13

「早死にって、曖昧あいまいにもほどがあるわよねぇ」


 ミュートは歩きながら頭の後ろで手を組んでいた。その恰好かっこうのままミュートは視線を向けてきた。


「そう思わない?」


「まぁうわさだからね」


「半分になったわけよね」


「半分?」


「つまりさ、今までは失踪しっそう……といっても普通に考えたら殺されてるわよね? 命を奪われていたのが半分になって早死になったってことでしょ? 早死にってのがどれくらいなのか分からないけれどね」


「確かに考えようによっては……でも、つまりそれってどういうことになるんだろう?」


「どうにもならないよ、ただいい加減なうわさってだけじゃない? おじさんも本気にしてなかったしさ」


「確かに失踪しっそうの話の時に比べたらね。……でも若い人のうわさだってバカにできないかもしれないよ?」


「そう? ケーキじゃあるまいしさ、『はい、今度からは半分』なんてことできないよ。……あーケーキ食べたぁ……」


 そう言いながらミュートはお腹をくねらせた。

 変なダンス? を終えるとミュートは両手をいた。そしてまたそこらの小石を蹴ろうとするけど空振りに終わる。次にミュートは手頃てごろな小石を2つひろい上げた。


「見てなさい」


 ミュートは少し恥ずかしそうに言い、右手に小石を2つ握り込み、腕を大きく振り被ると、横に振り抜いた。2つの小石はまったく違う方向に飛んでいき、それぞれ違う木に命中し小気味こきみのいい音を立てた。それに驚いたのか何かのけものが大きな鳴き声を上げた。


「……すごいね、まるで手品みたい」


「ふふ、でしょ? 特訓とっくんの成果よ」


「……特訓とっくん……?」


「そんなことより、キレイなもんだね、道」


「ん? 確かに」


 風がやんだ後は、温泉までの道に、動物の屍骸しがいが転がっているから気を付けろと、おじさんから注意を受けていた。もう温泉に着くところだけど、それらしいものは見ていなかった。


「絶対転がってるみたいな口振くちぶりだったけど、どうしてだろ? 風向きの関係かな?」


「さぁ知んないよ。たまたまじゃない?」


「でもよかった。僕、なんだか地獄絵図じごくえずみたいなもの想像してたから……」


大袈裟おおげさすぎよ」


 ミュートはコロコロと笑っていた。けどそれを急に引っ込めてこんなことを言った。


「元から毒ガスなんかなかったりしてね」


「えっ……」


「なんてね。冗談よ。それよりほら、着いたよ」


 あかりにらされたこずえが風で大きく揺れて、まるでこちらに向けて手を振っているように見える。波立なみたつ温泉から次々と昇る湯気ゆげは、吹く風で山の方に運ばれていく。暖かい空気も流されているのか、間際まぎわに近付くまで熱を感じなかった。


「変な気……起こさないでよ」


「うん! もちろん!」


「なんでそんなに、元気に即答そくとうなのよ!」


 ……あの黒鎧みたいな目にうのはごめんだよ……。

 ミュートが温泉に入っている間、僕は壊れた小屋こや残骸ざんがいにもたれて座りながら、空をながめていた。


「ねえ、サンデー」


 思いのほか声が近くて、少し驚く。


「どうしたの?」


 何だか胸がドキドキしてしょうがなかった。さっきは、直接裸を見てしまっても平気だったのに、どうしてだろう? 今の僕には心臓だってないはずなのに。感覚だけは当たり前にあるから本当に厄介やっかいだ。


「明日の昼前にはこの町を出よう」


 押し殺したようなミュートの声は、ものすごく真剣だった。


「えっ……? そんなに早く? もしかして何か気になることでも……」


「この温泉、旅人には毒ねぇ。快適かいてきすぎて、骨抜きにされちゃいそぉ。早く出発しないと旅するのが嫌になっちゃうわぁ」


「あっそ」


「え?」


「あ、ごめん」


「びっくりしたぁ。いきなりなくなんないでよ」


「ごめん、ごめん。ところでさ、次の祭の町までは遠いの?」


「ううん、道はけわしいけど、そんなに遠くはないかなぁ」


「どんな町なの?」


「その名の通り、お祭りがさかんな町よ」


「ふーん、お祭りかぁ。やってるといいね、お祭り」


「ふふ、心配いらないわよ」


「ん?」


年中ねんじゅうお祭りしてるんだから」


年中ねんじゅうって……ずっとってこと?」


「そう、1日も休まずにね」


「なんかすごいね」


「でしょ?」


「そんなにたくさんいわうことあるかな?」


「なんでも、ずっと町の誕生をいわってるらしいよ」


「誕生って……えっそれ本当なの?」


「さぁ私も行くのは初めてだから、よく分かんないわよ。でも生誕祭せいたんさいだけではないらしいわね。誰かをたたえる祭りとか、収穫祭しゅうかくさいとか、いろいろあるらしい。そこじゃ個人の誕生日もお祭りでいわうらしいし」


「じゃあ、1日に何個もお祭りがあったりするんだ……」


「そう。つまりそこでは生誕祭せいたんさいをやってるのが日常なわけね」


生誕祭せいたんさいって何年くらい続いてるの?」


「何年なんてもんじゃないわよ。二百年前からやってるって話よ」


「二百年!? 二百年ってあの二百年?」


「どの二百年よ……そうよ二百年」


「なんだか、行きたくなくなってきたなぁ」


「どうしてよ。いいところらしいわよ。食べ物はおいしいらしいし、美男美女びなんびじょがいっぱいで、活気にあふれて、優しい人ばかりなんだって。なによりも、そこの空気はものすごく、おいしいんだって。……あぁ、出店が楽しみー」


 やっぱり一番はそこなんだ……。


「でも、そんな楽園みたいなところホントにあるのかなぁ」


「夢がないわねぇ」


「だけど、空気がおいしいのはいいね。ここはずっと風が吹いてて息をしてる気がしないから」


「はは、そうかも。多すぎてもダメなんだね」


「何ごとも、ほどほどが一番だよ」


「そんなこと言ってると、早死に、するかもよ」


「や、やめてよ……」


「ははは、冗談よ。……さて、そろそろ上がろうかな。話しすぎちゃった。のぼせちゃいそう……」


「だ、大丈夫?」


「ヘーキヘーキ。……こっち来たら、早死に、だからね」


「分かってるよ……」


 ミュートの支度したくが終わって、僕たちは来た道を引き返した。来た時とは反対に、今度は向かい風だ。


「あー、風が気持ちー」


 ミュートは両手を広げて風を受けていた。おじさんに準備してもらった服の長いそでが、パタパタと音を立てながらはためいていた。


「これはいいね。このために風が吹いてるっていってもいいね!」


 ミュートは見てるこっちが楽しくなるくらい、無邪気むじゃきに笑っていた。


「サンデーもそう思わない?」


 笑い掛けるミュートの髪はいつもよりさらさらで、こんなに暗いのに輝いているように感じた。


「うん、そうだね」


 僕は温泉に入っていないからその気持ちよさは分からなかったけど、なぜだかそう返事していた。



 翌朝、僕たちはミュートが言ったように昼前、というよりまだ朝の早い内に町を出た。


「よかったら、またいらしてください。いつでもお待ちしておりますよ」


 こんなに早く出発するのに驚きながらも、おじさんはにこやかに見送ってくれた。思えばおじさんは、僕がずっと鎧姿なのに理由をたずねるでもなく嫌な顔もしないでくれた。商売だからといえばそれまでだけど、僕に取ってはとてもありがたいことだった。年を取ってもうろくしてるように振舞ふるまっているけれど、実際には好奇心こうきしんかたまりみたいな人なんだって僕は知ってる。


「はい。いつか必ず」


 いつか、身体を取り戻して、今度はちゃんと温泉に入って、おじさん自慢じまんのクッキーをごちそうにならなくちゃ。


「おじさん、いろいろありがとね!」


 大きく手を振るミュートにこたえて、おじさんはれながらもひかえめに手を振り返してくれた。

 まだ人気ひとけのない町を風が吹き抜けていく。この町に来た時から思ってたけど、そよ風というには、この風は強すぎる。でも向かい風は自分の脚で歩いているって気がして、そんなに悪くないなって思う。

 町を出ると風はより一層いっそう強さを増した。それも横からの風だから、歩くのも一苦労だ。


「んなー! 飛ばされるー!」


「楽しそうだね」


「んなわけないでしょ! 場所変わって!」


「はいはい」


 僕を風よけにしてミュートは少し落ち着いた。


「あれ見て」


 ミュートは風の吹く方に向かって指を差した。見ると遠くの森の中に、大きなお城が建っていた。城はただ大きいだけじゃなくて、横に広がっていた。おそらく元からあったお城を増築ぞうちくしたのか、いびつな形をしていた。


「あの城から風が出てるのね」


 城から町に掛けて、森がげて土がむき出しになっていた。植物の種が根付ねづくのを風が許さないんだろう。お城には無数に穴が開いていて、そこから筒状つつじょうのものが伸びていた。多分、あれから風を送り出しているんだ。


「なんか不気味だね。海賊船みたい」


「んん? まぁ見えなくもないわね。ふふ、森に浮かぶ船? 素敵じゃん。この風さえなければね! ちょっと、歩幅ほはば合わせてよ!」


「ごめんごめん。どうしよう、一応いちおう、あのお城も調べてみる?」


「……。いいえ。やめときましょ。風が止まったのが、もしあいつの仕業しわざなら手掛かりなんて残していかないでしょうし。それより急いで祭の町を目指した方がいいと思う」


「そっか。そうだね。付いてくるなって言ってたし。寄り道はあいつの思うつぼかもね」


「逆のことしてやりましょ」


「また、あいつ来るかな……」


「まぁ、来るでしょうね。ふふふ……」


「な、なんで嬉しそうなの?」


「そんなわけないでしょ。来たら今度こそ爆発させてやるわ」


「なんか秘策ひさくでもあるの?」


「さて、どうかしらね……ふふ……」


 温泉に入ったからだろうけどミュートの顔はやけにつやつやしてて、そんな顔で復讐心ふくしゅうしんに燃える姿は、さっぱりしてるやら、迫力があるやらで、何だかおもしろかった。

 そうこうしている内に風の流れから抜けたのか、風は次第に弱まっていった。ただそれだけで、町を後にしたという感覚が強く胸に立ち上ってきた。振り向けばすぐそこで町は風に吹かれているのに。


 いなくなってしまった人たちはどこに行ってしまったんだろう。なぎあとの風があまりに気持ちよくて、どこか遠くへ行きたくなってしまったのだろうか。そうじゃないなら、ただ風にさらわれてしまったのか。そのすべてをながめてきたであろう火山は、何処吹どこふく風というように、ただ黙ってそびえ立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る