「よう、お二人さん。久し振りだな」


 もがく僕たちに声が掛けられる。聞き覚えのある、高くてりのある声。唯一ゆいつ動かせる頭を持ち上げると、目の前には団長が立っていた。近くに太鼓たいこもないのに、太くて長いバチを肩にかかげながら。


「昼間は俺を探してたんだって? 悪かったな。俺も生憎あいにくと忙しくてよ。おかげさまでな」


はなせ! はなせえ! はなして! 肩が外れる! 背骨が折れる! お尻がつぶれる!」


「うるせえ女だな! すずか、おめえは! だまらせろ!」


「むー! むー!」


 ミュートはかこいの1人に、手の平で口をふさがれてしまう。

 ダメだ……。動けない。手足すべてをおさえられてビクともしない。


「ミュート! ミュートをはなせ! どうしてこんなことするんですか!」


「……おいおい。そりゃあこっちのセリフさ。やってくれんじゃねえか? ええ?」


「え……!?」


「いい度胸どきょうしてるぜ。この町に喧嘩けんか売ろうなんてよ。俺たちはよお。祭りに水差みずさされんのが一番、ここにくんのよ」


 言って団長は自分のこめかみを、人差し指でコツコツと叩いた。


「だから……どういう……!」


「言ったろ? 危ないことははなから考えるなって? 逸物いちもつ持ってるとな、こうして、ついしちまうのよ。はっ、人様ひとさまの巣の中でよ、巣のかなめを切ろうとするなんざ、正気しょうき沙汰さたじゃねえぜ」


「僕たちはなにも!」


「タレコミがあったのよ。朝からの騒動そうどうはある観光者かんこうしゃたちの仕業しわざだってな。そして、そいつらは大松おおまつ爆破ばくはくわてる、爆弾魔ばくだんまだってな」


 爆弾魔ばくだんまって言葉でピンと来る。ダリ君だ。初めて会った時、ミュートの爆弾の魔石を見て、そう言っていたはずだ。


「何かの間違いです!」


 その時、ミュートのリュックの中身があらためられて、大量の爆弾の魔石があらわになった。


「しゃあしゃあと、のたまいやがるぜ」


 ダリ君は何がしたかったんだ? こんなことしても何の意味もないじゃないか。大松おおまつ余計よけいに人が集まるだけだ。大松おおまつを切ることなんか到底とうていできない。だからって、ただ僕たちを売るなんてことはしないと思う。それが目的なら、逃げてなんて、僕たちに言うはずがないんだから。第一だいいち、ダリ君がそんなことするとは思えない。


「どういう目にうかは、言ったよな?」


「話を……」


 いや、ダメだ。本当のことを話したら、ダリ君が殺される。でもこのままじゃあ、僕たちも……。ミュートと目が合う。なんとなく分かる。ミュートもダメだって言ってる。でもこのままじゃあ、殺されるのは時間の問題だ。なんでもいいから、時間をかせがなきゃ……! えっと、えっと……!


「……すす、すいません、明後日あさってに妹の結婚式があるんです、それにだけ出席しゅっせきさせてもらえませんか、必ず戻ってきぃ……!」


 僕の眼前がんぜん棍棒こんぼうみたいなバチが振り下ろされた。地面のレンガが端微塵ぱみじんになっていた……。


「たわけたことかすんじゃねえ、殺すぞ。まぁはなからそのつもりだがよお」


「サンデー大丈夫!」


 手を振りほどいたのかミュートが声を上げた。


「はは、おあついねえ。で、どうする?」


「え?」


「どっちからいくよ? ああ!? 大鐘おおがねか!? それとも小さな革張かわばり太鼓だいこか!?」


 団長は目を血走ちばしらせて、怒鳴どなった。それに続いて、かこいのやつらも、遠巻とおまきも怒号どごうを上げた。


「ぼ、僕からだ……!」


「サンデー!?」


「大丈夫、僕は少しだけかたいから」


「なに言って……!」


「気に入った! 男じゃねえか! お前らあ! 音頭おんどを取れや!」


 そして小気味こきみのいい手拍子てびょうしが始まった。タタン、タン! タタン、タン! タタン、タン! 手を叩く人の数が増え、音量も徐々じょじょに大きくなっていく。タタン、タン! タタン、タン! タタン、タン! 一糸いっしみだれぬ手拍子てびょうしに合わせ、団長はつま先で調子ちょうしを取る。タタン、タン! タタン、タン! タタン、タン! どのタイミングでなぐるか、僕にわざと教えるように、最後の一叩ひとたたきに力が込められる。タタン、タン! タタン、タン! タタン、タン!


「それじゃあ、いくぜえ! 覚悟を決めろ!」


「やめてー!」


 ミュートの悲鳴ひめいのようなさけび声が辺りをふるわせる。団長は両手でバチを持ち、ゆっくりと頭上ずじょうに振り上げた。それが丁度ちょうどうしろの大松おおまつと重なる。……今から殺されるってのに……僕はあの大松おおまつに殺されるんだ、なんて、そんなどうでもいいことが頭に浮かんだ。


「団長ーー!」


 バチが振り下ろされるというその瞬間しゅんかん、どこかから声が聞こえてきた。


「ああ!? んだよ、いったい!?」


 そう怒鳴どなり声を上げて、団長はバチのかまえをいた。人垣ひとがきが割れて、2人の男が入ってきた。その2人のあいだには、なんとダリ君がいて、2人に両腕を背中にひねり上げられていた。そして、そのまま僕たちの近くにれて来られ、地面にせられた。


「ダリ君!」


「しくじった……」


「ダリ、大丈夫!? 何かされてない!?」


「うん……大丈夫……くそっ」


「んだあ? このガキは? お前らグルか?」


「違うよ。この2人は関係ない。僕が1人でやったんだ。タレコミも僕だよ」


「このガキ、勝手かって火災かさいの知らせを出そうとしてやがったんですよ」


 ダリ君をおさえる男が言った。


半鐘はんしょうを? おいガキ、なんでかねなんか鳴らすんだ?」


「ダメ押しだよ」


「ああ?」


「そろそろだ」


「何言ってやがんだ?」


「この町の祭りが終わるんだ」


 そう言ってダリ君は、低く笑い始めた。


「何、笑ってやがんだ、てめえ。ガキだろうと容赦ようしゃしねえぞ」


「そんなに踊りたいなら! 僕が踊らせてやる!」


 団長はわった目でじっとダリ君を見たまま、口をぽかんと開けた、かと思うと、おもむろにバチを肩にかつぎ上げた。


めやがって、このガキがよ。そんなに死にてえか?」


「やめて!」


 ミュートのするどい声に続いて、すさまじい爆発音が辺り一帯いったいおそった。僕は最初、ミュートが何かしたんだと思った。でも違った、ミュートはせられたままだ。もう一度いちど爆発音が鳴り、今度は気付く、上からだ。また爆発。今度は爆発が見えた。はる上空じょうくうの、松の枝葉えだはあたりで、続けざまに何度も爆発が起こっていた。


 花火だ……! 花火を松の木にち込んだんだ……!

 ダリ君の仕業しわざだ。多分、ロウソクか何かを使って仕掛しかけをしたんだろう。

 爆発を受けても、松の木はビクともしないし、火が付くわけでもなかった。ただ、爆発のせいでおびただしい量の花粉かふんが飛び散っていた。まるで雨雲あまぐものように、空に広がっている。こまかい小枝こえださえもがちゅうっていた。


「やばいぞ……この量じゃ……」


 団長が唖然あぜんとした声で言った。普段ふだんの量で、あれなんだ。こんな量を、町の住人全員が一度いちどに吸ったら……大変なことになる……!

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