「ミュート、起きて。ねぇ」


「……あと、少しだけ……」


「……さっきから、5回目だよ」


「……うーん」


「朝だよ」


「……いや、まだ暗いじゃん……うーん」


前には出るんだよね?」


「んん? あっ!」


 ミュートは勢いよく寝袋のまま立ち上がった。


「なんで起こしてくれないのよ!」


 ミュートは前のめりになり、バランスを崩してそのまま前につんのめった。


「あっ! と! とっと!」


 僕はミュートに駆け寄って受け止めた。


「だっ、大丈夫?」


「うん、ヘーキ、ありがと」


 ミュートは上目遣いで照れた表情を浮かべた。

 それから僕たちは早朝の冷たい空気の中を歩いた。一応、道にはなっているけど、獣道けものみちだから足元はれていて、僕たちは自然と口数が減って、やがて無言になった。だけど太陽が昇って、僕たちに口火を切らせてくれた。


「おー、キレー」


「ホントだね」


「ね!」


 ミュートは笑いながら僕に顔を向けた。右耳で揺れるイヤリングの赤い宝石に、太陽の光が通って、すごく綺麗だった。


まぶし! もう、場所、交換!」


「はいはい。そういえば、そよ風の町ってどんなところなの?」


「そうだなぁー、温泉が有名かなぁ」


「温泉?」


「ええ。火山のふもとの町だから」


「ああ、それでこんなに道がけわしいんだね」


「でも旅人には本当にありがたいよ」


「……温泉かぁ。僕は入れないしなぁ」


「ああ、そうね……。あとはその名の通り、いつも風が吹いてる」


ふもとだもんね。やっぱり多いんだね」


「多いんじゃなくて、『いつも』なんだってさ」


「いつも? ずっとってこと?」


「えぇ、それも山に向かって吹いてるんだって」


「え、普通、逆だよね?」


「まぁ、だから魔石のせいか……そうじゃないなら……ねぇ?」


「魔女? じゃあ、なにか手掛かりが見付かるかも」


「そのために来たんじゃないの?」


「ううん。そよ風の町の先の、祭の町に向かってたんだよ」


「そうなんだ。でもどうして?」


「噂を聞いたんだ、そこで魔女を見掛けた人がいるって」


「ホントかなぁー? まぁでも私もそっちの方向に行くから、丁度よかった」


「そうなんだ」


「よろしくね、用心棒さん?」


「うん……よろしく」


 それから僕たちは切り立った崖のそばを進み、鬱蒼うっそうとした森を抜けて、川があれば浅い所を探して越えて、そよ風の町を目指した。

 町に近付くに連れて、サクサク進めるようになったのは、はやる気持ちのせいだったのか、それとも単純に追い風だったからだろうか。

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