魔女。

 この世界で知らない人はおそらく1人もいないだろう。

 この世でただ1人の魔法使い。

 魔石は本当に便利だけど、魔女の魔法に比べたら本当に些細ささいなものだ。

 魔石は大きな施設と魔女の術式さえあれば、誰でも作れる。


 およそ二百年前まで、この世に魔石なんてものは存在しなかった。魔女は突如とつじょとして、その技術を世に広めた。だから魔女は少なくとも二百年以上は生きていることになる。

 この世界を変えた偉人といっていいだろう。この世にあだなしたこともなく、ただ世の中をより良く革新かくしんした。英雄といって差し支えない。まさにみんなの恩人だ。この世に、魔石の恩恵おんけいを受けていないものはいないのだから。


 魔石の仕組みは簡単だ。

 魔女の操る魔法、『時間停止』と『結晶化』を同時に対象に掛ける。すると対象は宝石に姿を変える。そして、その宝石は強い衝撃しょうげきを与えられると元の姿に戻る。

 人間は、様々なものを、いろんな目的で、宝石に変えてきた。

 例えば、食べ物を腐らせずに保存するため。重い物を軽くして運搬うんぱんするため。邪魔なものを小さくするため。現象げんしょうを利用するため。武器にするため。そんな便利な魔石でも、命をとどめて置くことはできないというのが通説つうせつだ。


 魔法といってもそれはただの術式で、魔法には遠くおよばない簡易的かんいてきなもの。本来ならそれすらも、僕たちただの人間が操れるようなものじゃない。実際、『時間停止』、『結晶化』、それぞれ単体では行えない。いくら試してみても掛かるきざしすらないらしい。

 なら、どうして魔石は成功するのかと言えば、ひとえに『時間停止』と『結晶化』の相性の良さのためだ。

 対象の時間を止めるからこそ結晶化しやすくなり、対象を結晶化するからこそ時間を止めることができる。


 たけど、命は複雑すぎて魔石に変えることができない。いや、できるにはできる。宝石に変えることだけは可能だ。元の姿に戻るとその対象は死んでいるけれど。

 それに大きすぎるものは魔石にできない。

 精々10メートル立方が限界だろう。それだけの容量の魔石製造機を作るにも、途轍とてつもなく大きな工場が必要で、莫大ばくだいな資金と土地が必要になる。


 魔石の登場により世界は一変いっぺんした。

 食べ物に困ることがなくなり、疫病えきびょうも少なくなり、戦争がなくなった。

 人は一気に増え、大きな町も増えていき、人は余裕を得て、文化を手にした。

 そんな誰もが知る魔女だけれど、誰もその所在しょざいを知らない。

 生きているのかさえ、実際のところは分からない。そんなだからいろんな噂が出回っている。ある人は、すでに魔女狩りにあって殺されていると言うし、またある人は、魔石の術式は魔女の命と連動していて、魔石を使えていることこそが魔女の生きている証だと言う。だけれど本当のところは、やはり誰にも分からない。

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