「ねえ、サンデー。起きてる?」


 夜中、ミュートに声を掛けられた。消灯しょうとうしてからかなり時間がっていた。


「うん。起きてるよ」


 僕は毛布もうふくるまってソファーで寝ていた。宿やどはどこもまっていて、2人部屋が取れなかったんだ。窓際まどぎわのベットに目を向けるとミュートは身体を起こして、窓の外をながめていた。窓の外は、ぼんやりとした赤い光でれていた。かすかにお囃子はやしの音が聞こえる。


「うるさくて、眠れない?」


「まぁね」


 とミュートは窓の外を見たままつぶいた。窓から見える大松おおまつは、近くで炎がかれているのか、赤くえていた。ここからだと上の方の葉っぱが見えないから、まるで大きなとうのように見えた。


「ダリ君が心配?」


 その問い掛けに、ミュートは反応をしめさなかった。しばらくって、ミュートはいきみたいな音をさせて、あさく息を吸い込んだ。


「あたし余計よけいなこと言っちゃったかな」


「そんなことないよ」


「あたしに、なにができるわけでもないのに」


 今度は僕が黙る番だった。言葉を探す。でも赤い光が邪魔じゃまをした。頭の奥がしびれる。どんな言葉を掛けてもミュートを傷付けるんじゃないかって思って、僕は何も言えなかった。僕は臆病者おくびょうもので、空っぽだ。意見も、強い気持ちも、誰かを強く思う気持ちもない。こうして一緒にいてくれてる人に、なぐさめの言葉すら掛けられない。本当に空っぽだ。


「ねぇ、ミュート?」


「なぁに」


「どうしてミュートは命に敏感びんかんなの?」


「誰だってそうだよ」


 それはそうかもしれない。でも団長やダリ君と命の議題ぎだいでやり取りするミュートは、いつもと様子が違ってた。ミュートは優しい人だけど、あんまり物事ものごとにこだわるタイプじゃないように思える。でも命のことになると豹変ひょうへんする。思えばミュートは、そよ風の町で、会ったばかりの僕をやけに心配してくれていた。僕に付いて来てくれているのも、そこらへんに理由があるのかもしれない。それにあんなに強い言葉は、何か自分の経験がなきゃ出せないんじゃないかと思う。


「ねぇサンデー」


「なに?」


「あんな木ない方がよかったのかな」


「それはそうだよ」


「じゃなくて最初から」


「最初から?」


「うん。そうだったなら。ダリは今頃いまごろ、パパとママと一緒に旅を続けてたのかな」


「そう、なのかな」


「でも、わりにこの町はなくなっちゃう」


「ん、……うん、そうだね」


「どっちが正解なのかな」


 めて泣くのをなぐさめた男の子。町まるごとの大勢の命。そんなの決められない。ミュートのはかりこわれちゃう。そう思った。


「分からない、でも」


「うん」


「眠って、朝になったら、思い付くかもしれない」


 ミュートはこちらに顔を向けて、微笑びしょうを浮かべた。


「そうかもね」


 何故か、ミュートの姿が、ダリ君とダブって見えたような気がした。



 翌朝、ミュートは昨夜の落ち込みが嘘だったように快活かいかつになっていた。少し空回からまわ気味ぎみだったけど、昨日よりはずっといい。

 朝食をませて、僕たちは団長のところに向かうことにした。まだ情報を教えてくれるとは思わないけど、ご機嫌伺きげんうかがいは大事だ。


 外に出るとやはり町は混雑こんざつしていた。でもなんだか昨日とは少し様子が違う。朝だからだろうか? どこか、にぎわっているのとは違う、あわただしさがあった。歌や楽器の音のわりに、人の呼ぶ声や話し声が目立めだつ。聞こえてくる話は、どこどこでトラブルがあったとか、何かがこわされたとか、そんな不穏ふおんな話ばかりだった。そこでふと気付く、大太鼓おおだいこの音が聞こえない。思い返せば宿やどを出てから一度も聞いていない。だからなのか踊り子たちの踊りも、昨日に比べるとどこか見劣みおとりした。団長に何かあったんだろうか。

 僕たちは団長のもとへといそいだ。


 町の中央の広場は昨日にくらべて人が少なく、事務所じむしょにも誰もいなかった。近くの人に団長の所在しょざいたずねると、トラブルの対応に出払ではらっているとのことだった。どんなトラブルか聞いてみると、それほど大規模だいきぼなものではないが、町の設備せつび主要しゅような部品がこわされたり、大事な祭具さいぐが盗まれたりと、厄介やっかいなトラブルが続出ぞくしゅつしているらしい。教えてくれた人にお礼を言い、僕たちは広場をあとにした。


 忙しくて話を聞いてはもらえないだろうと思いながらも、僕たちは団長を探すことにした。なんだか胸騒むなさわぎがする。町の人に、トラブルの起きている場所や団長を見掛けなかったか聞いてみたけど、情報が錯綜さくそうしていててにならない。だから僕たちは町を歩き回り探すことにした。そんなに大きな町じゃないのに、人が多いせいで、一区画ひとくかくを移動するのにも一苦労ひとくろうだ。れ聞く話ではトラブルはおさまるどころか、次々と増えているらしい。だからってどんなに気持ちをはやらせても、少しも前に進めない。人ごみにまれるうち、僕たちは疲れて、休憩きゅうけい余儀よぎなくされた。


 2人で建物の壁にもたれて、人心地付ひとごこちつく。少ししてミュートは僕に顔を向けた。焦燥しょうそうと疲れのためかミュートの表情はけわしかった。


「これって、ダリの仕業しわざなのかな?」


「どうだろ? これだけのこと1人でできるかな? それもつかまらずに」


事前じぜんに準備して、この人ごみなら……どうかしら?」


「んー、うん、路地裏ろじうらにもくわしそうだったしね」


「そうだね。……路地裏ろじうらも使ってみるかあ。馬にられるかもだけど」


「ちょっと気まずいよね……」


 路地裏ろじうらではたくさんのカップルがイチャイチャしてるから、足を踏み入れるのに少し躊躇ちゅうちょしてしまう。僕たちは恐る恐る路地裏ろじうらに足を踏み入れた。


 路地裏ろじうらには、いかがわしいそうな店や、危なそうなお店がいっぱい立ち並んでいた。それらを見るたびに僕はハラハラドキドキしてしまうけど、ミュートは特に気にめていないようだった。でも、ミュートはある店の前で足を止めた。一見いっけんしただけでは何の店だか分からなかったけど、小さな看板かんばんには、『安楽死あんらくし』と書かれていた。ミュートは何を言うでもなく、それをじっと見ていた。しばらくすると目を切り、歩き出した。何故だか、昨夜ゆうべのミュートの悲しそうな顔が頭をぎった。


 路地裏ろじうら駆使くしし、情報を集めたり、あちこち回ってみたけれど、結局、団長には会えなかった。多分、団長も方々ほうぼうを回っているんだろう。

 いつの間にか、日がかたむいて、太陽が赤くなり始めていた。路地裏ろじうらの中は薄暗うすぐらいから、時折ときおりし込む光が、やけにまぶしく感じる。


「おい!」


 突然、後ろから大声で声を掛けられる。振り向くと、路地ろじの入口に誰かが立っていた。太陽をにしているから、その姿ははっきりしなかった。こちらに投げ掛ける影と境目さかいめなくその場にたたずむ姿は、まるで影法師かげぼうし自立じりつしているようだった。その後ろでは道行く人々の影が、追い掛け合ったり、すれ違ったりを繰り返していた。その影たちと、影法師かげぼうしが重なるたびに、影法師かげぼうし輪郭りんかくがはっきりしていく。やがて真っ黒な影は、灰色の影に変わっていった。


「ダリ!」


 ミュートがさけぶ。


「聞いて!」


 ダリ君もさけんだ。


「日が落ちる前にこの町から離れて!」


「なに言って……!」


 ミュートはダリ君にけ寄ろうと一歩いっぽ踏み出す。


「来ないで!」


 ダリ君はさけびながら腕を激しく横にはらった。その迫力はくりょくにミュートは立ちすくんでしまう。


「朝からのあれは、君の仕業しわざなの!?」


「そうだよ! 今日で祭りを終わらせる! だから2人は逃げて!」


「ダメ! 絶対殺される!」


「殺されないよ! そのための陽動ようどうさ!」


「いいから、やめて!」


「今日の終わりに、この町の祭りを終わらせる」


出来できっこないよ!」


「僕はやるよ! もし、この町から出ていかなかったら! 後悔こうかいすることになるよ!」


「いいから、落ち着いて……!」


忠告ちゅうこくはしたよ!」


「どういうことよ!?」


「……話を聞いてくれて……、嬉しかったよ! さよなら!」


 そう言い残し、ダリ君は往来おうらいの影に消えていった。


「待って!」


 ミュートと僕はあわててあとを追う。だけど、人ごみのせいで、どちらに行ったのかすら分からなかった。それでもミュートは人ごみにろうとする。


「無理だよ。追い付けない」


「でも……!」


 ミュートはこちらに振り返り、強い目を向けた。だけどすぐに肩を落として目をせた。


「夜まで待とう。ダリ君を止めるんだ」


「いいの?」


「多分、止めたってミュートは1人でも行っちゃいそうだし。それに僕だって止めたいから」


「そっか。でも、後悔こうかいってなんだろ……?」


「分かんない。でも」


「でも?」


「行かなきゃもっと後悔こうかいしそうだ」


「うん!」


 僕たちはダリ君との邂逅かいこうあと宿やどごし夜を待った。そして、日をまたぐよりずっと前に宿やどを出て、大松おおまつのところに向かった。そと異様いように人通りが少なく、お囃子はやしもやんでいた。拍子抜ひょうしぬけするほどあっさりと、広場の近くまで来ることができた。


 僕たちはせま小径こみちけていた。ここを抜ければ広場だ。炎にらされた大松おおまつは、かたいはずの樹皮じゅひ生々なまなましくうごめかせ、炎そのもののようにらめいている。その気味きみの悪い光景と、何が起こるか分からない不安とで、地に足が付いていないような感覚になる。まるで空でも飛んでいるかのようだ。


 だけど、広場に着いた瞬間、僕たちはその場にせられて、嫌ってほど地面の感触をあじわうことになった。

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