第2話 証拠


 まず紺色の男の子が始めたのは、信じられないような話だった。


 この世界には人間を喰らう魔物が居て、白桃色の少年はそれに喰われたと言った。誰が聞いても現実味の無い出来事だったが、ひとまず受け入れないといけない雰囲気だった。


 魔物に食われたら、普通は死ぬ。だが、お前は脈があった。生きていたから、連れてきた。もしかしたら、自分と同じかもしれない。気絶している間に、髪の色が変わったから可能性は高い。


 紺色の男の子が言っている内容が全く理解出来ない自分が居るが、白桃色の少年は黙って聞く以外の選択肢は無かった。


 話を進めるうちに、紺色の男の子も魔物に襲われた人間だと発覚した。


 経験則でしか無いが、食われても生き残った人は記憶が無くなってしまうと説明があった。彼も、自分の名前が思い出せないらしい。


 そして何より重要なのは、人間じゃなくなってしまう事だった。


 証拠を見せる、と紺色の男の子が立ち上がる。握った拳を虚空に突き出して、何やら力を入れるような動作を見せた。その瞬間、彼の右手は一瞬にして炎に包まれた。


 まるで燃えるグローブをつけたかのように、見事に拳だけ炎に包まれていた。これが人間じゃ無くなった証拠だ、と何処か悲しそうな目で言った。


 あまりにもの突飛な出来事に、白桃色の少年は言葉が出なくなってしまったようだった。彼を一瞥して紺色の男の子は、黙ってパイプ椅子に腰かけた。


 鳥の声と風の音だけが、二人の居る空間を支配した。お互いが何て言っていいのか分からないような状況で、口を開いたのは白桃色の少年だった。


「これから、僕は……どうしたら?」


「…………」


 その問いに対して、紺色の男の子は暫く押し黙っていた。怒っているようにも見えたし、まるで何かを考えているようにも見えた。


 白桃色の少年は不安というよりも、困惑の方が強かった。この場だけじゃなく、これからの生活を考えても、彼が居ないと如何しようも無かったのだ。


「……見せてやるから、ついてこい」


 その一言と共に彼が立ち上がり、ガラスの無い窓から地面に飛び降りた。


 なんて鮮やかで素早い自殺なんだ、と驚いて白桃の少年が窓の下を見る。生きているどころか、何事も無かったかのように地面に立っていた。顔を見上げているさまは、まるで降りてくるのを待っているかのようだった。


 ここが人間で居られるかの境界線だ、と伝えるような瞳を彼は向けていた。ここで飛び降りて、普通で居られる訳が無いからだ。


 白桃の少年は完全に腰が引けていた。何故なら、未だに自分が普通の領域から抜けていないと思っているのだ。


 殆どの人は、自ら二階から飛び降りる経験なんて無い筈だ。それが出来るかで、この先の運命を大きく左右するのだと言われているのだと感じる。そんな顔色を見て諦めたのか、やがて紺色の男の子が踵を返してしまった。


 僕を置いてかないでくれ。


 心の中で大きく叫んで、白桃色の少年は窓へと大きく飛び上がった。


 浮遊感というものが身体を支配し、瞬く間に地面へと足がついた。誰よりも白桃色の少年が、無事に着地したのを驚いていた。仕方なさそうな顔をした紺色の男の子が、大して興味も無さそうな声をひとつ放った。


「……ようこそ」


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