第3話
情けなくて恥ずかしくて死にたくなります。オネショに続いてオモラシなんて、要するに私は自分で対処できない問題に直面し誰かに助けて欲しくて、おしっこを垂れて泣いた、そういう幼児みたいな反応を自分がしたのだと少し冷静になってくると理解できて、恥ずかしくて恥ずかしくて…ああ…もう死にたい……甘ったれた私は……幼児……そういえば…私には反抗期が無かったって…反抗期にお母さんの癌がわかって反抗なんてしてられなかった……だから私は心が子供のまま……身体だけ成長した……大きな赤ちゃん……いやよ、そんなの……ちゃんと大人にならないと、お母さんが心配する、お父さんにも心配かけたくない、ここで早退したら早退理由も父に連絡されるかもしれない……6時間目、ちゃんと出よう。
「ぐすっ…」
私は涙を拭いて保健室から借りた体操服姿で6時間目を途中から出席しました。また誰かが、いえ、みんながクスクス笑っている気がしますけれど耐えます。放課後になって私は人目を避けるように一旦、女子トイレの個室にこもりました。個室に入ると女子たちが私のおもらしをバカにしている噂話が耳に入ってきて、つらいけれど周囲の解釈は男子たちに囲まれてトイレへ行けなかったから、というもので真相である私の甘ったれた精神のなせる業だとは悟られずに済んでいたみたいです。少し勇気づけられますし私の立場が加害者の親戚から、イジメの被害者に移行したようです。外が静かになったので廊下へ出ました。もう多くの生徒たちは帰宅か、部活へ向かっていて、私は図書委員として図書室に入りました。
「あ、詩音先輩」
「智也くん、遅くなって、ごめんなさい」
同じ図書委員で一つ年下の彼がどういう反応をしてくるか、むしろクラス全体の反応より不安です。世間で話題の犯罪者の親戚、そして高校生なのにオモラシした先輩、彼の反応次第で私は本気で死にたくなりそうです。
「大変だったみたいっすね」
「……はい…」
「詩音先輩、大丈夫?」
「うん」
心から安堵します。智也くんはクラスの男子たちのように私を責めたりしない、むしろ心配してくれて涙が出ました。
「詩音先輩…クラスで、ひどい目に遭ったそうで…」
「…ぐすっ…どういう話を聴いていますか?」
私の問いに智也くんは怒りで拳を握って言います。
「大勢でよってたかって詩音先輩をイジメたって。髪を引っ張ったり、トイレに行かせなかったりそのせいで漏らしたって」
「……」
おもらしの件はできれば知らないでいてほしかったし髪を引っ張られた件は捏造ですよ、いったいどこで噂ができるのやら。
「オレ、明日から詩音先輩のクラスに休み時間、必ず行く」
「智也くん…」
とても嬉しいです。こんなに嬉しく感じたことはないくらいに。学校中が日本中が敵に回っても智也くんが味方してくれるなら、私は十分です。図書委員の仕事を通じて仲良くなった智也くんからは好意を感じますし好意を抱いてます。
「ありがとう」
海外で育った私に身に付いた習慣なのでしょうね、こんなときに握手を求めます。本当はハグしたかったのですけれど、さすがに図書室には5人くらい他の生徒も居ますから自重しました。でも握手した後、ずっと机の下で手をつないで過ごしました。まだはっきりと好きだとも好きですとも、言われてもないし言ってもいませんが、はっきり感じます。だから図書室の閉館時刻になって扉の鍵を内側から閉めるとキスをしました。
「好きだ、詩音先輩」
「ありがとう、先に言ってくれて。私も好きです。智也、もう先輩は要りません。呼び捨てにして」
「わかった、詩音」
三回目のキスをすると、私は気持ちが高ぶって抱きつきました。キスを繰り返しながら衣服を乱し合った後、いよいよになって智也が戸惑いました。
「オレ、急にこういうことになると思ってなくてコンドームとか持ってない。詩音は?」
「私もです」
「……」
「無くてもいいです。いえ、いっそ妊娠したら産みます」
「詩音、本気かよ?!」
「はい。だってどんなに遺族が願っても加害者が反省しても、亡くなった人は帰ってきません。母もあの母娘も。でも新しい命を産むことはできます。二人が死んだのなら三人を産めばいい。日本神話にもあります。日に千人が死ぬのなら日に千五百人を産もう。私は海外育ちのおかげでキリスト教にも接しましたが、彼らの言う復活の概念には馴染みません。むしろ日本風な思想が好きです。もしかしたら生まれ変わっていくかもしれない。そういう淡い期待と生死観、神道と仏教の習合、不確かさの受容による涅槃の境地」
言いながら私は智也へ身体を重ねました。
「それは、そうだけど……現実問題、詩音が妊娠したら……学校は? 大学受験は? 成績トップなのに」
「日本はストレートな入学にこだわりますが、海外では子育てが終わってからの大学受験も多いです。母を早くに亡くしたせいかもしれませんが、今、早く産みたいという気分です」
「……」
「お願いです、智也、私を大人の女性にしてください」
「わかった、詩音」
男らしく決断してくれた智也は、とても素敵に見えました。
加害者の親戚です。 鷹月のり子 @hinatutakao
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