悪いな魔王、貴様には死んでもらわない!!

ちびまるフォイ

今の生活がずっと続けばいい

「くらえ魔王!! 勇者スラーーーーッシュ!!」


「しまっ……グアアアアーーーッ!!」


不意をつかれた魔王ははじめての致命傷を受ける。

がくりと崩れ落ちて自分の死期を悟った。


「見事だ……勇者よ。だが、これで終わるわけではない。

 この世界にはまだ私の魔のものがいる……そして、貴様をいつか必ず……」


「回復っ」


「ん?」


勇者はいまにも死にそうな魔王の傷を癒やしてしまった。

あまりに突然なことで魔王のリアクションも薄い。


「貴様、私に情けをかけたつもりか?

 たとえ敵であれ命を奪うのはポリシーではないとか、

 生きて罪を償うとかそういう感じのことか?」


「ちょっと回復しすぎたかな、えいっ」


勇者はちょっと回復した魔王をふたたび斬り払った。もうサイコパス。


「痛い! なんなんだよ!! さっきからなんなんだよ!

 回復したりダメージ与えたり! どうしたいんだよ!」


「魔王。俺は気づいたんだ……」

「は?」


「この旅の終わりになにもないことを……」


「んんっ?」


魔王は勇者に反撃できないほど弱っているが、意味不明な勇者の行動に興味を惹かれていた。


「ここまでたどり着くまでの旅はめっちゃ楽しかった。

 町にいけばちやほやされて、歓迎されて、激励される。

 仲間にはいつもリーダーと慕われていい気分だったんだ」


「お、おい……」


「魔王を倒して世界を平和にしてその後はどうなるんだ。

 数日ちやほやされたらもうみんな平和ボケで俺のことなんか忘れてしまう」


勇者はぐっと悲しみを堪えて叫んだ。


「俺は!! 平和になった世界よりも、冒険続けられる今のほうがいい!!」


「あーー! お前、ラスボス前でゲームやめちゃうタイプのやつだな!」


「お前を倒した先の未来なんているか!

 俺はこのまま永遠と冒険を続けられるほうがいい!」


「貴様、それじゃ私が苦しめている村の人達はどうなる!?」


「彼らは彼らで苦しいなりに、日常のささやかな楽しみを見出しているからいいんだよ!」


「勇者のセリフか!」


勇者の心は夏休み最終日のような、今の日常を変えたくないという気持ちでいっぱいだった。

世界が平和になればたくさんの町を訪れて武器や防具にうつつを抜かすことも、ギルドの仲間たちと冒険譚を夜通し語ることもなくなる。

なにもかも、世界が魔のものに支配されているためだった。


「貴様……私をどうするつもりだ……」


「それを今考えている。お前は存命で、まだまだ世界を不安に陥れると思わせなくちゃいけない。

 でもそれでいていつでも俺が殺せるような状況じゃないと困る」


「お前まじで最低だな」


「どこかに封印してしまおうか……。

 それだと、誰かがふとした拍子に封印解除しちゃいそうだし……」


勇者はまな板の上の魔王をどう調理すれば生かさず殺さず生殺しを実現できるのか考えあぐねていた。

その様子を見た魔王は人間はかくも恐ろしいことを、夕飯の献立を考えるトーンでできてしまうことに戦慄した。


「そうだ。四肢をちぎって動けなくして、舌を抜いてしゃべれなくし、

 目をつぶして見えなくしてダルマ状態でどこかに入れておこう。

 それなら魔王の魔力が世界を覆い尽くしたままキープできるし」


「あ……あわわわ……そんな魔族でも思いつかないようなことを……!」


勇者は武器を抜いて床を這いずる魔王へと狙いを定めた。

曇りなき瞳はまるで遊び半分で昆虫を殺す少年のような無邪気さがあった。


「魔王覚悟!」

「いっそ殺してくれーー!!」


死よりも辛い未来に恐怖した魔王だったが、勇者の体がぐらりと左右に揺れて倒れてしまった。

その背中からは配下のガーゴイルが勇者の背中に剣を突き立てていた。


「魔王様! 無事ですか!!」


「が、ガーゴイル! でかした!」


「しまっ……た……仲間がいたのか……」


勇者は床に崩れ落ちて芋虫のように這いずっている。

もはや抵抗する力も残っていないのは明白。


「魔王様! さぁ、この勇者にとどめを刺しましょう!

 今ならどんな魔法でもかんたんにぶっ殺せますぜ!!」


「そうだな」


魔王は少し考えた後、勇者に向けていた手のひらを下げた。


「魔王様、どうしたんです!? 勇者にはやくとどめを!」


「うん、まあ……そうなんだけどさ」


「なにを迷うことがあるんです!?」





「こいつを生殺しにしているほうが、みんな勇者が頑張ってると思い込んで

 魔王討伐チャレンジしなくなるんじゃないかな?」

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