7
僕は
宿屋を飛び出してから
「温泉の場所を教えてください!」
「この建物の裏手の道を進むとそこが温泉です。一本道ですから迷うことはないはずです」
「毒ガスはどれくらいで町に到達するんですか?」
「およそ1時間です」
「温泉までの時間は?」
「10分も掛からないはずです」
温泉がすぐ近くなのが
「それで、どこに避難したらいいんですか?」
「ああ、ええと、この町の建物はすべて、風を通さないように造られています。ですからここへ戻って来てくだされば大丈夫です」
「ありがとう! じゃ、行ってくる!」
「申し訳ありません……。よろしくお願いします……!」
そうして宿屋を出てからそろそろ10分くらい経つはずだけど、
「ミュート! ミュート! 大変なんだ!」
「大変なのはお前だ!! 食らえ!!」
ミュートの
辺りを見渡すと、ミュートは温泉のほとりでこちらに背を向けて何かをしていた。
「この岩でいいかな」
「やめて! ホントにごめん! だけど話を聞いて!」
「このヘンタイ!」
「それなら大丈夫、
「そういう問題じゃ、ない!」
「ごめん!」
その時、突然突風が吹いて、
「ヘンタイ! スケベ! いったい何したの!?」
「い、いや、僕は何も……」
「ねぇ」
「えっ?」
「見た……?」
「え? ええぇーと…………見てない見てない」
「絶対見たでしょその反応は!」
「だ、大丈夫、後ろ半分だから」
「そういう問題じゃ、ない!!」
その時、雷が落ちた。
ミュートの怒りの雷とかじゃなくて、本当の雷が。
温泉のそばに生えていた大きな木に落ちたようで、その木は真っ二つに割れて燃えていた。
「ビックリしたぁ、今度はなによ……」
ミュートは口すれすれまで温泉に浸かり、両手で頭を抱えていた。そして、そのままの格好で、僕を物凄い目付きで
「いや、本当に僕じゃないよ! こんなの魔石を使ったって、ここまでの……」
僕は必死になって疑いを晴らそうとしたけど、ミュート怖いくらい
「そいつがやったわけじゃないのは本当だ」
突然、知らない誰かの声が聞こえた。声のした方から金属の
森の奥から姿を現したそいつは、頭の
「今のは俺がやったんだからな」
「助かったよ……って、えっ?」
今のを……?
「あんた」
「なんだ?」
「失礼でしょ。いきなり、女の子の入浴中にさ」
そう言うとミュートは立ち上がり、両方の握り拳を腰の横に当てて、身体を少し前に
ていうか、さっきはあんなに恥ずかしがって怒ってたのに……。黒鎧にもろに裸を見られていると思うんだけど……。
「ははっ。すまねぇな。猿かと思ってよ」
ミュートはしばらく何も言わずに固まっていたけど、突然、「は」とやけに冷たい声で呟き、黒鎧に一歩踏み出した。
「おっと、動くな」
黒鎧は槍を空に向かって
それでもミュートは構わず歩みを進める。多分、怒りで我を忘れてるんだ。あんなのに
「動くなって」
黒鎧は槍の先を温泉に
「や、やめろ!」
「ああ、やらねぇよ。動かなけりゃな、そっちのお
「ねぇ、知ってる?」
ミュートは立ち止まり、慌てる様子もなく冷たい声で言った。首を
「は? いいから俺の話を……」
「お猿さんはね、動物の中じゃ珍しく物を投げられるの。でもね、下から
「それが……?」
「だからあ! こんな風に上から投げられるのは人間だけってこと!」
ミュートは勢いよく右手を振り被り、黒鎧に向かって何かを投げた。それは黒鎧の肩の辺りに命中した。石の破片が飛び散り、粉まで舞っている。あまりの威力のためか、黒鎧は半回転しながら地面に膝を突いた。
「嘘だろ……! 雷使いのこの俺が……目で追えねえだと……? ……なんだ、この女!? ……こんな……」
「サンデー、剣を
「えっ!」
「はやく!」
「うん!」
剣を渡すとミュートはそれをいつかのように、黒鎧に向かってぶん投げた。だけど黒鎧はそれを槍で受け流す。多分、剣は重いから速度が落ちるんだろう。ミュートはその隙に温泉から上がって、
「食らえ! 爆弾の魔石!」
「嘘だろ! こいつ!」
黒鎧は槍を持つのとは反対の手を胸の前に構えた。すると突然、突風が起こった。と思ったのも
ミュートはすぐに頭を切り替えて、黒鎧の僅かに手前の地面に魔石を投げ付けた。
大きな爆発が起こり
「やった! 人を猿
「ははは。やっぱり、猿じゃねぇかよ」
と声が上から聞こえてきた。
上から……?
突風が上から吹き下ろし、
「まったく……、俺は別にお前らに危害を加えに来たわけじゃねぇってのによ」
「嘘吐き! 先に手を出したのはあんたでしょ!」
「ミュート、多分、記憶違いだよ……!」
「うるさい、ヘンタイはむっつりしてろ!」
「むっつり……」
「はははは。まぁ聞けよ。話というよりかは忠告だな」
「あんたの話なんか聞きたくないわ!」
「聞か猿だってか?」
「は」
またミュートは固まる。ミュートが動き出す前に、黒鎧は風を更に強めた。僕たちは吹き飛ばされないように、その場に踏み
「魔女を追うのはやめておけ」
「うるさい!」
ミュートは
「それはどうして?」
僕は
「無駄だからさ」
「うるさい、うるさい! 大きなお世話よ!」
もうミュートは本当に怒りで我を忘れてるみたいだ。これは僕に対しての忠告なのに。
「魔女を知ってるの?」
「知らない奴なんていないさ」
「そういう話じゃなくて。知り合いなの?」
「だから、言ってるだろう? 魔女を追うなって。それは知るなってことと同じさ」
「僕はどうしても魔女に会わなきゃいけないんだ」
「忠告はしたぞ?」
「ありがとう。でも僕は聞か猿だから」
「は」
隣から冷気を感じたような……。
「はははは! そうかよ! どうなっても知らねぇぞ! 今度はカエルに変えられちまうかもなぁ」
「今度は? いま、今度はって言った?」
「爆弾の魔石!」
ミュートは大きく振り被って、それをあろうことか僕に向かって投げ付けようとした。
「ストップ! ストップ! 投げる相手が違うよ!」
「いや、合ってる」
「謝るから!!」
「なぁにが反省よ!?」
「言ってないよ!?」
「……騒がしい奴らだな。まぁいい、確かに忠告はしたからな? 忠告を聞くなら、さようならだ。聞かないなら、覚悟しておけよ!」
黒鎧は風を出していた腕を引っ込めると、山の方へと飛び去ろうとした。
「待って! まだ話は……!」
「待てコラァ! まだ落とし前が!」
黒鎧は、僕たちの呼び掛けに振り返った。
「てかよ、お前ら大事なこと、忘れてねぇか?」
「だから、落とし前だ!」
「聞こえてねぇわけはねぇだろう? このうるせぇ鐘の音がよ」
「……た、た、大変だ……!」
「な、なんのこと? これって
「……ある意味そうかも」
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