「やっぱりそうだよね。こんなことできるのは魔女しかいない」


 僕は自分の身体に目を落とした。


「もしそうなら、僕は魔女に歯向かったってことになる」


「どうして?」


「だってさ、好きでこんな姿になるわけないしね」


「うーん、まぁ、そうよね」


「だから本当の僕は案外、危険な奴だったのかも」


「サンデーが? あはは! イメージかないなぁ」


「この鎧や剣だって物々しいし」


「ん? ていうかなんで剣にくさりなんか巻いてるの?」


「ああこれ? 人なんか斬りたくないから抜けないようにしてるんだ」


 くさりを巻き過ぎてるせいでつばの辺りがふくらんでいる。


「だからあの時、さやから抜かずに使ってたのね。うーん、危険ねぇ……ますます、そんな風には思えないけどなぁ」


「だといいんだけどね。僕は、自分が誰なのか知りたいんだ」


「それで魔女を探していると」


「そういうこと」


「やっぱりその姿は不便なもの?」


 顔を上げるとミュートは真っ直ぐこちらを見ていた。大きな石に座って、頬を両手でおおって、両肘を両膝に乗せている。


「不便だって思うことも、それはあるよ。でもそれより……」


「それより?」


「人と違うのは何だか嫌だし、つまんないよ」


「そっか」


 ミュートはすごく悲しそうな目をしていた。僕は何だかその目が嫌で、明るく言った。


「この身体、普通に痛いし」


「痛いんだ、鎧なのに!」


「だから裸みたいなもんなんだよ」


「ヘンタイ!」


「動けば、疲れるし。眠くなるし」


「疲れんのかい! そこは普通、鎧なんだから無尽蔵むじんぞうのスタミナでしょ!」


「魔石しか食べられないし、雨の日はびるのが怖くて出歩けないし」


「いいとこなー!」


「あ、でも、うんちやおしっこは出ない」


「あ、それは便利。ていうかこれからご飯なんだからやめてよ!」


「ごめん……」


「いいけど。じゃあ、はいこれ、食料の魔石。ご飯にしましょ」


「助かるよ、ありがとう。それじゃあ、ありがたく、いただきます」


「私も食べよ。もーお腹ぺこぺ……」


 僕はさっそく顔のバイザーを開けて、食料の魔石を放り込んだ。カランコロンと軽い音が鳴る。


「ふぅー、うまいなぁ」


 カランコロン。カランコロン。

 ふと顔を上げるとミュートがじっと僕を見ていた。


「な、なに?」


「い、いや。なんでもない」


 と言いながらもミュートは、僕が魔石を食べる度に目を丸くしていた。

 ミュートは小柄な割りに大飯食らいのようで、僕の気のせいかも分からないけど、シルエットが少し変わっているような気がした。


「うー、苦しー」


「大丈夫?」


「平気平気、いつものことだから」


「いつも? これが!?」


「ちょっと、なによ! レディーに向かって!」


「えぇー?」


「えぇじゃない!」


「どうしてそんなに食べるの?」


「だって食べるのが好きだからぁー! ていうか大声でなに言わせんの?」


「言ったのは君だよ……?」


「うるさい。だってさ、あたしたちっていつ死ぬか分かんないじゃん?」


「話が飛んだね」


「飛んでないよ。……仮にさ、私が普通の人の半分しか生きられないとしたら、人の2倍食べても大丈夫ってことじゃない?」


「なんかおかしくないかなぁ? 半分しか生きられないなら半分だけ食べたらいいんじゃないかなぁ」


「もー、いいの! 好きなことなんだから!」


 ミュートは自分のお腹をくようにしてさすっていた。


「で、ミュートは?」


「うー?」


「ミュートはどうして旅なんかしてるの?」


「えっ? うーんほら。あたしって一杯食べるから……ダイエットみたいな?」


「あ、そうなんだ」


 だからこんなに食料を持って旅してるわけだ。


「冗談に決まってんでしょー!」


「冗談?」


「なに真に受けてんのよ……」


「ごめんなさい」


「真剣に謝らないでー! ……いなくなった恋人を探してるのよ」


「恋人? ああ、だから、やけ……」


「違う! ……これはただたんに私のお腹がエリートだからよ!」


 エ、エリートって……。


「なによ」


「いやなんでもない。で、どんな人なの?」


「どうして?」


「ほら、旅をしてたら、どこかでまたミュートに会うかもしれないし。情報を交換できるかなって」


「ああ、なるほどね。うーん……自分のことしか考えてない……サイテーなやつよ。無鉄砲むてっぽうで。私に断りもなく、勝手にどっか行っちゃうし……」


「それは大変だ」


「うん。ホントにね。魔石投げ付けてやらないと気がすまない!」


 ミュートの目は焚火たきびよりもギラギラしていた。いったい、なんの魔石を投げ付けるつもりなんだろう……?


「そんな話はいいから、早く寝よ。日の出前には出発するからね。野宿のじゅくは応えるからさ」


 そう言うとミュートは、リュックから寝袋を取り出して、さっさと寝てしまった。

 僕は毛布にくるまり夜空を見上げた。


 みんな、僕の姿を見ると怖がるし、鎧を脱がないでいるのは失礼だって怒る。だからこんな風に人と喋るのは久し振りだった。いや、初めてかもしれない。1年ぐらい前に、僕は突然目覚めて、それからずっと旅をしてる。思い返せば、やっぱり初めてだ。なのに懐かしく感じるのはなんでだろう? 人間だった頃は、僕も誰かとこうやって、仲良く話していたんだろうか。

 周りの木々のこずえ、それに夜空さえもが、焚火たきびに合わせて揺れていた。

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