第54話

 基本的信頼感、なんて言葉がある。


 幼少期に、親から受ける無償の愛によって、無条件に「自分は生きていていいんだ」と考えることだそうだ。


 どうやら、俺はその信頼感とやらが薄いらしい……



 俺の両親は留守がちだった。


 共働きで、俺が小さい時から滅多に家に帰ってこなかった。


 と、小学校中学年までは思ってた。高学年になった時、それが全くの間違いであったことを知る。


 父親は外で女を作って、母親も外で男を作って、それで二人とも滅多に家には帰ってこなかった。ただ、それだけだった。



 そんなわけで、寂しかった俺は女子と遊ぶことにしました。通称、蛙の子は蛙。


 最初は男友達と遊んでたが、中学に上がってからはほとんど女子と遊んでいた。


 それは高校大学と上がっても変わらず、そうしていく中で、俺は伊織に出会った……



 出会った時はなー、あんな奴とは思わなかったんだよなー。


 普段はいい奴なのに、キレたらマジでヤバい。実際、俺は殺されたわけだしな。


 何度も別れようとは思ったんだが、思っただけで言いはしなかった。



 だって、見た目が超好みなんだもの! 性格のアレな部分が帳消しになるくらいの美人だしな!


 それに免じて、アレな部分には目を瞑ってきたが、




「はぁ~~……」


 自然とため息が漏れてしまう。



 目の前に、瓦礫の山がある。


 そして……



「ほらほら、どうしました。全然攻撃が当たっていませんよ」


「このぉ! 逃げるな卑怯者っ!!」


 上空で繰り広げられているのは、いつかと同じ、やべー奴らの戦い。



 発端は何だったかな……駄目だ、思い出せん。つーか、正直分からん。


 轟音がして飛び起きたら屋敷は崩れ落ち、二人の女が戦っていて、屋敷はあっという間に瓦礫の山に変わった。



「おいプロ助! 一体何があったんだよ!?」


「は? 何だ?」


 問いかけると、プロ助はキョトンとした顔で……何か食ってる。


「……何食ってんだお前?」


「朝食。あの二人が作ってる途中で急に喧嘩始めたんだ。メニューのことで。出来てたものは私が貰った。もったいないから」


 相変わらず自由な奴だ。



「だから何度も言っているではありませんか。ユウ様にはお好きなものを召し上がって頂くべきです」


「それだと栄養が偏っちゃうでしょ? バランスを考えなくっちゃ」


「ユウ様を思うなら、お好きなものを召し上がって頂くべきです」


「本当にゆーくんを思うなら、しっかり健康のことを考えてメニューを決めるべきだと思うな」


 空中でバトル漫画みたいなキレッキレの動きで戦う二人。


 それとは対照的に、会話の内容は実に牧歌的である。



「あの二人、何かお前のオカンみたいだな」


「ん……」


 何気ない調子のプロ助の言葉。


 だが俺は言葉に詰まった。



 母親か……


 手料理を作ってもらった記憶は……無いな。


 朝食には、いつも菓子パンが置いてあった。昼食と夕食には、小遣いを渡される。


 文句を言われることを煩わしいと感じたのか、十分な金額は置いてあったが……


 父親に至っては俺に関心を示した記憶すらない。



 あの人たち、俺が死んで悲しんだかな?


 葬式やらなにやら面倒ごとを増やして、くらいにしか考えてなさそうだな~……



「ゆう? どうしたんだ?」


 ちょっとボーッとしていたらしい。珍しく、プロ助が少し心配そうな顔をしてる。


 ひょっとしたら、今の俺は深刻な顔になっているのかもな。


 努めて平静に何でもないと答えたとき、



「ユウ様!」「ゆーくんっ!」


 エマと伊織が、俺の両側から抱き着いてきた。



「ユウ様、ユウ様はお好きなものを食べたいですよね?」


「うぅん、好きなものだけじゃなくて、栄養のあるものも食べたいよね? お食事はバランスが重要だもん」


「あ、ああ。そうだなぁ……」


 さて、どう答えたもんかな。


 二人の機嫌を損ねないように答えねば……



「あむあむ、んむ……っ」



 と、俺たちの視線は同じ個所……空気を読まずに一人食事をするプロ助へ。



「何をしているんですか貴女は? それは私がユウ様の為に作ったものですよ……」


「いででででででっ!? い、いちいち手首を捻じらないでくれぇ!!」


「大丈夫だよプロ助ちゃん。ゆーくんには私が作ったご飯を食べてもらうんだから、好きなだけ食べてね」


「そ、そんなに口に詰め込まれても……むぐっ!? ちょ、ちょっと待っ……い、息ができな……ッ!」


 ……うーん、相変わらずのリアクション芸人っぷりだ。楽しそうだなあ。



 いや……ホント、


 子供のころは、自分がこんなに賑やかな生活を送ることになるとは思ってなかった。


 もっと平和に暮らしたいと思いはするが……



「ユウ様。ユウ様は私の言うことを聞いて下さいますよね? 貴方のことを一番考えている私の言葉なのですから」


「うぅん。ゆーくんは私の言うことを聞いてくれるよね? だって、ゆーくんのことを一番考えて大切に思ってるのは私なんだもん」


 俺の両側から抱き着いて、答えられないことを訊いてくる二人のヤンデレ。


 勘弁してくれというのも本音だが、



 今の生活も、悪くはないとも思う。……昔よりはな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヤンデレ彼女に刺し殺されたので異世界で素朴な彼女を作ろうとしたけど、ここでもヤンデレに愛されて命が危ないです タイロク @tairoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画