「つまりね」


 メローさんはコホンと、わざとらしく咳払せきばらいをした。


「ここは城のうえなんだ。ここは城下町じょうかまちならぬ、城上町じょうじょうまち


 メローさんは右手でピースの形を作り、僕たちに向けた。なんだろう? 上手うまいこと言ったぞ、という勝利宣言しょうりせんげんだろうか?


「お城はね、丁度ちょうど、この指の形みたいに地下ちかまっているの。円錐えんすいぎゃくにして地面にっ込んだみたいにね。ブドウのようにといってもいいかも。地下に行くほどすぼんでいって、一番いちばんしたには、玉座ぎょくざがあるそうよ」


「なんでまた、そんな城を……?」


「行けば分かるよ」


 メローさんは建物のとびらけて、なかに入っていった。建物のなか豪華ごうか内装ないそうだったけど、それだけでほかには何もなく、がらんどうな空間が広がっていた。ゆかの中央にはぽっかりとあないていて、よく見ると地下に階段かいだんが続いていた。


「これって、このまま入っていいんですか?」


 ミュートの声は少しだけ不安そうだった。


「少し行くと門番もんばんがいる。話をとおしてあげるよ」


「ありがとう、メローさん」


「で、なんてつたえる? 城の秘密ひみつあばきに来たとか?」


正直者しょうじきもの馬鹿見ばかみすぎ!」


「ははは! ただの観光かんこうじゃすぐにかえされるから……、そうだ、こうしよう」


「はい?」


「お城の人たちはね、芸術げいじゅつがない人が多いからさ。美術品びじゅつひんを見に来たってことにすれば、歓迎かんげいしてくれるかも」


「えっ? あたし芸術げいじゅつなんて分かんないですよ」


「僕もです」


「それがいいんじゃない! 玄人筋くろうとすじはね、中途半端ちゅうとはんぱつうよりも、新参者しんざんもの可愛かわいいんだから。は、はじめてで、な、なにも分かりませんって感じで、もじもじしてればいいのよ。とくにミュートちゃんはおぼえときなさい」


「えっ? なんで?」


 それには答えず、メローさんは階段かいだんり始めた。


「じゃあ、行くよ。王様にくれぐれも失礼しつれいのないようにね。一番いちばん下にいるけど、一番いちばんえらいんだから」


 地下へと続く階段かいだんには、等間隔とうかんかく照明しょうめいが取り付けられていて、たよりない光をはっしていた。足音がやけにひびく。階段かいだんくだり切ると大きなとびらがあった。そこにはせた男の人が立っていた。こしには短剣たんけんをぶら下げている。どうやら門番もんばんのようだ。


「どおもー」


 メローさんは軽い感じで挨拶あいさつをした。だけど門番もんばんは、あきらかに僕とミュートを警戒けいかいしていて、するどい目付きをこちらに向けた。門番もんばんひとみの色は赤だった。充血じゅうけつとかじゃなく、本当に真っ赤なひとみ。それを強調きょうちょうするかのように、はだは真っ白で、まるでとおるようだ。こんなにはだの白い人は初めて見た。かみの色は金色きんいろだった。ミュートみたいにはっきりした色じゃなくて、色のけた、白に近いような髪色かみいろだ。

 門番もんばんはメローさんの話を聞くと、とびらけてその向こうに姿を消した。


「王様におうかがいを立ててくれるってさ」


 それから、だいぶ待たされて、忘れられたんじゃないかと心配になった頃、きゅうとびらひらかれた。もどって来た門番もんばん両脇りょうわきには、2人の少女がならんでいた。2人は門番もんばんと同じような容姿ようしだった。白金はっきんかみはセミロング。赤いひとみに、青い血管けっかんけた白いはだ。おそろいのふく全身ぜんしん黒ずくめで、両手には手袋てぶくろまではめていた。そして2人は、まったく同じ顔をしていた。


「あっ。双子ふたごちゃん、ひさしぶり」


「「メローさん、おひさしぶり」」


 2人の声は、ほそくて綺麗きれいな声だった。


「王は、ぜひに客人きゃくじんすようにと、おっしゃられていました。この2人に案内あんないたのんであります。まずは王にご挨拶あいさつ挨拶あいさつうかがってください」


 門番もんばんは思いのほか丁寧ていねい口調くちょうで、そう言った。


「おいでませ」「ようこそ。ロシじょうへ」


 2人はふくはしまんで持ち上げ、優雅ゆうがなポーズを取った。

 僕とミュートはぺこりと頭をげた。


「じゃあね、2人とも」


 メローさんは軽く手を振ってくれた。


「ありがとうございました」


「ホントに助かりました。帰りに寄らせてくださいね」


「うん、待ってるよ。それじゃあ、芸術修行げいじゅつしゅぎょうはげんでね。バイバイ~」


 僕たちは双子ふたご先導せんどうで城に足を踏み入れた。背後はいごで大きな音を立ててとびらが閉まった。なかさら薄暗うすぐらい。目の前には、長い廊下ろうかが続いていた。かべには様々さまざま絵画かいがが掛けられている。デッサン調ちょう果物くだもの風景画ふうけいが抽象画ちゅうしょうが。たまに彫刻ちょうこくなんかも置いてあった。


「ねぇ、2人の名前なまえを教えて頂戴ちょうだい」「どんなお名前なまえ?」


 2人は先導せんどうしながら、くるっと回って振り向いたり、後ろ向きで歩いたりと、すごくあぶなっかしかった。


「僕はサンデーだよ」


「あたしはミュートよ」


「ありがとう」「うれしい」


きみたちは?」


「私はハスコム」「私はレムコム」


「2人は双子ふたごなんだよね。どっちがおねえさん?」


「んー、むずかしい質問しつもんだわ」「そう、むずかしい」


むずかしい?」


「私たちのパパとママ。ものすごく、ものぐさなの」「生きるのも、つらいんだって」


「あんたたちは強く生きなよ」


 言ってミュートはむねの前で、りょうこぶしにぎった。


「ありがとう。今日からそうするわ」「おねえさん、やさしいね」「それでね?」「めんどくさくて、どっちがあねいもうとなんて、どうでもよくなって忘れてしまったの」


「それは、なんというか……大変たいへんだね」


「そんなことないの」「ふふ、そう好都合こうつごう


「……好都合こうつごう?」


「私たちね、おたがいのことをねえさんだと思ってるの。ね?」「ええ、どっちもねえさんなの」


 そう言うと2人は手をつないだ。


「この一番いちばん大切なことは、相手への尊敬そんけいの気持ちなの」「王様に教えてもらったの」「王様のモットーなんだ」「相手を尊重そんちょうして」「存在そんざいそのものをうやまうの」「いつも教えてくれる」「これはね、絶対ぜったいなんだ」「はじめにあるべきは畏敬いけいねん」「おわわりにあるべきも畏敬いけいねん」「自分とは違うものをみとめ、うやまい、たてまつる」「そんなことできるのは人間だけ」「できないなら人間じゃない」「王様はすごい人なの」「ここに来てから毎日まいにちが楽しい」「こんな私たちをみとめてくれる」「まえのところでは、ずっといじめられていた」「パパとママもおかしくなって」「さけぶんだ」「うおー」「わー」「ねむれなかった」「おめめパッチリ」「村の人の言う通り」「パパとママは怪物かいぶつなのかと」「私たちは信じかけた」「毎日まいにち、言われてた」「もの」「おに」「信じてなかった」「パパとママが違うって言うから」「でも私たちは悪い子」「あの時は、信じかけちゃった」「でも、ここ来てからパパとママはだいぶ良くなった」「パパとママは人間でした」「一安心ひとあんしん」「ふー」「なら、私たちも人間」「もっとうやまわなくちゃ」「私たちは修行中しゅぎょうちゅう」「ここの人たちはすごいんだ」「王様がすごいから」「王様が私たちをすくってくれた」「私たちみんなの王子様おうじさま」「こんな素敵すてきなお城に住まわせてくれて」「ここは理想郷りそうきょう」「太陽を気にせずあそべる」「私たちこんなはだだから」「日差ひざしによわいの」「気を付けないと」「はやくに死んじゃうんだって」「でも、ここなら平気へいき」「なんでもできる」「王様が作ってくれるの」「王様は建築屋けんちくやさんなの」「ここはどんどん広くなっていく」「みたいに」「それがホントにうれしいんだ」「楽しみがえてくの」「王様は私たちの神様かみさま」「なのに、まだ子供の私たちにまで、頭をげてくださる」「みんなのお手本てほん」「だから王様は一番いちばんしたにいるの」「王様はそうして、私たち全員を、つねうやまってくださってるの」


 2人はつないだ手をはなし、同時どうじに僕たちに振り返り、またぎゃくの手で、手をつないだ。両手を大きく振りながら、うしあるきで進んでいく。


「だからね、私たちには都合つごうがよかったんだ」「だってこうしておたがいをうやまえるから。ね?」「ええ、好都合こうつごう」「あ。いたよ」「いけない。とおりすぎるところだった」「うしあるきはダメね」


 2人は廊下ろうか途中とちゅうの大きなとびらの前で立ち止まった。


「ここに王様がいるの?」


 ミュートは2人に問い掛けた。


「ぶぶー」「不正解ふせいかい」「王様に会うんだもの」「まずは、お風呂ふろに入らなくちゃ」「キレイにしなきゃね」


「え、お風呂ふろ……?」


「そうよ」「キレイキレイ」


 2人はとびらけてなかに入っていく。戸惑とまどいながらも僕たちもそのあとに続いた。部屋に入ると、正面のかべ巨大きょだい風景画ふうけいがかざられていた。そして、左右さゆうかべにはひとつずつとびらがあった。


「こちらが殿方用とのがたよう」「こちらがご婦人用ふじんよう


 2人は優雅ゆうが仕草しぐさでそれぞれのとびらしめした。動きがぴったり合っていて、まるで鏡合かがみあわせのようだった。


「まあ、いただけけるなら、ありがたく」


 と言ってミュートはさっさととびらの向こうに消えてしまう。大丈夫かな……1人になって……。


「さあ、おにいさんも」「そうだ、よろいはここであずかるわ」


「え、うーん……」


 ど、どうしよう……なんとか誤魔化ごまかさないと。


「どうしても入らないとダメ?」


「ええ、もちろん」「規則きそくですのよ」


「……。そ、その今、どうしてもさ、よろいげないんだよ……。その、どうしてげないんだろう……。あっ、そうそう、とっても大事だいじねがいの、願掛がんかけをしてるんだ。それがかなうまで、よろいがないって……」


 あきらかに無理むりがある……。さすがにダメ……?


こまったわ」「そうね」「どうしよう?」「王様に聞きに行く?」「うーん。でも、王様は2人でやってみなさいって言ってくれたよね」「相手の事情じじょうも考えなくちゃ」「これも尊重そんちょうだよね」「そうだね」「というわけで、おにいさん」「お風呂ふろ免除めんじょします」「責任せきにんは私たちが持ちます」


「あ、ありがとう。ごめんね。わがまま言って」


「いいの」「相手の価値観かちかん尊重そんちょうしなきゃ」「ねえ、おにいさん」「おねえさんががるまで、私たちとあそびましょう」


あそぶ? いいよ。なにしてあそぶ?」


おにごっこなんてどう?」「したいなー」


おにごっこ? いいけど……ここらへん、絵とか彫刻ちょうこくあるけど、大丈夫?」


「大丈夫。この近くに運動場うんどうじょうがあるから」「最近作ってもらったんだー」


「う、運動場うんどうじょう……」

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