10

「お待たせ致しました」


 僕たちは話に夢中だったせいか、おじさんが近付いてくるのに気付かず、その声に驚き身をすくませた。


「これは失礼致しました。驚かせてしまいましたか」


「いえ、それよりありがとうございます。こんなにしてもらっちゃって」


 そう言ってミュートはお茶の香りが広がるように笑顔を咲かせた。


「いいのですよ。ですが残念ながらクッキーはこれが最後です。……それにしても鳴りやみませんね」


 お茶とクッキーを少し味わうと、ミュートはさっそく話の続きをおじさんにせがんだ。


「ああ……そうでした、話の途中でしたな。それでどこまで話しましたでしょう?」 


「えぇと、魔女が王様に捕まってしまって……というところです。魔女が何故捕まってしまったのか、理由を知っているような話しぶりだったと思います」


「ああ、そうでしたね。ですが理由などではなく、もっと漠然ばくぜんとしたものです」


「それはなんですか?」


「魔女は自分の姿を変えられないのではないかと思うのです」


「姿を変えられない? 魔法が使えるのに?」


「はい」


「どうしてそう思うんですか?」


「姿を変えられるのであれば、捕らえられることなどないはずですから」


「そんなの何か理由があったんじゃ……だって魔女ですよ? 姿の一つも変えられないなんて」


「昔から、このように魔女が危険な目にう話は多くあります。なにせ昔話ですからな、面白おかしく誇張こちょうされているのでしょうが……しかし魔女は私どもが思うほどには……」


「万能じゃない?」


「はい。少なくとも姿は変えられないのではないかと思うのです」


「じゃあ、あたしたちが会ったのはなんだったんです?」


「分かりません。ただ明らかなのは、言い伝えの中の魔女は年若い少女の姿でしか語られないということです」


「確かにそうですね。可憐かれんな少女だ、美少女だってよくいいますよね。……眉唾まゆつばですけど」


「いろいろと異名いみょうはありますね。例えば、宝石の少女」


「純白の悪魔」


硝子がらすの乙女」


白鬼しろおに


「小さな英雄」


女狐めぎつね


「おじょうさんは魔女がお嫌いですかな?」


「いえ、何とも思いません。おじさんは魔女のファン?」


「ファン? そうといえばそうかもしれません。今の便利な生活を思えば、魔女のことをこのましく思わないものはいないでしょう。この町も魔女の魔法のおかげり立っているようなものですし」


「というと?」


「もしかして風ですか?」


 思い付きを思わず口に出してしまう。


「ええ、その通りです」


「なるほどね。でもまぁ、そうよね。こんなことできるのは魔女しかいないもん」


「でも、あいつ……風を操っていたよね」


「何者なのかしら」


「ああ、こんな話もありますよ。魔女には使い魔がいると」


 魔女の話をするおじさんは楽しげで、やっぱり魔女のファンっていうのは間違いじゃなさそうだ。


「カラスの姿だという話や、コウモリだという話もあります。……なんでもその使い魔は人の言葉を操るのだとか」


「人の言葉もなにも、思いっ切り人でしたよ?」


 黒鎧のことを思い出しているのか、ミュートの口調は何処どことなく憎々にくにくしげだった。


「まぁ、私も、人の姿の使い魔なんて話は、聞いたことがないですが、……あるいは……」


 そこでまた、おじさんは勿体もったいぶりわずかに微笑ほほえんだ。


「あるいは?」


「中身は空っぽだったのかも」


 ……空っぽ……?


「えっ、それって……?」


「……もし動物に人の心を与えられるなら、……物に魂を吹き込めても不思議ではないでしょう?」


「いくら魔女でも、そんな、命を……魂を生み出すなんて、出来っこないですよ」


「分かりませんよ? なんといっても魔女ですから」


「さっき言ってたじゃない、魔女はそんなに万能じゃないって。命をつくり出せるなら、なんだって……!」


 ミュートは声を僅かにあらげ、うわずらせた。


「落ち着いてください。これはただの想像に過ぎないのですから」


「……す、すいません」


「いえ。……まぁ、そんなことができるなら神も同じですからな」


「ですよね、ありえません」


「しかし」とふくみのある声で切り出したおじさんは、お得意の勿体もったいぶりもなく、なんでもないようにこう続けた。


出来損できそこないの魂なら作り出せるかもしれませんよ」

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