10

 送ってもらうあいだ、団長は何度も、町の住人にれていかれそうになっていた。それだけ町は混乱こんらんしていた。


「悪ガキ」


「う」


 ミュートはしきりに、ばつの悪そうなダリ君をいじめていた。ダリ君の予告のあと、どれだけ心配したのかとか。心配してめに来たのに、あの仕打しうちは何だとか。そんなことを話しながらも2人はどこか楽しそうで、その様子がいよいよ本当の姉弟きょうだいのように見えてくる。

 ダリ君は、まだ町の出口に着かないうちに、僕たちと別れた。なんでも外への秘密の抜け道があるらしい。別れの言葉を残し、路地裏ろじうらの影に消えていった。


「抜け道なんてあんのかよ……。そうだ、お前ら、魔女さまを探してんだったか? 今もそのつもりか?」


「……ええ、はい」


 と僕が答えると、団長は建物の壁にもたれてうでんだ。


りねえなあ」


りない?」


 なんのことだろう……?


「あの大松おおまつはこの町のかなめだ、今のところは、だがな。……んで、勘違かんちがいだったとはいえ、お前らはかなめをぶっこわそうとしたってことで、殺され掛けたんだ。そしてだ、魔女さまはいってみれば、世界のかなめそのものだ。お前らは世界のかなめに手を掛けちまうかもしれないんだぜ?」


「いや、僕はただ、もとに戻してもらえれば……」


「それでもだ。世の中、誤解ごかいされずに生きるなんざできねえのよ。そこのところをよく考えるんだな。まあ、めはしねえよ。お前の祭りだ。あとの祭りにするのも、派手はでにぶち上げるのも、お前次第しだいなんだからよ」


 そう言って団長は笑顔を浮かべた。


「でだ、こんな話がある。この町には、安楽死あんらくしの店ってのがあるんだが……」


「ええ、見たわ。なんであんな店が……」


「まあ、俺もよくは思っちゃいねえがよ。ざまさらしたくねえ、祭りに水をしたくねえってやつらもいるのさ。いちいちまっててもキリがねえしよ。でよ、見ての通りこの町は小さな町だ。魔石の工場なんかありゃしねえ。どっかにれていかれて、魔石にされて、死者の町に運ばれているんだろうな。んで、こっからはあくまでうわさなんだが……運ばれているのは、城の町なんじゃねえかって話だ。それでな……魔石をネコババしてるやつがいるってんだよ。死人しびとの魔石なんざ何の価値かちもねえのによ……。そしてそこに、魔女さまがんでるらしいのよ」


「城の町?」


「ここから、そう遠くはないわ」


「行くなら、気を付けるんだな」


「「え?」」


「あのあたりは、人がさらわれて消えるってなうわさもある。それも、若いねえちゃんばかりがな」


「……忠告ちゅうこくありがとう、団長さん」


たいした情報じゃなくて、悪いがな。んじゃ、まあ、いくか」


 そう言って団長は歩き出した。


「あ、あの」


 僕は団長に声を掛けた。


「んん?」


 団長は立ち止まり、頭だけ向けて僕たちを見た。


「どうして教えてくれたんですか?」


「聞かれたからさ」


「じゃなくて、前にうかがった時は……」


 信用できなきゃ教えないというようなことを言っていたはずなのに。


「んん? ……ああ、そりゃあ、お前ら、あいつを売らなかっただろ? てめえが殺され掛けてるってのによ。信用するには充分じゅうぶんさ。いいから行くぞ」


 そう言うと団長はすたすたと歩き出した。数分で宿やどに着き、団長は約束通り、宿やどの主人に話を通してくれた。

 見送る僕たちに振り返り、団長は言った。


「お前ら明日には出るのか」


「はい。そのつもりです」


 という僕の返答へんとうに、団長はなぜかよどむ。


「……じゃあよ。なんだ……」


「は、はい?」


「俺のところには来なくていいからよ。その、なんだ……」


「分かってるよ、団長さん。最初からそのつもりよ」


 ミュートはとびきりのニヤニヤ顔で言った。団長は苦笑いを浮かべたけど、すぐに気持ちのいい笑顔に変わった。


「なら、いいんだ。じゃあな、お二人さん。かなうといいな、どちらのねがいも」


「ありがとうございます。カシヤさんのねがいも応援します」


「なるはやでね。団長さん」


「ああ、まかせとけ」


 そう言って団長は歩き出し、背中を向けたまま手を振ってくれた。

 宿やどの部屋に戻り、人心地付ひとここちついてそろそろ寝ようという時、入口のドアとゆかあいだ封筒ふうとうがはさめてあるのに気が付いた。さてはダリ君の仕業しわざだなと思って、封筒ふうとうを引き抜いた。

 すると、その、封筒ふうとうには、生々なまなましいくちびるの形の封蝋ふうろうがされていた……。


「……な、なんだこれ……」


「なにー早く寝たらー」


 ……多分、実際じっさいくちびるてて、封蝋ふうろうをしたんだ……。血のように真っ赤なくちびるあとくちびるの、しわまで、くっきり残っている。寒気さむけがするくらい悪趣味あくしゅみだ。表にも裏にも宛名あてなはなかった。


「なにかたまってんのー」


 うしろからミュートが近寄ってきて、横から僕の手元てもとのぞき込んだ。


「……。なに、これ」


「……わ、わかんない」


けなよ」


「……ミュートやってみる?」


「やだ。いいから早く」


「う、うん」


 けっして、封蝋ふうろうがす。紙のわずかにやぶれる乾いた音と、封蝋ふうろうがれる湿しめったいやな音がした。なかの手紙にはこう書かれていた。


  忠告ちゅうこくも聞かずに私をっているようね

  あぶないことは考えるだけで危険きけんだって、団長さんも言っていたじゃない

  何を考えているか知らないけれど、私のことは忘れた方が身のため

  私をうのをめるなら、さよならバイバイ

  まだあきらめないのなら、おにさんこちら、覚悟して


  片想かたおもいへ

  魔女より、愛を込めて


「だ、団長って……え、え?」


「あの時、近くにいたんだわ」


「ど、どこにいたんだろ」


「わ、わかんないわよ。……でも、いってもテントだし、あたしたちあの時、壁際かべぎわにいたから……」


「……僕たちのすぐ目の前にいたってこと?」


「多分。すぐに追わなくちゃ」


 言って、ミュートは荷造にづくりを始めようとする。


「いや、ダメだよ。今、外に出たら危険だよ」


「そんなこと言ってる場合ばあい?」


「みんなトラブル続きでカッカしてる。もしガラの悪い人たちにつかまったら……団長を呼んでくれるかも分からないよ」


「そんなの、あたしたちならかまわず……」


「無理だよ……徒党ととうまれたら」


弱虫よわむし


「いいよ、それで」


 ミュートは言葉を返さず、ただ鼻を鳴らし、ベットにどっかりとこしを下ろした。


「それに今からっても、い付けないよ。こんなにくたくたで、眠らずにっても、すぐに休むことになると思う」


「……そうね。あせりすぎたかも。ごめん」


「ううん。……しょうがないよ。こんなの見たら」


 テーブルのうえ封筒ふうとうには、変わらず毒々どくどくしい赤色がへばり付いていた。


うなってわりに、挑発的ちょうはつてきよね。なんかイラつく」


「まあね」


「なんじゃい、片想かたおもいって!」


「……さあ。……とくに僕は好きじゃないけどねぇ……正直しょうじきこんな手紙送る人は、ちょっとやだなあ。怖いからてちゃおうか」


 僕は封筒ふうとうを手に取り、手紙と一緒にしてまるめた。


「あー! 手に間接かんせつチューされたー!」


 子供じゃないんだから……。



 翌日よくじつ、僕たちは団長に言われたように、昼過ひるすぎに宿やどを出た。トラブルはもう解決かいけつしたのか、町は通常運転つうじょううんてんだった。相変あいかわわらず、ひたすらの人ごみだ。

 踊りや、ふえの音色、綺麗きれいな歌声、楽しそうな手拍子てびょうし、そしてそれをつらぬ大太鼓おおだいこの音。夜遅くまで奔走ほんそうしていただろうに、本当に超人ちょうじんみたいな人だ。終われ、終われ、これで最後だ。太鼓たいこの音に耳をますと、そんな団長のさけびが聞こえるような気がする。

 城壁じょうへきもんの前に着くと、突然背後はいごで、声が上がった。


「2人の旅にさちあれ! 2人のねがいに成就じょうじゅあれ!」


 ひしめくすべての人が手を振ってくれていた。本当に最後の最後までお祭りだ。僕たちは手を振り返しながら、もんくぐった。


「びっくりしたろう?」


 そう話し掛けてきたのは、ここに来た時と同じ門番もんばんのおじさんだった。


「はい。ずっと、びっくりしっぱなしでしたよ」


 僕の言葉におじさんは愉快ゆかいそうに笑った。


「また、いつか来てくれよな」


「でもそのころには、お祭りが終わってるかもね」


 というミュートの言葉に、おじさんはにんまり笑った。


心配しんぱいいらないよ。お祭りが終わったって、ここの連中れんちゅう後夜祭こうやさいを始めるだろうから」


 違いないって僕も思った。

 おじさんとも手を振り合い、僕たちは荒野こうやへ踏み出した。


「もうお祭りはおなかいっぱいかも」


 少し歩いて、ミュートは笑いながら声を掛けてきた。


「そうだね」


つぎのお祭りは、結婚式けっこんしきでいいって感じ」


 ……結婚式けっこんしきがお祭りか、ミュートらしい。


「その時はサンデーにも招待状しょうたいじょう送るよ……」


「それは……」


「……くちびる封蝋ふうろう付けて」


「……それはやめて」


「ふふ、冗談じょうだんよ」


 荒野こうやえて、僕たちはおりの町のダリ君の家をたずねた。でもダリ君は家にいなかった。わりにダリ君のお母さんが出てくれて、少し立ち話をした。ダリ君のお母さんは、なんだか、前とくらべると少し顔色かおいろがいいみたいだった。


「ありがとうね。もしよかったら、また息子むすこあそんであげてね」


「は、はい」


 そう、返事へんじをするミュートは笑っていたけど、一粒ひとつぶだけなみだこぼした。

 わかぎわ、ダリ君のお母さんは、そでをまくって手を振ってくれた。そこには、琥珀色こはくいろのブレスレットが2つはめられていた。

 僕たちはおりの町を後にした。少し歩いて、僕はミュートに声を掛けた。


残念ざんねんだったね。ダリ君」


「ちょっと、言わないでよ」


「ん?」


 見ると、ミュートは涙目なみだめになっていた。泣くのを我慢がまんしているせいか、ものすごくけわしい目付きをしている。

 その時突然とつぜん綺麗きれい音色ねいろうしろから聞こえてきた。振り向くと、遠くに見えるおりの町の入口に、ダリ君が立っていた。この音色ねいろはダリ君が演奏えんそうしているものらしい。どうやらふえおとのようだ。


 ダリ君は演奏えんそう中断ちゅうだんし、大きく手を振ってくれた。ミュートは町に戻ろうと、一歩いっぽ踏み出した。すると、ダリ君はあしらうように腕を横にいだ。いいから行けってことらしい。ミュートは一瞬いっしゅんためらったけど、結局けっきょくは大きく手を振って、きびすかえした。ミュートは声こそ出さなかったけど、歩きながらボロボロ泣いていた。


 おそらくダリ君は湿しめっぽくなるのがいやで、どこかにかくれていたんだろう。多分たぶん、ダリ君も今頃いまごろ、泣いているんだろう。だって、こんなに演奏えんそう上手じょうずなのに、時々ときどき不自然ふしぜん演奏えんそう途切とぎれてしまうから。

 ふえはダリ君の姿が見えなくなっても、ずっと鳴っていた。音が聞こえなくなったのは、おととどかなくなったからだった。

 ミュートは、「あー泣いた泣いた、泣いたらスッキリしたわ」なんて言うそばからひとみに涙をめて泣き始める。


 僕は、こんなふうに気持ちよく泣けるなら、泣ける身体の方がいいなって思った。うらやましいっていうよりは、なんというか希望のある話だと僕は思った。ミュートと一緒にいると、いろいろなものを、取り戻さなきゃって気持ちにさせられる。こんな気持ちは初めてだった。ミュートと会う以前いぜんに会った人たちとの交流こうりゅうで感じたのは、うらやましいとか、なんで僕だけがって、そんな気持ちだった。


 でも、ミュートといるとそんな気持ちがやわらいでしまう。いつのにか、くらい気持ちが希望に変わっている。なんだか、ミュートに踊らされているみたいだ。たとえはすごく悪いかもしれないけど、僕に取ってミュートは、あの大松おおまつみたいなものだと思った。そばにいるとき動かされて、踊らずにはいられなくなる。でも、ミュートは小柄こがらころがるみたいに元気だから、松ぼっくりって感じかな?


 こんなことを口にしたら、ミュートは一発いっぱつで泣きやんでおこり出すだろうから、松ぼっくりって言葉はそっとむねにしまっておいた。

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