黒鎧が飛び去ってから、僕たちは町に急いだ。その前に、ミュートに事情を説明するのに手間取てまどって、僕は気が気じゃなかった。


「ミュート、聞いて!」


「ちょっと、こっち向かないで!」


「ああ! ごめん!」


「それより! 服取ってきて!」


「服? どこにあるの?」


「どこって小屋が……」


 小屋は倒壊とうかいして僅かに煙を上げていた。多分、服は駄目になっているだろう。


「あたしの服……」


「それより」


「それより……? 今、それよりって言った?」


「あーーごめん! でも聞いて! このかねの音は、風がやむ合図あいずなんだ」


「風がやむ? それがなに?」


「ずっと吹いてたあの風は、火山から降りてくる毒ガスを防いでくれていたんだよ」


「毒ガス? まさかー」


「本当なんだよ!」


「……なんでそんな大事なこと、町の入口とかに書いてってないのよ!」


「僕に言われても!」


「宿屋のあのおじさんも人が悪すぎ」


「あのおじさんは悪くない」


「ん? まぁとにかく、リュックからなんか出して」


「なんか?」


「隠せるならなんでもいいから」


「わかった。……うわ、爆弾の魔石ありすぎじゃ……」


「うるさいなー、早くしてよ。うーさむさむ、さむーい」


「ごめんごめん。あっこれなんかどう?」


 リュックの底には、きれいに折り畳まれた服が上下そろって入っていた。


「ん? ああ、それでいいよ」


 顔をそむけながら服を手渡すと、すぐに「もういいよ」という声が返ってきた。振り返って目を向けると、ミュートの姿はまるで子供が大人の服を着ているみたいだった。ミュートが着るにはサイズが大きすぎる。男物の服だろうか?


「なにその目? これはこういうファッションなんだからね? 別に買ったのを後悔とかしてないから!」


「知らないよ!」


 そんなこんなで時間を食ってしまったから、僕たちは大急ぎで宿屋を目指して走った。別に競争ってわけじゃないのに、何故か自然とそうなってしまう。負けた方は、毒ガスに呑まれて死んでしまうのが確定しているみたいに、僕たちは必死にデットヒートを繰り広げた。


 形振なりふり構わず走っている間、強く意識にあったのは無風だということだった。向かい風じゃなきゃいけないはずなのに、なんの抵抗も感じない。今は急いでいるから、前からの風なんてない方がいいのだけれど、今は、静かななぎとうるさいかね無性むしょうに不気味に感じた。


 頼むから追い風だけは吹いてくれるなよ……。そう願いながら走っていると町のあかりが見えてきた。レースの勝者はミュートのようだ。僕は中身が空っぽだから見た目の割りに軽くて、走るのも結構速いのだけど、ミュートはそれよりずっと速かった。だるだるの服を着て走りにくいはずなのに。物を投げる様子も人間離れしていたし、身体のバネが強いのかな? ねっ返りも強い感じだし……。


「なんか分からないけど頭にきた」


「気のせい、気のせい」


「んん? それより宿屋に入っちゃえば安全なのね」


「うん!」


 やがて宿屋が見えて来る。前を走るミュートはますます加速する。

 ミュートは宿屋の裏口の前で急停止すると扉に手を掛けた。でも、扉にはかぎが掛かっているみたいだった。


「すいません! 開けてください!」


 僕だって死にたくない。だから宿屋のおじさんをせかかそうと、ミュートが両手で激しく扉を叩くのを止めるつもりはない。だけど調子を取っているのは何故だろう……。


 ズンドコ、ズンドコ、ズンズンズン、ズンドコズンドコ、ドン、ドン、ドン!


 これはミュートの魂の叫び……? ふざけているのかと思って、ミュートの顔を見てみたけど、真剣そのものだった。ミュートは真剣にズンドコしていた……。


「もしかしてあたしたち見捨てられた!? あの、ク……!!」


 ミュートがなにかを口走ろうとしたその時、扉の向こうから声が聞こえてきた。


「……はいはい、ただいま開けます」


 かぎの開く音がして扉が開いた。

「ああ、よかった。今か今かとお待ちしておりました」と言って、おじさんはミュートを見て、次に僕を見た。横目でミュートを見ると「ほんとかぁ?」って声が聞こえるようなすごい顔をしていた。


「ささ、早く中へ」


「ありがとうございます。助かりました。それから……」


「はい? どうされました」


 扉を閉め施錠せじょうしながら、宿屋のおじさんは僕に目を向けた。


「あの、実は謝らなきゃいけないことがあって、温泉の小屋なんですが……」


 そう僕が口にすると、それをさえぎるようにミュートは「ちょっと待って」と言った。てっきり誤魔化ごまかすのかと思ったけど、ミュートは正直に事の顛末てんまつを話し、おじさんに謝った。


「そのようなことが……災難さいなんでしたな」


「本当にごめんなさい。弁償べんしょうは必ず……」


「いえ、いいのですよ。元々、近い内に建て直さなくてはと思っていましたし」


「だけど!」


「いいんです。……その代わりといってはなんですが……」


「え?」


「一つお願いを聞いてくださいませんか?」


「な、なんです?」


 ミュートは何故か自分の身体をいてわずかに身を引いた。ミュートだって仮にも女の子だから、なんとなく気持ちは分かるけど、うーん……、さすがにこれは失礼……。


「なに、大したことじゃありません」


「やっぱり、弁償べんしょうを……」


「今からお茶をれるのですが、お付き合いいただけませんか? よければお2人ともご一緒に」


「え? お茶……? それはええ、ぜひ、でも、そんなことでいいんですか?」


「ええ。……こんな風にかねの鳴る夜は、事務所に1人でもっているのが空恐そらおそろしくてたまらないんです」

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