「ようこそ! 祭の町へ!」


 城壁じょうへきの大きな扉の前には、1人の門番もんばんが立っていた。門番もんばんというにはラフな格好かっこうで鎧も武器も身に着けていないようだった。門番もんばんのおじさんはお喋り好きなのか、僕たちは結構な時間世間話せけんばなしをしていたけど、そのあいだも音楽は一時ひとときも休まずに鳴っていた。その音楽もかなりの音量だから、世間話せけんばなしというには大きすぎる声で喋る必要があった。なんだか怒鳴どなり合っているみたいだなんて思って、少し可笑おかしかった。


 おじさんはこの町の名所や名物、直近ちょっきんの祭りの日程なんかを教えてくれた。それも面白可笑おもしろおかしく、本当に楽しそうに。なんだか聞いてるだけでわくわくしてくるほどだ。

 そして、いよいよ町に入ろうという時にこんなことを言われた。


「あ、そうそう、これが一番大事なんだけど……町にいる間中あいだじゅうは、このマスクを着けてもらいたいんだ」


 そう言っておじさんは、僕たちに分厚ぶあつくて大きなマスクを差し出した。


「え? 分かりました……でもどうして……」


 僕の質問にかぶせるようにおじさんは言った。


「まぁ、そういう決まりなんだよ。それさえ守ってくれたらいいからさ。あとは何したっていい。この町の連中はおおらかだから、大概たいがいのことは許してくれる。好き放題ほうだい楽しんではねを伸ばすといいよ」


「はぁ……いいんですかそれで……」


「ああ。マスクさえ外さなきゃね」


「……もし、外したらどうなるんですか?」


「そりゃあ、決まりをやぶったら、怒られちゃうよね」


「それだけですか?」


 おじさんは、気のいい笑顔を浮かべたまま数秒のあいだ沈黙すると、更に破顔はがんして返答した。


「……この町から出られなくなるかもね」


「それは、どういうことですか……」


「まぁまぁ、おいおい分かってくるさ。つまりだ、外すのはハメだけにしとけって話さ! なんつってな!」


 そう言っておじさんは馬鹿笑ばかわらいを上げ、それを終えると急に真剣な顔になった。これなら門番もんばんって感じがする。


「それじゃあマスクを着けてくれ」


「はーい。……。うわ……。これ結構苦しいね」


 ミュートは小顔だから、大きいマスクで顔のほとんどが隠れてしまっていた。


「すぐに慣れますよ。いやーおじょうさん、マスクが似合うねえ!」


「なんか嬉しくないんだけど……」


「はっはっはっは! さぁ、お兄さんもはやくはやく!」


 僕もマスクを着けた、外れないように頭の後ろでひもを固くむすんで。


「ぶぅっ!!」


 せっかくマスクを付けたばかりだってのに、ミュートは盛大せいだいに吹き出した。


「なんだよ」


「……ふっ……ごめん……鎧の上から着けるんだと思って……そうだよね……そうするしかないよね……ふっ……」


 …………僕はこの時初めてミュートにムカついてしまった。


「お兄さん? もしかしてふざけてる? ちゃんと着けてもらわないと……」


「心配要りません。ここさえふさげば中には何も入りませんから。完璧ですよ」


「ぶぅっ……は……ふぅ…………ぶぅっ!」


 ……まったく。


「……? まあいい、準備はオッケィだね? じゃあ始めるよ?」


「「始める? 何を?」」


 僕とミュートの声はきれいに重なった。


「何って、決まっているだろう?」


「「え?」」


「君たちの歓迎祭かんげいさいさ! ようこそ、祭の町へ!」


 おじさんはそう言って扉に掛けられていたかんぬきを外した。その瞬間、扉が勢いよく開き、音楽が一層いっそう大きく鳴り響いた。

 扉の向こうには大勢の人がいて、みんなこちらに笑顔を向けていた。僕たちが面食めんくらっていると、一瞬、音楽が止まり、すぐさまはじけるような声が上がった。


「ようこそ! 祝福しゅくふくの町へ! 素晴らしい新たな出会いに祝福しゅくふくを!」


 声の残響ざんきょうが収まるのを待つもなく、また音楽が鳴り出す。ふえやドラムやラッパが陽気に鳴り、ただの手拍子てびょうしの響きさえも陽気に感じた。


 演奏者えんそうしゃたちは兵隊のような恰好かっこうだけど、戦意なんてわずかばかりもないように夢中で演奏えんそうしていた。それに合わせて踊る踊り子たちは、綺麗きれいな服をはためかせ、髪を振りみだし、全身を躍動やくどうさせていた。歌い手たちは軽やかにのどを震わせて、小鳥のように美しく歌っている。それ以外の人たちも手拍子てびょうしをしながら身体をらして、リズムやメロディーに身をまかせていた。バラバラなはずのそれらは信じられないほど調和ちょうわしていた。まるで見えない指揮者しきしゃあやつられているみたいだ。


「さぁ、遠慮せずに楽しもう!」


 僕たちはその声にうながされるまま町に入った。町の中は人であふれていた。僕たちは人ごみに流されるように町の奥へと進んだ。町の空気に圧倒あっとうされて躊躇ちゅうちょするひまもない。


「ねぇ!」


 ミュートの声に振り向くと、ミュートはいつの間にか人ごみに押し戻されて、遠くに流されていた。すぐに人をき分けてミュートのところに向かう。


「なんて人!」


 ミュートはもがきながら叫んだ。普通だったら町中まちなかで大声を出せば白い目で見られるけど、この町じゃあ……「やってるねぇ!」「人ー!」なんて声が周りで上がって、たくさんの拳が天に伸びて、指笛ゆびぶえが鳴らされる始末。……この町の人、みんなノリが良すぎ! なんて呆気あっけに取られている内に、ミュートはまた流されそうになっていた。僕は慌てて手を伸ばした。


「つかまって!」


 ミュートの手を取って、はぐれないようにと手をつないだ。するとすぐさま周りから冷やかしの声が上がる。僕は恥ずかしくてたまらなかったけど、ミュートは平然としていて、「うわー、ノリいいねー」なんて呑気のんきに言っていた。


 取りあえず落ち着けるところを探そうと、僕たちは人ごみをき分けて進んだ。その最中さいちゅう、さっきのがよっぽど面白かったのか、ミュートは時たま「やー!」と周りの人たちに掛け声を送った。そのたび怒号どごうみたいな声が上がって、僕はいちいち驚かなくちゃいけなかった。どんなに楽しそうな声でも、これだけの人数と音量だと恐怖を感じるものだ。


 そして少しも経たない内に僕たちはさとった。この町には落ち着けるところはないってことを。

 だけどさいわい、お店の中はその限りではなかった。といってもお店は大繁盛だいはんじょうで、外に比べたらマシというほどだけど。


 僕たちは喫茶店きっさてん窓辺まどべの席に座っていた。窓から町の風景なんて見えず、見えるのは人ごみだけだった。お店の中はかなりうるさくて、内緒話でもないのに話すには顔を近付けなきゃいけない。店員さんが言うには、この喫茶店はこの町では一番落ち着いた雰囲気らしい。そんなバカなって言葉は窓を向いてみ込んだ。

 注文を取りに来てくれた店員さんに、僕は気になっていたことを聞いてみた。


「食事のときはマスクとってもいいですよね?」


 するとミュートは目配めくばせをしてきて、恥ずかしそうにしていた。当たり前のことを聞くなってことだろうか?

 店員さんは僕たちのやり取りに首をかしげながらも、にこやかに答えてくれた。


「はい。かまいませんよ」


 店員さんは両手で持っていたトレイを、スカートの前から顔の前に持っていき、それで口元を隠しながら目を細めた。

 僕は続けて質問をした。


「お店の中なら外しても大丈夫ってことですか?」


「ええ。屋内であれば、このお店でなくとも外されて大丈夫ですよ」


「その、つまり、外では外しちゃいけないと?」


 僕は横目でちらりと窓の外に目を向けた。マスクを着けている人は確かにいる。でもその数は本当に少なくて、ほとんどの人はマスクなんか着けていなかった。恰好かっこうからさっするに着けているのは観光者かんこうしゃばかりのようだ。


「はい」


「それって、何故なぜなんですか?」


 少しだけ店員さんの笑顔が固くなったような気がした。


「……段々と分かってきますよ」


「もしかして、毒ガスが町をおそうなんてことは……?」


 窓はすべてはめごろしだし、店の入口は扉が二重になっていた。そよ風の町での恐怖がよみがえる思いだったけど、それを吹き飛ばすように店員さんは快活かいかつに笑ってくれた。


「そんな、そよ風の町じゃあるまいし!」


「ですよねー」


「そんなことより注文どうされます? じゃんじゃんもりもり食べてください! 食べすぎは身体に毒なんていいますけど、食べないのも身体に毒ですからね! 世の中毒だらけですよ! 同じ毒なら食べすぎた方が絶対いいですよ!」


「確かに!」


 メニュー表から顔を上げて、いきなりミュートは叫んだ。真剣にメニュー表をにらんで話を聞いていないと思っていたから、僕は驚いた。


「おねえさんとは気が合いそう!」


「そんな気はしてました!」


 店員さんとミュートはしめし合わせていたみたいに、ハイタッチをした。程々ほどほどにしたらいいんじゃないかなって思うから、僕は気が合わないみたい。


「ねぇおねえさんオススメってなんかある? やっぱりコーヒーとか?」


「そーねー、コーヒーもいいけど、ハーブティーが美味しいよ。あとはね、サラダは絶対頼んだ方がいいよ」


「え、サラダ?」


 確かに僕も、そんなのオススメするかなって不思議に思った。


「ほら、ここって火山と割と近いじゃない? だから地熱で植物が育ちやすいのよ」


「なるほどねー。それじゃあ……あれ?」


 ミュートは突然、店内に目を向け顔を前に突き出して目を細めた。ミュートの見ている辺りを見てみるけど、特に異常も不思議なこともないようだった。どうしたんだろう?


「あれー? あそこの人、メニューにないもの食べてる。もしかして特別メニュー? なんか美味しそう。おねえさん。あれって頼める?」


 店員さんは振り返ることもしないで言った。


「あーあれですか、あれはこの町の人用なんですよ」


「町の人用……?」


「ええ。はい。この町では、住民の食事と、観光者かんこうしゃの食事は、別々なんですよ」

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