城の町 傲慢忠義

 僕たちは鬱蒼うっそうとした森の中を歩いていた。一応いちおう、道は整備せいびされているけど、道の両側りょうがわえている木々がおおい被さるようで、まるで未開みかいの地に向かっているみたいで不安になる。し込む木漏こもも、今日はくもりだからたよりない。まだ昼をぎた頃なのに、まるで夜みたいだ。


鬱蒼うっそうとしてるねえ」


「うっそーん」


「……。ごめん、忘れるね」


「なんでよ。渾身こんしんのギャグなんだから覚えときなさいよ。棺桶かんおけに入るまで」


棺桶かんおけって、昔じゃあるまいし。でも不思議だよね」


「なにが?」


棺桶かんおけなんてもう使わなくなったのに、棺桶かんおけって言葉はなくならないんだと思って」


「それはすぐにはね。やがて消えるでしょうけど。まあまわしが面白かったりすれば別だろうけど」


「選ばれた言葉だけが残るんだね」


たとえば、あたしのギャグなんかね」


「……にしても、くらいいねえ」


「ちょっとなに無視むししてんのよ!」


 祭の町を出てから、3日がっていた。最初の2日はなんてことない道のりだったけど、3日目に入ってからずっと森の中だ。ミュートの持っている地図ちずによると、そろそろ城の町に着くはずなんだけど。


「ねえ、ミュート? 本当にこの道であってる?」


「いや、だってずっと一本道いっぽんみちだったじゃない」


「まあ、そうだけど」


「このあたりには城の町しかないから、大丈夫よ」


「城の町かぁ。どんなところなんだろ?」


「そりゃあ、大きなお城がってるに決まってるでしょうが」


「それは少し楽しみかも。あ、でも気を付けなきゃね。人さらいが出るっていうし」


「まさか、うわさでしょ? 野盗やとうおおかみでも出るんじゃない? ん?」


「どうしたの?」


 ミュートは鼻をスンスンと鳴らし始めた。


「なんかあまにおいがする」


「えっ?」


 においに集中してみるけど、僕には分からなかった。


「ホントに?」


「うん、ホントだよ。土臭つちくさいような、ちょっとくさったような、そんないいにおい」


「……それホントにいいにおい?」


 そんなやり取りをしながら進むうち、前方の森がひらけた。たとえくもりぞらでも、森の中から出て来たせいか明るく感じた。そこはかなりの面積めんせき開拓かいたくされているようで、広々ひろびろとしていた。奥の方には町らしきものが見える。城らしきものは見当たらないから、まだ奥に開拓地かいたくちが広がっているんだろうか。


「あ、ブドウだ」


 といきなりミュートが声を上げた。遠くのの低い木々きぎに目をこららすと、しげる葉っぱのあいだからむらさき粒々つぶつぶが顔をのぞかせていた。ブドウばたけに差し掛かると、ミュートは吸い寄せられるようにブドウの木に近寄っていった。木に近寄ると、あまかおりが鼻をくすぐった。


においはこれだったんだね」


「うまそー」


「ダメだよ。おこられるよ」


「食べませんー。でも立派りっぱなブドウねえ」


 そう言ってミュートは、顔を近付けてしげしげとブドウをながめていた。


「ふふ、ありがとう」


 ときゅううしろから声を掛けられる。おどいて振り向くと目の前には女の人が立っていた。長いかみゆるく一つにたばねて、むぎわら帽子ぼうしを被っている。真っ白いワンピースを着て、はだ小麦色こむぎいろに日焼けしていた。としはミュートより少し上だろうか。


「す、すいません。この人、ブドウを食べてるわけじゃ……」


「見てたから、知ってるよ。ごめんね、おどろかせて」


 絶対ぜったいおどろかすつもりの距離きょりで声を掛けてきたと思うけど……。


「……いえ、大丈夫です」


「君たちは町の人じゃないよね? 配達はいたつの人?」


「いえ、違います。その……」


 話していいんだろうか、不穏ふおんうわさだし、気分きぶんがいしたりしないだろうか……?


「ゆってみゆってみ、おねえさん、口が重いから」


「かたいでは……?」


「いいから、いいから」


 人の良さそうな笑顔にあまえて、僕はこの町に来たいきさつを話した。


「へー、君たち、そんなくだらないうわさしんじて、のこのことこんなところまで来たんだ。私のこともうたがってるわけ?」


 おねえさんは無表情むひょうじょうになり、めた声でそう言った。

 や、やっぱり気分きぶんがいした……! 何とかしないと……!

 おねえさんは、無言むごんで、じっと僕たちを見ていた。でも、しばらくすると……。


「なーんちゃって! うそよ、うそ! どう? びっくりした?」


 と言っておなかをよじって笑い出した……。

 いい人そうだけど、たちわる悪戯いたずらが好きな人みたいだ。笑いすぎて涙が出たのか、おねえさんは目尻めじりを指ではらった。


「ごめんね。おびにブドウ一房ひとふさ食べていいよ」


「おねえさんが育ててるの?」


「ええ、そうよ。あまくておいしいよ」


「じ、じゃあ遠慮えんりょなく」


 ミュートは手頃てごろふさえらび、プチっともいだ。するとおねえさんは口を大きくけ、そこに平手ひらててて、息を大きく吸い込んだ。目を見開いて、やっちゃったという顔をしている……。それを見てミュートはかたまった。


「あ、あの」


「なんちゃって」


 と言って、おねえさんはまた、お腹をよじって笑い出した……。それがおさまると、「町まで案内あんないしてあげるから付いてきて」と言って歩き出した。


「ん~。あまくて、おいしー」


「でしょ?」


「はい。やっぱりブドウはそのままが一番いちばん


同感どうかん。でもここのワインもおいしいのよ」


「あたし、お酒はダメらしいんです」


「らしい? なにそれ?」


 おねえさんはクスクスと笑う。


「いや、よく分かんないんですけど、一緒いっしょに飲んだ人が、口をそろえて、お前はもう一生いっしょう飲まない方がいいって言うんですよ」


 と不可思議ふかしぎそうにミュートは言った。


「ふふ。それは飲まない方がいいかもね」


「そうなんです。多数決たすうけつで決まりました」


 とみょう真面目まじめな顔でミュートは言った。それがホントに可笑おかしくて、僕は吹き出してしまう。ミュートは、そんな僕をおこることはせず、わけからないみたいな顔で見詰めた。顔をそむけて笑う僕に、ミュートはわざわざ回り込んでまで、まし顔を向けてきた。僕は少しのあいだ、息ができないくらい笑った。


なかがいいね。うらやましいー。おねえさんも彼氏が欲しいよ」


「僕たちはそういうんじゃ……」


「そうなんだ。一番いちばんいいときね。ふふふ」


「いや、だから……」


「ねえ、おねえさんは何してたの?」


 やかしも気にせず、ミュートはおねえさんに問い掛けた。


「ん? ああ、そういえば、名前言ってなかったね。私はメロー。よろしくね」


「こちらこそ、よろしくです。あたしはミュートっていいます。こっちはサンデー」


「よろしくお願いします」


「それで、なんだっけ……そうそう私はただのお散歩さんぽ。仕事も終わったし」


「その、大丈夫なんですか、人さらいがどうとか……」


「んー? あはは! 大丈夫よ。ただのうわさだし、さらわれるには美人だけって話だしさ。私はほら、こんなだし」


「いや、メローさんキレーだよ」


「こんな日焼けして、はだカサカサだしさー」


「キレーだよー」


「もう、めても何も出ないよ! はい、ブドウもう1つあげる」


「あ、ありがとうございます……」


「いっぱいお食べ。美容びようにいいらしいから」


「は、はい」


「それでぇ? なんだっけ。人さらいに。そうそう、安楽死あんらくしだっけ? それははじめて聞くなあ」


「そうですかぁ……」


たる人らは、そんなんしないと思うなあ」


たる?」


「あー、えっとね。お城のそとの人たち。私みたいにブドウを育てたり、外に出て農業のうぎょう生計せいけいを立ててる人がほとんどだから。反対に、お城にいる人たちはね、ほとんどお城にこもりっ切りなんだ」


「へえ、そうなんですか」


「といっても私たちもよく知らないんだけどね」


「えっ?」


「外の人たちはそのほとんどが移民いみんなのよ。一方いっぽうのお城の人たちは大昔おおむかしからここに住んでいてね。お城の人たちは、私たちをこころよくここに住まわせてくれたけど、……交流もあんまりないし、近くに住んでいるのに、お互いのことよく知らないのよ。……だから、よく知りもしないでうたがうなんて、いけないことなんだけど……」


「だけど……?」


「あそこの人たちは、すっごく綺麗きれいで、色白いろじろだから。なんというのか……死のイメージがあるのよね。まあ、話してみると、みんないい子なんだけどね。たくさんいるから、全員は知らないけど」


「たくさん?」


「ええ、町の半分くらいの人数にんずうがいるらしい」


「お城に?」


「ええ、そうよ」


「そんなに入ります? いくらお城でも」


「ふふ、おっきなお城だからね」


 大きなお城ってことはまだだいぶ歩くんだろう。お城はまだ影も見えない。


「でね、ほとんどのことをお城の中でませちゃうんだよ。お城が町そのものって感じね。中で仕事をして、お医者さんもいるし、結婚けっこんの相手もなかえらんで、出産しゅっさんなかでするし、それにお葬式そうしきなかで済せちゃう」


「えっ? じゃあ……!」


「うん。魔石の工場がある。でも分からないよ。ひれが付いたのかもしれないし。そんなことする人たちとは思えないけどなあ」


「ですよね。すいません……」


「……でも」


 メローさんは歩く速度をゆるめ、やがて立ち止まってしまう。


「メローさん?」


 僕の問い掛けに、少しの思案しあんのちメローさんはこう答えた。


「あの新しい王様は分からない」


「王様ですか?」


「ええ、少し前に、先代せんだいの王様がくなられてね。子供はただ1人だったから、当然とうぜんそのまま王のいだわけなんだけど……」


「なんですか……?」


「……それからなのよね。人さらいのうわさ出回でまわり始めたのは」


「……でも、誰にも見付からずに何人もさらえます?」


「あそこの人は、日中にっちゅうそと出歩であるかないんだ。昼夜ちゅうやなんか関係なく、起きたり寝たりするし。私たちが寝静ねしずまった頃に、よくそとにいるしね。別に私たちは警備けいびとかもしてないし」


「え? なんでですか?」


「だってぇ、町の人はさらわれてないし、実害じつがいがないからね」


「でも、そんな……!」


 とミュートが声を上げる。


やぶには、ちょっかいを掛けない方がいいのよ。へびの方から近付いてくるなら、踏みつぶさなきゃいけないけどさ」


 メローさんはそう言って、目の前の雑草ざっそうを踏み付けて、ゆっくりとあしをねじった。


「……だけど」


「ミュートちゃん、ここはねぇ? 兵隊へいたいまりでも、観光地かんこうちでもないんだよ? 手柄てがらなんて上げなくていいし、悪評あくひょうなんか気にしなくていい。わたしたちは、ただ、ブドウを収穫しゅうかくして、そのしるしぼっていればいいんだよ?」


 メローさんは自分の右手の人差し指を、左手でつかみ、それをゆっくりとねじり始めた。


「こんなふうに、ぎゅっとね。ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ」


 メローさんは、自分で効果音こうかおんを付けて、何度も指をねじった。


「そういうのやめた方がいいよ。そんなことしてると、今にでもへびまれちゃうかもしれないよ? そしてね? それが大蛇だいじゃなら、身体のどこかをねじられちゃうよ」


 ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ。

 メローさんは僕たちをじっと見ながら、何度も、ぎゅ、を繰り返した。

 僕たちは言葉をうしなって、その場に立ちつくくした。


「なーんてね」


 そう言ってメローさんは、指をはなし、むねの前で両手をパッと広げた。


冗談じょうだんでーす」


「もう! おこりますよ!」


「ふふははははは! ……ごめんごめん。きみたち反応はんのういいから、つい。はっはっはっは!」


「もー!」


「ごめんごめん。ブドウあげるから、ゆるして。ふふははは!」


 本当にたちが悪い……!


「まあ、実際じっさい実害じつがいあるのよ。配達はいたつの人がこわがって、来るのしぶるしさあ。でもだからって、ここを追い出されてもかなわないから、へんうたがいは掛けられないわけ。それに夜警やけいなんてしてたら、この町がたなくなっちゃう」


「どうして?」


農家のうかの朝は早いのよ? やること多いのに人がりないんだから。いろいろ話したけど、ホントのところはまったく、私にも分かんないんだあ。王様とだって会ったことないし」


「え? ないの?」


「本当にそとに出ないらしいから、会ったことある人なんて、数人くらいだよ」


「ホントに王様?」


「だよねえ」


 僕たちは小さな町に到着とうちゃくした。住宅じゅうたく作業場さぎょうばのような建物が立ちならんでいる。町の中ではたくさんの人たちがはたらいていて、ほのかにブドウのあまにおいがただよっていた。


「まあ、そんなわけだから、そこんところはきみたちがたしかめてよ」


 メローさんは、ある建物の前で立ち止まった。


「さあ、着いたよ」


豪華ごうかですねえ。もしかしてメローさん、お金持かねもち?」


「何言ってんの。お城だよ。お城」


 目の前の建物はやたら豪華ごうかだけど、してお城なんて大きさじゃない。お得意とくい冗談じょうだんだろうか?


「まさかー。小人こびとでも住んでるとか?」


「ふふ。面白おもしろいけど不正解ふせいかい


「え? じゃあ……え? どういうこと?」


「このロシじょうはね。地中深ちちゅうふかくに広がる、さかさまなお城なのよ」

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