二日目

第1話 廃屋


 ハクトが目を覚ましたのは、最初と同じ廃屋だった。


 ボロボロのフローリングの床、剥げ落ちた壁紙。部屋の中にあるのは、コンの座っていたパイプ椅子だけ。


 ガラスの無い窓の向こうは、空が真っ赤になっている。相変わらず時間が分かるものが無いから、少年は自分がどれだけ気を失っていたのか分からなかった。


 魔物と戦った時間が丑三つ時だとして、太陽の向きから察するに夕方。


 十二時間以上寝ていたとなるが、今が同じ日付とは限らない。部屋を見回してもコンの姿が無かったから、ハクトは不安を覚えてしまう。


 外に出て探すべきか迷った。少年は、この街を知らない。


 もしかしたら住んでいた可能性もあるが、記憶を無くした今は知らないも同然だった。その上、着ている服は戦闘でボロボロな上に血塗れだ。


 昨日の戦いを思い出し、少年は自分の腹を見た。


 アバラがいくつか折れていても、おかしくない衝撃を受けたというのに傷一つない。


 本当にこの身体は、どうしてしまったのだろう。これだけ時間が経っているというのに、ハクトは空腹をいうものを覚えなかった。


 ゾンビに噛まれるとゾンビになるように、魔物に食われた方も魔物になってしまったのだろうか。


 そう仮定するとしても、空腹じゃないのはどうなのか。


 奴らは腹を満たす為に、人間を喰らうのでは無いのか。


 次々と疑問が沸き起こる少年に、答えてくれる人間は居なかった。


 ガチャリとドアが開く音に、ハクトは驚き身構える。入ってきたのはコンだったから、心からの安堵の息をつく。


 部屋に入るなり、彼は持っていたビニール袋を黙ってハクトに差し出した。


 中を見るとシャツが入っていた。血まみれでボロボロだったからか、替えを用意してくれたようだった。何処から調達したのか、というハクトの問いには無視だった。


「この身体って、お腹空かないの?」


 コンが黙って頷き、持っていた紙袋からペットボトルを取り出した。


「……喉は乾く。飲んでおけ」


 放り投げるように差し出されたボトルを受け取り、ハクトは恐る恐る口をつけてみる。


 この身体になってから何かを口にするのは初めてだったが、冷えたレモンティーは甘酸っぱくて飲み易かったようだった。


 今まで喉の渇きを忘れていたかのように飲み続け、一気にボトルの中身を空にした。


 お礼を言ったハクトは、まだ聞きたいことがある、と断りを入れる。コンが黙って頷いたので、少年は昨日の怪我について質問をした。


「……骨折程度なら、すぐに治る」


 しかし普通の人間なら即死程のダメージを、今までコンは受けていない。つまり不死身かどうかは保証出来ない、と説明があった。


 ある程度は無茶しても問題ないが、あまり調子に乗らない方が賢明だろう、とハクトは解釈した。


 何で魔物を狩るか聞いてみると、何かを考えるように腕を組み、コンは口をへの字にした。


 他の人に危害を及ぶからとか、街を守る為、あるいは私怨とかか。あらゆる返答を考えたハクトの予想とは裏腹に、彼が返したのは予想だに出来ない言葉だった。


「……ほかにやることが無い」


 そこには、呆気に取られた顔をしたハクトの姿があった。


 こうなってしまったからには、もうコンは普通の少年としては暮らせない。


 記憶が無いから親の元も帰れない、家の場所も何処なんだか覚えてない。


 例え元の生活に戻ったとしても、普通の人間として生きていくのは困難だ。


 だからと言って魔物を狩る必要は何処にも無い筈だ、とハクトは指摘した。


「……じゃあ、許せないんだろうな。オレ達をこんな身体にした奴らが」


 まるで他人事のように語る少年だ、とハクトは思った。


 記憶が無いから仕方ないのかも、と考えればハクト自身も似たようなものだった。魔物に喰われて、人じゃない身体にされた。


 そう言われたものの、当人の記憶が抜けているから腹も立ちやしない。それを考えると、コンも似たような感じなのかもしれない。


 例えば、海で足をつったとしよう。


 溺れて危険な目に逢ったとして、海が苦手になる人は居ても、海が悪いと思う人は多くは居ない筈。


 大抵は準備運動を怠った自分が悪い、という風に自然に対して憎悪を抱くという話にはならない。


 ハクトとコンの考えは、まさしくそれに近かった。


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