clumsiness/another《前編》

tony.k

side-涼

「 おい、涼。あそこ見ろよ 」

 隣の席に座る賢二が涼の肩を何度も叩き、興奮しながら話し掛けてくる。賢二は中学からの友人だった。

 今日は高校の入学式だった。式はとっくに終わり、新入生は教室でホームルームを受けている。

「 なに? 」

 涼は、振り返り賢二の視線の先を探す。

「 やべぇよ、あの2人。めっちゃイケメンじゃん。芸能人か? 」

「 そんな訳ないじゃん 」

 賢二の言葉に笑う涼は、1人ずつ彼らの顔を確認した。

「 涼はどっちがタイプよ? 」

「 えー… 」

 涼の2つ後ろの席に、2人は隣同士で座っていた。

 向かって右側の男は落ち着いた雰囲気の、男らしく整った顔をしている。いかにも女の子にモテそうなタイプだな-しかし、バイである涼の好きなタイプでは無かった。

 人とは少し違う、自分の物差しで観察していた涼が、左側に座る男を見た瞬間、目を離せなくなっていた。中性的な雰囲気を醸し出すその男は、絶世の美男子と言えるほど美しかった。

「 ホームルーム終わったら話し掛けてみようぜ。お近づきになりたいわ、俺 」 

 涼は賢二の言葉も耳に届かず、視線が釘付けになっていた。

 葵と楓、涼と賢二、高校1年の春-これが4人の出会いだった。

 *

 涼が入学式の日に一目惚れした楓には葵という幼なじみがいる。2人には、誰も割って入ることの出来ない2人だけの世界があった。

 楓は葵を、葵は楓を想っている事を涼はすぐに気付いていた。それならばと、楓に自分の想いを伝えないまま、友人という立ち位置で高校生活を過ごしていた。

 涼には社会人の彼氏がいる。お互いに干渉し合わないフランクな関係だった。

 涼にとって、大人の男性と付き合う事はそれなりの刺激があり、社会勉強にもなっていた。

 身体だけが繋がりの女子大生もいた。聞こえは悪いが、そうやって色々な人と付き合う事で楓への気持ちを紛らわせていた。

 そんな気遣いを他所に、2人が進展する気配は一向になく、近頃の涼は痺れを切らしていた。

 楓と葵は、東京の同じ大学へ進学を希望している。地元での就職が決まっている涼にとっては、後が無かった。

 高校3年の秋、いつまでも心の中に留まる楓を追い出すことが出来ずにいた涼は、自分の身の回りを清算しようと決意し、動き始めていた。 

 *

「 お前、この前1年に告白されてただろ、俺、見ちゃった♡ 」

 学校の昼休みに昼食を摂っていると、賢二が楽しそうに葵をからかい始めていた。どうやら賢二は、1年の女の子から告白されている葵をたまたま目撃したらしかった。

「 で、どうしたの、その子 」

 涼が続けて聞いた。

「 それがさ~、断ってたんだよね、この人。結構可愛い子だったのに、今は誰とも付き合う気がないとか言ってさ 」

 賢二はふうっと溜息をつく仕草を見せる。

「 モテる男の考えてる事はよぉ分からんわ 」

「 何でお前が答えんのよ。ってか、お前彼女いるじゃん 」

 葵は笑いながらも呆れていた。俺の事はどうでもいいとでも言うように、賢二は首を横に2回振り、更に続けた。

「 前の彼女もさ、めちゃめちゃ良い子だったじゃん。次こそ続くと思ってたのに。葵って長続きしないタイプだよね、絶対 」

「 へぇ… 」

 涼にとって、楓越しに見る葵の事はよく知っていたが、葵の恋愛に関してはさほど詳しくはなかった。

 ふと、隣の席に座る楓を見てみると、寂しげな表情をしている事に気付いた。

「 楓、どうかした? 」

 少しだけ俯いた楓の顔を覗き込む。

「 何でもないよ 」

 楓は愛想笑いをしていた。複雑な心情を察した涼は、鞄から小さなチョコレートを取り出し、楓の前に差し出した。

「 これ、食べな 」

 頬杖を着きながら涼は優しく笑った。

「 ありがとう 」

 楓が甘いものを好きな事はもちろん知っていた。楓は微笑み返し、涼からチョコレートを受け取った。

 寂しげな表情の楓を見た事で、涼は近いうちに自分の想いを伝える決意を固めていた。

 *

 コンビニのアルバイトを終えた涼は、夜の街中を歩いていた。

 涼の住んでいる街は、10月に入ると途端に日中との気温差が激しくなり、昼と夜とでは着る服もガラリと変わってしまう。

 今夜は特に冷えていた。念の為に持ってきたマフラーが役に立っていた。

 コートのポケットに手を突っ込みながら歩いていると、前方にマスクをした楓の姿が見えた。

「 あれ、楓じゃん 」

「 あ…涼 」

 寒さが苦手な楓は身体を小さくしている。その姿が何だか可愛く見えた。

「 そっか、塾に通ってるんだっけ。葵と同じ大学行くんだもんな、大変だね 」

「 うん、涼は? 」

「 俺はバイト終わって帰るとこ 」

 この機会を逃すまいと、涼は楓を家まで送りながら話をしようと思い付く。

「 家…ここから近いんだっけ? 」

「 まぁ、歩いて20分位かな 」

「 じゃあ送ってくよ。少し話したい事もあったし…いい? 」

「 あ…うん、ありがとう 」

 涼は楓の隣に並んで歩いた。

「 今日、なんか元気無かったよね、気になってたんだけど 」

「 そうかな 」

 分かってはいたが、案の定はぐらかされてしまった。マスクの下の楓の表情が、また寂しげになっているような気がする。

 恐らく、楓のその反応は無自覚なのだろうと涼は思った。

「 ていうか、楓、風邪ひいたの?マスクしてるけど… 」

「 ううん、引いてないよ 」

 楓はそれ以上、答えなかった。

 街中を通り過ぎ、雑談しながら暫く歩くと、住宅街へと入った。楓の家がどこなのかは知らなかったが、そろそろ着く頃なのだろうと周りの景色で判断出来た。

 辺りに人影は見られない。涼は本題に入るべく話し始めた。

「 楓、俺と付き合ってみない?卒業までの限定でいいからさ 」

 驚いた楓は足を止めていた。

「 付き合うって…俺、男だよ 」

「 知ってるよ 」

 楓らしい返しが可愛くて、涼は笑ってしまった。

「 別にからかってないし、真面目に言ってるんだけど? 」

 笑うのをやめた涼は、真剣な眼差しで楓の顔を見つめる。

「 言ってなかったけど、俺、いわゆるバイってやつでさ。似たような雰囲気を楓からも感じてたんだよね 」

 きっと楓には、何の事を言っているのか理解出来ないだろうと思った。涼は意を決して話を続けた。

「 俺の事、嫌いじゃなければ付き合ってよ。結構楽しいかもよ 」

 結局、軽い言い方しか出来なかった。好きな気持ちを正直に伝えて、楓に拒否される事に今更怖気付いていた。

 楓は考えているようだった。少し困惑したその目に、涼は見惚れていた。マスクを外してちゃんと楓の顔が見たいと思った。

 我慢の限界だった。気が付くと手を伸ばし、楓のマスクを下げていた。

 白く透き通った滑らかな肌、綺麗な二重の瞳、筋の通った鼻と程よい厚みの唇…全てが美しかった。

 その顔に揺さぶられる衝動を抑えきれず、涼は楓に唇を重ねていた。絶対に自分のものにしたいと強く思う気持ちから出た行動だった。

「 決まりね 」

 そう言って、自分に巻いたマフラーを解き、楓の首に巻いて微笑んだ。

「 …うん、分かった 」

 楓が小さく答えた。

「 マジで?本当に? 」

「 うん、涼の事は好きだし… 」

 友だちとして好き-今はそれでも構わなかった。涼は嬉しさから楓を抱き締めていた。

「 受験が近いけど、時間見つけていっぱい楽しい事しようね 」

「 うん 」

 楓も涼の背中に腕を回していた。背の高い涼にとって、すっぽりと収まる楓の事が可愛くてたまらなかった。

 *

 11月のある日曜日、涼と楓は映画館に来ていた。話題の新作ハリウッド映画の公開日が金曜日だった事もあり、この日もたくさんの人で溢れている。

 涼たちは、邦画を鑑賞した後だった。人気作家のミステリー小説が映画化され、原作を読んでいた涼が楓を誘った。

 愛する人のために犯罪を冒した主人公が、実らないと分かっていながらも愛を告白するラストシーンは、涼の胸にも響くものがあった。

 隣に座っていた楓は泣いていた。静かに涙が頬を伝う楓の横顔は、切なくなるほど綺麗だった。

「 この後、どうしよっか 」

「 うーん…涼の行きたい所でいいよ 」

 映画館で買ったドリンクを飲みながら、楓は涼の目を見て答えた。

「 じゃあ…何か買って、うちに来ない? 」

 家へ誘うという事に、拒否される不安はあったが、涼は勇気を出していた。

 付き合う事が決まってから、頻繁に会ってはいたが、どちらかの家に行くのは初めてだった。

「 …いや? 」

 恐る恐る楓の顔色を伺う。

「 ううん、いいよ。行こっか 」

 涼の心配を他所に、楓は微笑みながら答えていた。2人は途中のコンビニに寄り、涼の家へと向かった。

 涼の家は3LDKのマンションの5階だった。大学進学のため1人暮らしを始めた兄が家を出てからは、両親と3人で暮らしている。帰宅時、両親は仕事で不在だった。

「 どうぞ、入って 」

 楓を自分の部屋へと案内した。

「 うん、お邪魔します 」

 毎日過ごす自分の部屋に、楓がいる事の不思議な感覚と喜びを感じていた。

「 そう言えば渡したい物があるんだった 」

 涼は机に置いてある参考書を手に取り、楓に差し出した。

「 兄さんが受験の時に活用してた参考書。かなり役に立ったらしいから、買ってみた 」

「 いいの?嬉しい…ありがと、涼 」

 楓は、受け取った参考書をパラパラとめくっている。その姿を涼は見つめていた。

「 どうかした? 」

 視線に気付いた楓は、不思議そうに涼を見つめ返す。

 涼は楓をそっと抱き締めた。何もかもが可愛くて、その全部が欲しかった。

 始めは、優しくキスをした。可愛い楓を傷付けないよう、ゆっくり、優しいキスだった。唇を離し、顔を見ると、そんな配慮もどこかへ飛んでしまう程妖艶な楓の表情に、欲情は止める事が出来なくなっていく。

 ベッドへ寝かせ、服を脱がせながら、今度は激しく唇を求めた。零れる楓の吐息が涼の全身を刺激する。涼の愛撫に、楓の身体も反応していた。

「 …楓を俺にちょうだい 」

 そう囁く涼に、楓は恥ずかしそうな顔でこくりと頷いた。

 足を開き、口の中でそれを愛撫した。舌を絡め、何度も何度も吸い上げるように上へ下へ…動く度にひくついて、楓は喘いでいた。

「 やっ……りょ…うっ…っ 」

「 まだだめだよ 」

 果てる寸前の楓の身体を反転させ、涼は耳元で囁いた。楓は肩で息をしている。

「 優しく慣らすけど、辛かったら言って 」

「 ん… 」

 濡らした指を入れ、ゆっくりと広げるように回してその場所を探した。2つ、3つと数を増やし、辿り着く。

「 あっ……っ、や…だっ… 」

「 …ここ? 」

 素直な楓の反応を見ているだけで、身体が強く疼く。味わった事のない刺激に、楓は吐精し、息が荒くなっていた。涼もこれ以上の我慢は不可能だった。

「 ゆっくり動くから 」

「 うん…」

 腰を抱え、少しずつ楓の中へと入っていく。とても温かい。楓の吐息と締め付けが、長くは持ちそうにないと実感していた。

 大好きな楓の中にいると思うと、今にも果ててしまいそうな程、気持ちが良かった。優しくしてあげたい気持ちとは裏腹に、涼の身体は自然と動きを早めていた。

「 っ…あっ…んっ… 」

 動きと共に楓の声が漏れる。その声が涼のそれを更に刺激し、加速した身体は前後に突き続けた。

「 ごめ……あんま持たな…い…っ 」

 涼は楓の背中に顔を埋め、朽ち果てた。初めての快感に身震いが止まらず、暫くひくついていた。気持ちの入ったセックスは、こんなにも違うものかと思い知らされる。

 涼はそっと、背中にキスをした。楓の身体を自分と向き合わせ、頭を撫でながら問いかけた。

「 …楓 、楓 」

「 ………え? 」

 楓の目は虚ろになり、表情は色気を増していた。

「 大丈夫? 」

「 …うん、大丈夫 」

「 ごめん、少し辛くしたかも 」

「 ……涼は気持ち良かった? 」

「 うん…凄く 」

「 なら良かった 」

 楓は微笑んでいた。その言葉に、涼は楓をきつく抱き締めていた。

「 楓って本当に可愛いのな 」

 身体も心も満たされていた涼は、この上ない幸せを感じていた。

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