第3話 毛玉



「……念のため、見張っておいてくれ」


 そう言うとコンは自分の両の掌を前に出し、目を閉じて何か集中するような動作に入った。


 もしかしたら、この状態は全く何も出来ないのかもしれない。先程の台詞の意味を察したハクトの推理は合っていた。これから彼が何をするのか分からないが、やはり予想だにしなかったものが現れた。


「ぴゅう」


 彼の手の平に現れたのは、ソフトボール程度の大きさの小動物だった。


 毛がフサフサで、猫だか犬だかウサギだか分からない子だったが。その愛くるしさに、ハクトは一瞬にして心が奪われてしまった。


「な、なに? この子?」


「……さぁ?」とコンが首をひねると、小動物は彼に倣うように「ぴゅう?」と鳴いた。


 撫でてもいいか了承を取り、ハクトは毛玉を受け取った。フワフワの身体には、それと同じくらい大きなモフモフの尻尾がついていた。


 思いっきり抱きしめたい衝動に駆られたハクトだが、下手したら潰してしまいそうなので自重。もっと大きかったら思いっきりモフモフ出来たのに、と涙を呑んだ。


「この子、どうするの?」


 問いに答えるように毛玉を受け取ると、コンは静かに立ち上がる。


 右手で小動物を掴み、両腕を大きく広げた瞬間、ハクトは何となく嫌な予感がした。まるで野球の投球動作みたいだったのだ。


 今度ばかしはハクトの勘は的中した。


 大きく振りかぶったコンの手から、毛玉は夜空へ放たれた。まるで三日月に吸い込まれるように、小動物は夜空の向こうに飛び去ってしまったのだ。


 投げるみたいだとは思ったが、本当に投げると思っていなかったハクトは絶句した。何事も無かったかのようにコンは再び腰掛けたから、混乱は増すばかりだった。


「……目を閉じてみろ」


「……はい?」


 本気で意味が分からなかったが、言われるままにハクトは目を瞑る。


 すると少年の瞼の裏に、進んでいく街並みが映し出された。すごい低い視点だが、流れるように路上の映像が焼き付いてきたのだ。


「……今の毛玉の視点だ」


 いま投げた小動物はコンの分身で、目となる役割を持っている。


 まるでネズミのように街中を駆け巡り、代わりに結界探しを引き受けてくれるものだという。


 これなら彼自身が街を闊歩する必要が無くなるので、探索が長引きそうな時に使っていると彼は説明した。コンの分身にしては可愛すぎだろう、とハクトは思った。


 ある程度はずっと出していられるが、目を閉じないと毛玉の映像は見れない。


 その間は無防備で完全に隙だらけだからこそ、コンは人目のつかない屋根などで使用する。


 ハクトが小動物の視点を取得できるかは、一つの賭けでもあったらしい。屋根の上とはいえ、絶対に人目につかない保証なんて無い。


 片方が映像を見れているのならば、もう片方は見張りに徹するという芸当が出来るのだ。


 低い視点だが、ハクトの瞼の裏には流れる街並みが映っていた。


 まるで乗用車のバンパーにカメラをつけたみたいだったから、少年は純粋に楽しんでいた。


 これで結界を見つけたらどうなるんだろう。という気持ちもあったが、出来ればこのまま見ていたいとも感じた。


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