第53話
アーディの料理がマズ過ぎる所為で、エマが記憶喪失になった。
記憶を失ったエマは俺のことまで忘れてしまったようで、別にフラれたわけではないが、王宮に帰ると言い出した。
別にフラれたわけではないが、俺に取っていた態度を、今はアーディに取っている。
別にフラれたわけではないが! 俺の手を振り払ってアーディと共に去って行った。
別にフラれたわけではないが!! 納得がいかない俺は……いや、単純にエマが心配な俺は、純粋な正義感から、エマの記憶を取り戻させることを誓ったのだった。
したのだが……
「記憶って、どうやったら戻るんだ?」
そもそもの問題にぶち当たり、伊織とプロ助と共に会議を開いていた。
「刺激でも与えればいいんじゃないか? 頭殴ったりして」
コイツは本当に女神なのか? 役に立ちそうもないから無視でいいや。
「またアーデルハイトさんのお料理を食べてもらうっていうのは?」
伊織の案は一つの方法ではあるが……より状況が悪化する可能性もあるしな。
だが衝撃を与えるっていうのはいい手かもしれない。
エマに大きな衝撃を与える、それも記憶が戻るくらいの衝撃で、事態が悪化しなさそうな方法……
あっ。
一つ思い浮かんだことがあった。
これなら、エマの記憶を元に戻せるかもしれない……
「なあ、本当にやるつもりなのか?」
「当たり前だろ? ここまで来て何言ってるんだ」
「何もクソも、おまえが転移してくれって言うからさせてやったんだろ」
呆れたように言うプロ助。
俺たちはお互いに声を潜めていた。その理由は簡単で、今王宮に忍び込んでいるから。
「でも、本当にそんなことで記憶が戻るのか?」
懐疑的なプロ助に、俺は勿論と力強く頷く。
「エマは俺に惚れてるからな。だから俺が誰かといちゃついているところを見せれば嫉妬で記憶が戻るはずだ!」
すると、何故かプロ助の目はどんどん覚めていく。
「……おまえ、言ってて恥ずかしくないのか?」
「何でだよ! ナイスアイデアだろっ!?」
「もし戻らなかったら死ぬほど恥ずかしくなりそうだな」
「何としても戻してみせるぞ。フラれ……いや、フラれたわけじゃないが、このまま引き下がるのは俺のプロジゴロのプライドに関わる!」
「捨てちまえそんなもん!」
そんな会話をしていると、部屋に目的の人物が入ってきた。
エマ……ではなく、アーディだ。
「ふふっ。エル~」
鼻歌交じりに、何やら皇女様はご満悦のようだ。
「まさか、またエルとこんなに仲良くなれるなんて思わなかったわ。ふふふふっ」
どうやら仲のいい姉妹になれた(戻れた?)ことが嬉しいらしい。
が! 悪いな、俺の虚栄心の為、生贄になってもらおうか!
「アーディ!」
物陰から飛び出すと、アーディは体を大きく震わせ、驚いた顔で俺を見た。
「あ、貴方、ここで何をしているの!? いえ、それよりもどうやって……」
「愛してるよ、アーディ」
「はっ?」
目をパチクリさせているが……ここはこのまま攻めよう。
俺はアーディの手を取り、もう片方の手で顎を持ち上を向かせる。
プロ助に合図を出す。
すると、奴は面倒くさそうにしながらも転移魔法を使い、
「きゃっ!?」
普段からは信じられない程にかわいらしい悲鳴と共に、エマが連れてこられた。
「一体何が……お姉様? どうしてお姉様が……あ、あなたっ!」
俺を見たエマの顔色が変わったようだった。
だがこれからだ! アーディといちゃつくことで、エマを嫉妬させて記憶を戻してやるぜ!
「何をしているんですか!? お姉様から離れなさいっ! だ、誰か――」
マズい、人を呼ぶ気か! こうならさっさとやらねぇと……
「離れ離れになって、ようやく分かったんだ。自分の本当の気持ちが。アーデルハイト、僕は君が……」
「離れなさいと……」
おっ。
エマの雰囲気が変わった。ふふん、俺の目論見通り、やはり嫉妬で戻ったようだ。
「言っているでしょう!」
エマはいつものように、手首を捻じり上げた。
……俺の。
「いででででででででででででぇっ!?」
痛い痛い! マジで痛いこれヤバいこれ折れるこれ!
あ、あれあれ!? おかしいな!? 思ってた反応と違うぞ! いや合ってはいるんだが、手首を捻じり上げられるのは俺じゃなくアーディのはずだったのに!
「あ、あら? 何だか懐かしい感覚……ユウ様っ!?」
驚いた声が聞こえた途端、掴まれていた手が自由になる。
「も、申し訳ありません! 私としたことが、なんて粗相を!」
「い、いや、いいんだよ。気にしないでくれ……」
言いつつ、自分の手首を確認する。
よかった折れてない。とりあえず一安心だが、
「エマ。記憶が戻ったんだね」
「戻る? ……そういえば、私、どうしてこんなところに? ここは確か、王宮のお姉様のお部屋のはず……」
「エマはアーディのクソまず料理のせいで記憶を失ってしまったんだよ」
「……ああ、思い出しましたわ! 間違えてお姉様のゲテモノ料理を食べてしまったんでした!」
「そうだよ。でもよかった、元に戻ってくれて」
「はい。もう大丈夫。いつも通り、貴方のエマですわ……ふふ、ふふふふふふっ」
「ど、どうしたんだい?」
突然の不敵な笑みに、背中を嫌な汗が一筋流れる。
「私、嬉しいのです。ユウ様が、私の為にここまでして下さるなんて。流石は私の伴侶。愛していますユウ様。一生お傍に置いて下さい。大丈夫、もし貴方が記憶を失ったり、どこかへ行ってしまっても、必ず私が探し出して見せますわ……ふふふふふふふふふふっ」
ウットリとした表情で、エマが俺に抱き着いてくる。
「そ、そうか……」
藪蛇だったか? と思わないでもないが、
無事、俺のプライドは守られた。ああ、よかった。安心しつつ、俺はエマを抱きしめ返したのだった――
ちなみに、
「す、好き……? あれ? 好きって? ゆーって……?」
アーディは記憶喪失になり、
「……なんかどっと疲れた」
プロ助は大きくため息をついていた。
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