花火が上がって祭りは一区切ひとくぎりかと思ったけど、そう甘くはなかった。休憩もなしに祭りは続けられた。町の人によると、夜も交代で眠りながら祭りを続けるらしい。1日も休まずどころじゃなく一時いっときも休まず続けているんだ。事務所への道も教えてもらい僕たちは歩を進めた。


「なんだか想像以上だね。特にこの辺りは」


「そうね。中に入り込むほどつまらなくなる。お祭りは、上辺うわべだけちょろっと見て回るのが一番楽しいのかも」


「確かに、そうかも」


 少し歩くとすぐに事務所は見付かった。テント構造こうぞうの大きな建物で、カラフルにいろどられていて物凄くけばけばしかった。

 声を掛けても反応がなかったので、僕たちは恐る恐る建物に入っていった。内装も外と同じでいろどり豊かだった。壁も天井も色がられ、床には綺麗きれい絨毯じゅうたんかれていた。天井からはいろんな色の布がぶら下げられている。でもそれだけで、かなりの広さがあるにもかかわらず、物はまったく置かれていなかった。人も、奥の壁際かべぎわに、1人いるだけのようだった。


「突然、お邪魔してすみません……」


 声を掛けながらその人に近付く内に気が付いた。大太鼓おおだいこを叩いてた人だ。絨毯じゅうたんに座って片膝を立てながら、煙草たばこを吸っていた。


「ん? ああ客人か? 珍しいな、こんなところまで来るなんて、普通はビビって逃げ帰るんだが」


 高くて張りのある声だった。

 大太鼓おおだいこの人は煙草たばこ一口ひとくちに吸って始末すると黄色い煙を吐き出し、立ち上がって背筋を伸ばした。


「ようこそいらっしゃい、お祭りの町へ」


 上半身は裸で刺青いれずみがびっしりとられていた。身に着ける腕輪うでわやピアス、首からぶら下げたネックレスは、青や緑の綺麗きれい鉱石こうせきでできていた。


「あ、ありがとうございます。それでその、団長さんに会いにきたんですが……」


「ああ、そりゃあ俺だな」


 なんとなくそんな気はしてた。なんというかこの人だけ、他の人とは明らかに雰囲気が違った。姿を見るだけで空気が変わるようで。目が合うだけで言うことを聞かなくちゃいけなくなるような、そんな気持ちにさせられる。


「おはつにおにかかります。この町の祭りを取り仕切っている団長こと、カシヤ・トーキングと申します。以後お見知みしりおきを」


 いきなりそうかしこまって挨拶あいさつをされて、僕たちはとっさに返事ができなかった。すると団長はこちらにあごをしゃくって「楽しんでるみたいだな」と言った。ミュートと顔を見合わせてそこで気付く。僕たちは手をつないだままだった。


「お熱いね」


 僕たちは慌てて手を離した。


「これは、違うんです、そういうのじゃないんです。そういう関係じゃないんです。信じてください!」


「ちょっと! いくらなんでも否定しすぎでしょ!」


「痛!」


 ミュートはかかとで思い切り、僕のつま先を踏み付けた。団長はそれを見てゲラゲラと笑った。一瞬、団長の声にじって、他の人の笑い声が聞こえたような気がして、ミュートを見るけど物凄い目で僕をにらんでいた……。


「はははは! 立ち話もなんだ、まあ座れよ。椅子いすの1つもなくて申し訳ないが」


 そう言って腰を下ろす団長に僕たちもならった。すると、すぐに団長は、ズボンのポケットから煙草たばことマッチを取り出して火を付けようとした。ミュートが両手を地面に付いて腰を浮かせるのを、団長は声でせいした。


「心配いらねえよ。少量じゃき目はねえからよ」


 その声を受けてミュートは座り直した。おしり一つ分くらい後退こうたいしたけど。

 ミュートをじっと見ながら、団長はマッチをって煙草たばこに火を付けた。ミュートも少し冷めた目で団長を見返していた。


「やっぱり、あの木からできてるんですね?」


 気まずい空気を何とかしようと僕はそう質問した。質問選びに失敗したと思ったけどあとの祭りだった。


「ああ、大松おおまつの葉でできてる。花粉かふんも混ぜ込んだ特別製さ」


 煙に目を細めながら、さもうまそうに煙草たばこを吸っている。


「松? それってホントですか?」


 ミュートの声には少しだけとげがあった。


「その前に、あんたらの名前を聞かせてもらえると嬉しいんだが」


「お邪魔しておきながら、名乗らせるばかりで名乗りもせずに申し訳ありません。私はミュート・フレイザーです」


 はきはきと丁寧に喋ってはいるけど……ものすごく態度が悪い感じだ……。というかミュートのファミリーネームは『フレイザー』っていうんだ。初めて知った。


「僕はサンデーっていいます」


「よろしく、お二人さん。で、松だったか? あれは正真正銘しょうしんしょうめいの松だよ。まあ見りゃわかると思うが、ただの松じゃねぇ。奇跡の大松おおまつさ」


「松があんなに大きくなります?」


 すかさずミュートが言った。


「奇跡だろ?」


「魔法では?」


「同じだろ?」


 それきりミュートは黙ってしまう。団長はゆっくりと煙草たばこかしている。


「あの、えっと……あ、そういえば、なんとお呼びしたらいいですか?」


「カシヤでも、トーキングでも好きに呼んだらいいさ」


「えと、じゃあカシヤさんで。それであの木の樹齢じゅれいってどれくらいなんですか?」


 普通はあんなに大きくならないそうだから、きっととんでもない年数を生きているんだろう。


「およそ二百年だ」


「え? 二千年じゃなくてですか?」


「二百年」


「……魔法じゃん」


 とミュートは一言、ぼそっと呟いた。


「あれ? 確かこの町の生誕祭せいたんさいって……」


「ああ、二百年続いてる」


「もしかして、なにか関係あるんですか? 町のこりのシンボルに松をえたとか」


「関係はおおありだが、ちょっと違うな。そもそもこの町は二百年以上続いてる」


「あれでも……」


「まあ聞け。今から二百年前、この町は貧困ひんこん飢餓きがほろび掛けちまったんだ。それ以上に長く続いた理不尽りふじんな不幸に、俺たちのご先祖様せんぞさまは気力もやる気もなくしちまって、だらけ切っちまったんだ。情けねぇぜ、自分の命がかってるってのにな。

 そんなご先祖様せんぞさまを救ってくれたのが、あの大松おおまつだ。あんたらも気付いているだろうが、あの大松おおまつには覚醒作用かくせいさようがある。特に花粉かふんにな。あれを吸い込めば、気力が芽生めばえるんだよ。疲れも、言い訳もすべて吹き飛ばしてくれるんだ。甘ったれた根性を叩きのめしてくれる。ほろび掛けた町が今じゃこんなにさかえてる。あの大松おおまつがこの町をよみがえらせてくれたんだ。あの大松おおまつと一緒に、この町はもう一度誕生たんじょうしたのさ」


「じゃあ、この町のお祭りは、松への感謝祭かんしゃさいでもあるんですね?」


「……まぁ、そういう側面そくめんもあるが、実際はそんな上等じょうとうなもんじゃねぇんだ」


「というと?」


産声うぶごえだよ」


産声うぶごえ?」


「ああ。おぎゃあと産まれて、俺たちはまだ泣きやめねえのよ。松にかれてあやされる赤ん坊なんだ。松の気持ちよさにおぼれて、いつまで経っても、1人で歩くことさえできねえ。世の中、魔石のおかげで豊かになったってのに、いつまでも大松おおまつにすがり付いたままだ。松を吸わなくてもやっていける。それよか魔石をもっと上手く使えば、この町は更に発展はってんするだろうに。

 ……勤勉きんべんさを与えてくれた大松おおまつも、今じゃすっかり怠惰たいだもとさ。便利すぎるものは、いつか心を堕落だらくさせちまうんだ。そして、それにすがり付いてちゃ尚更なおさらさ。それは魔石だって同じかもな。なんだってよ、そいつを利用してやろうって根性がなきゃあつかいきれねえのよ」


「そこまで分かってて」


 ミュートは急に団長の話をさえぎった。


「どうして、そうしないんです? この町には小さな子供だっているのに……」


「それがほいとできたら苦労はないさ」


「苦労?」


「ガキのおもちゃを無理に取り上げたらどうなる? それと同じさ。おもちゃはな、自分で卒業しなきゃなんねえのよ。この町全員を卒業させなきゃなんねえ。納得させなきゃいけねぇんだ。そのための祭りよ」


「どういうこと?」


「そういう取り決めなんだよ。この町の全員が納得できるような祭りをぶち上げられたら、大松おおまつから卒業するってな。それがこの町全員の悲願ひがんなんだ。二百年前から続くいのりだ。こんなんじゃいけねえ。終わらせなきゃいけねえ。そんなことは俺たちが一番分かってるさ。ずっと昔から、今の今まで、ずっとだ。だから俺たちは祭りを続けてきたんだ。いくら楽しいことでもな、ずっとは続けられねえ。永遠に遊べるおもちゃなんてこの世にはねえんだよ。使命しめいだ。義務ぎむだ。約束だ。自己嫌悪じこけんおだ。あきらめ切れねえ執念しゅうねんだ。死んでいった奴らの無念むねんだ。の感情やしがらみがなきゃ、人間てのは同じことをいつまでもやってらんねえのさ。

 俺たちは祭りを終わらせるために、お祭りをやってんだ。笑えるだろ? 馬鹿ばからしいと思うだろ? でもな、それに俺たちは命をけてんだよ。松の作用は活力かつりょくを与えてくれるが、その分寿命をけずる。生きいそがせるのさ。自分の限界だってえるからな、身体を酷使こくしして無理だってする。はいだって当然やられる。本当に命懸いのちがけだ。だが自分の命だ。どう使おうと勝手ってもんさ」


「い……命をけて当たり前なんて、そんなの間違ってる」


 低い声でミュートは言った。何故だかミュートはやけに団長にっ掛かる。ここへは喧嘩けんかをするためじゃなく情報を聞き出しに来たのに。何だかいつものミュートらしくない。でもそれだけ思うところがあるんだと思う。


「人の命はそんなに軽くない。それにひとりでに生まれたわけでもない。悲しむ人が絶対にいるはず。生きたくても生きられない人だっている。余命よめいを言い渡されてなげいてる人だっている。伝統でんとう未練みれんなんかより命はずっと重いはずよ。終わらせるのが目的なら、あんな木、切っちゃえばいい。大勢の命に比べたら、その方がずっといい」


 団長は怒って言い返すと思ったけど、ただ煙草たばこを深く一気いっきに吸って片付かたづけ、新しい煙草たばこに火を付けただけだった。だけど目を細めたのは煙のせいだけじゃないように感じた。団長は吸った煙をめ息と一緒に吐き出した。


大松おおまつをぶった切ってみろ、そしたらたちまち、この町の全員が狂っちまう。駄々だだをこねて泣き出しちまうよ。地面にひっくり返って手足をジタバタさせてな。だい大人おとながだぜ? そんなのまさに狂人きょうじんだろ? それこそ死人しにんがわんさか出る。幼心おさなごころ殺意さついを持った狂人きょうじんが暴れ回るんだ。もしお前らがそれをしたなら、その狂人きょうじん全員の殺意さついが、お前らに向けられるんだぜ?」


 団長の笑った顔が怖い。多分、僕たちが殺されるところを想像してるんだ。


「まあ、切ろうとしたところで無駄むださ。昔から何人もの偽善野郎ぎぜんやろうがこの町を救うだなんだと抜かして、大松おおまつを切ろうとしたがすべて無駄むだに終わったよ。そりゃあそうさ。焼け石に水だ。無駄むだ徒労とろうどころか、石は蒸気じょうきを上げていかり出しちまう。こっそりやろうと無駄むだだ。大松おおまつの周りには年中ねんじゅう人がいるんだからな。無駄むだなことは考えるだけ無駄むだだ。おんなじように、危ないことは考えるだけで危険だぜ? 変な気は起こさない方がいい。

 大松おおまつの近くにいる奴らは理性なんか飛んじまってる。不届ふとどものはすぐさま祭囃子まつりばやしまれちまう。いったい、今まで何人が、バチで袋叩ふくろだたきにあって、殺されたことか」


 そこで言葉を切って、団長は自分のひざを両手の人差し指で、太鼓たいこを打つようにリズミカルにたたいて見せた。


「もう半端はんぱじゃ終われねえんだ。半端はんぱな終わり方じゃダメなんだよ。最高じゃなきゃ終われねえ。これで満足だ、これ以上はねえってくらいの祭りをぶち上げてやらねえと、俺たちは止まれねえ。二百年も続く伝統でんとうを、ぶつ切りにしたってかまわねえって思えるもんをぶち上げて、初めて俺たちはひとちできるんだ。悲願ひがんだよ、それが。歴代団長の、この町全員の、死んでいったやつらのな」


 団長の目はぎらついていた。かれた目だ。祭りに、町に、大松おおまつに、そして死者に。冷静ながらも鬼気迫ききせまる様子の団長に、ミュートは気丈きじょうに言葉を返したけど、その声は少しだけ震えていた。


「それで? それが終わったらどうするの? 移住いじゅうでもするの?」


「はは。それも面白そうだが、こんな言い伝えがあるんだ。ぶち上げたあかしに、大松おおまつにしめなわを巻くと、花粉かふんがそれっきり出なくなるってな」


「そんな、おまじないじゃあるまいし……」


「お祭りみたいだろ?」


 団長の言葉を受けてミュートはうつむいてしまう。なんだか歯軋はぎしりが聞こえたような気がして僕はあわてて言葉をつないだ。


「終わらせられる見込みこみはありそうなんですか? 二百年やってもかなわなかったんですよね」


「希望がねえわけじゃねえさ」


「それは?」


「俺だよ」


「……え?」


「俺が希望の星なのさ」


「あーー」


「言葉を探さなくていい。ただの根性論こんじょうろんじゃなくてな、俺は特異体質とくいたいしつなんだよ」


特異体質とくいたいしつ?」


「俺の身体はバカなんだよ。松のどくに特別に強いらしいんだ。団長のにん激務げきむだしよ、松の花粉かふんを一番吸わなきゃなんねえ。みの人間なら2年とたずにくたばっちまう。だが俺はかれこれ8年つとめてる。二百年の歴史の中でこんなに同じ団長が続いたことはねえ。頭が変わりゃ士気しきも下がるし、あたまによってもやり方が違う。そのたびに俺たちはまごついて、たたらを踏んできた。だがここ最近は年々盛り上がって、今までにないくらい祭りが熱をびてる。俺のだいでけりを付けるつもりだ。俺がこの町の願いを成就じょうじゅさせる」


 僕は、この町のこともお祭りのこともよくは分からない。なのになぜか、この人ならやってみせるんじゃないかって思えた。根拠こんきょなんかない。この人の顔が、雰囲気が、かた口調くちょうが、そう感じさせるんだ。


「それで?」


 煙草たばこはさんだ指を向けられる。


「え?」


「聞きたいことは聞けたかな?」


「……は、はい。勉強になりました」


「そりゃ何より。あんたらは生粋きっすい観光客かんこうきゃくってことかな?」


 少しあって僕は思い出す。ここには情報収集をしに来たんだった。

 僕は魔女を探してること、ミュートはいなくなった恋人を探していること、僕の身体や記憶のこと、祭の町で魔女を見掛けたといううわさを頼りにここまで来たことを、僕は簡単に話した。


「ほう、それは難儀なんぎだな。自分探しに、恋人探し。今までなにか進展しんてんは?」


 進展しんてんかは分からないけど、僕はそよ風の町で黒鎧に忠告ちゅうこくを受けたことを話した。


おだやかじゃねえな。仮に、身体を元に戻せと言って、魔女さまががんとして首をたてに振らなかったら、そのときお前はどうするんだ?」


 正直、分からない。どんな経緯けいいでこうなったのかも分からないし、魔女がどんな人なのか分からないから。


「まあ、しかしよ、その忠告ちゅうこくを聞く気はねえんだろ? こうして旅をしてるくらいだからな。つまりお前らは魔女さまに盾突たてつこうってわけだろ?」


「僕はただ身体を戻してもらいたいだけで……!」


「……そうは言うがな、魔女さまの手下てした足蹴あしげにされたんだろう? この世に魔女さまほど気前きまえのいいやつはいねえと思うぜ? 魔法をひとめだってできただろうに、それを世界を豊かにするためにばらいたってんだろ? そんなお優しい魔女さまがよ、助けちゃくれねぇのには、なんか理由があるんじゃねぇか?

 奇跡の大松おおまつと、うそぶいちゃあいるが俺だって本気で信じてるわけじゃねえ。どんなに大きくなろうと、松の花粉かふんを吸ったところで、あんな効果が現れるわけがねえ。自然の仕業しわざじゃねえよ。魔女さまの仕業しわざだろうとは思う。それは町の連中も同じだろうな。つまりこの町の連中は魔女さまをこのましく思ってるわけさ。そうでなくてもこの世の大恩人だいおんじんだ。それにくらべ、お前らとは今日会ったばかりで、お人柄ひとがらもよくは知らねえわけよ。ほいと信用しろってのも無理な話だろ?」


「協力はできないということですか?」


「そうは言ってねえ。まずは仲良くすることから始めてみましょうってことさ」


「つまり、どうしたら……?」


「そう、せっつくなよ。こう見えて、俺は緊張きんちょうしいで、シャイなんだ」


「……」


「……まあ、話は分かった。今日のところは帰るんだな。今日はあんたらの歓迎かんげいのお祭りなんだ、今日くらいは祭りを楽しんだらいい。それが礼儀れいぎってもんさ。そうだろ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る