくざ辿たどけたら城の意味がない。薄暗うすぐら廊下ろうかを歩いていると、ここをどこだか見失みうしないそうになる。まるで洞窟どうくつなかにでもまよい込んだように感じてしまう。


 そのうちに、人の姿を見るようになった。僕たちの姿をみとめると、みんな必ず挨拶あいさつをしてくれた。すごく丁寧ていねい挨拶あいさつをしてくれるものだから、僕たちはそのたびまることになった。やっぱりみんな同じ容姿ようしだ。レムコムやハスコムほどじゃないけど、その特徴的とくちょうてき容姿ようしに目が行ってしまい、なんだか見分みわけが付かなかった。


 人がえるのに比例ひれいして、とびらも目に付くようになる。ひらいているとびらに目を向けてみると、部屋のなかでは、城の人たちが絵をいたり、彫刻ちょうこくったりしていた。こんな暗闇くらやみなかだからか、時折ときおりのぞく色彩しきさいが、強烈きょうれつ脳裏のうりのこる。ノミをたたく音に、過敏かびんになってしまう。そしてなにより、みんなの赤いひとみが頭から離れない。こんなに赤い人がとなりにいるのに。


「なによ」


 僕の視線しせんに気付きミュートが言った。


「……ん、あ、いやあ、そ、それにしても、綺麗きれいだなぁと」


「ホントかー?」


「……ホントホント」


 歩くうちに、廊下ろうかはほんのわずか左にがった。そして、しばらく歩いては左にれるを繰り返すようになり、その間隔かんかく段々だんだんと短くなっていった。道は螺旋状らせんじょうに続いているようだ。螺旋状らせんじょう廊下ろうか起点きてんに、空間くうかんが広がっているんだろう。さっきの運動場うんどうじょうといい、どうやったらこんなのつくれるんだろう。こんな空間くうかん、ホントはありえないんじゃないか、なんて思えてくる。


 もしそうなら、僕たちは今、ありえない場所にることになる。そう思うとこわくなる。暗闇くらやみかこまれて、僕自身の姿もおぼろげだ。暗闇くらやみ無条件むじょうけんこわい。僕は暗闇くらやみ苦手にがてだ。よろい隙間すきまのぞき込んだ時と、おんなじ色をしてるから。お前はどこにもいない、お前はただのよろいなんだ、そう言われているみたいな気がしてくる。お前はただの暗闇くらやみだ、お前はもとからそうなんだ、よろいなか薄影うすかげが、なにかの拍子ひょうしに、たましい真似事まねごとをし始めたにぎないんだ。そんなくらい考えが頭をぎる。


 カンカンという、ノミの音が頭にひびく。僕もあんなふうたれて、てつばして、作られたんだろうか。くらい、すべてが真っ黒だ。廊下ろうかも、2人の白金はっきんかみも、絵画かいがも、彫刻ちょうこくも、すべてが暗闇くらやみみ込まれている。でもそんななか、ミュートだけは違っていた。真っ赤だ、えるように。まれてなんて全然ぜんぜんなくて、うでを振って暗闇くらやみき進んでいた。黒を利用りようする色、まれる色はたくさんある。

 だけど、赤だけは唯一ゆいつ、黒を挑発ちょうはつする色だ。


今度こんどはなによ」


「赤いなーと思って」


「はあーー?」


 廊下ろうかれる間隔かんかくはいよいよみじかくなっていき、やがて完全なカーブに変わった。だいぶ、最深部さいしんぶに近付いたんだろう。人は次第しだいに少なくなっていき、かわわりに、さっきまでは全然ぜんぜん見なかった肖像画しょうぞうがが目に付くようになり、歩くほどにその数はしていった。等間隔とうかんかくだった配置はいちはすぐにくずれ、密集みっしゅうに変わっていった。


 どれも女性の絵だった。みょうにリアルで、少しだけ不気味ぶきみだった。すべて同じ構図こうずで、どの絵の女性も椅子いすすわり、おなかに手をてて、微笑ほほえんでいた。そして、これは僕の気のせいかもしれないけど、そこに向かうほど、絵の中の人が美人になっていくように感じた。

 絵をながめるうち、僕はふと不思議に思った。城の人たちのような容姿ようしの人の絵が、まったくなかったからだ。髪色かみいろは、茶髪ちゃぱつ普通ふつう金髪きんぱつ黒髪くろかみばかりで、はだ極端きょくたんに白い人はいない。ここの人は美形びけいばかりなのにどうしてだろう?


「さて、長い道のり、お疲れさまでした」「着きましたよ」


 2人は大きなとびらの前で立ち止まった。だけど廊下はまだ続いていた。僕の視線しせんに気付いたのか、2人はこう説明してくれた。


「ここからさき禁止きんしです」「誰も進んじゃいけないの」


「それじゃあここは?」


「ここは謁見室えっけんしつ」「王様に挨拶あいさつするためのお部屋なの」「おにいさんと、おねえさんは少し待っていて」「王様におうかがいを立てるから」


 2人はとびらうすけて、なかに入っていった。すると少しもしないうちに、とびらが大きくはなたれた。2人はとびら両側りょうがわに立ち、僕たちにうやうやしく頭をげた。


「「王がおしになるまで、中央の椅子いすに掛けてお待ちください」」


 がらんとした大きな部屋のなかには、2つの椅子いすが置かれていた。

 僕たちはけっし、部屋に足を踏み入れた。すぐに背後はいごから、とびらじられる重々おもおもしい音がした。2人はなかには入らず、部屋のそとに残ったようだ。


 椅子いすは部屋の奥を向いていた。

 椅子いすに近付くうちに気付く。奥のかべの中央の一部分いちぶぶんが、たて長方形ちょうほうけいに切り取られていた。てっきり何かの絵画かいがだと思っていたそれは、絵ではなく、となりの部屋の光景こうけいだった。となりの部屋には椅子いすが1つ置かれている。切り取られた壁越かべごしに話をするのだろうか? 向こうに置かれた椅子いすは、とくに大きくもなく普通ふつうのものだった。王様の椅子いすなんだから、大きくて豪華ごうか椅子いす想像そうぞうしていたんだけど。


 僕たちは2人に言われたように、椅子いすすわって待つことにした。しばらくすると長方形ちょうほうけいの向こうに変化があらわれ、突然とつぜん、白い影があらわれた。王様だ。細身ほそみで、思いのほか身のこなしが軽い。立ち上がろうとする僕たちを、ひらを向けてせいし、王様は颯爽さっそう椅子いすすわり、あどけないみを浮かべた。


「やあ、よく来たね」

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