最終話 1年半の想い
「それで、完走したわけですが。告白、していいですか?」
それが今日の本題だったな、と思い出した。
さすがに、マラソン中にはそんな気分にならなかったけど。
「ああ。今日のために、準備してきたんだろ?しっかり聞くぞ」
昔遊んだ恋愛ゲームみたいに、すごい長い言葉を延々と言われたら困るけど。
「まず、ですね。私、シノに再会する前の1年間。ずっと後悔してたんです」
「恨んでるんじゃなかったのか?」
「もちろん、そういう気持ちもありましたけど。でも、後悔の方が本当は大きかったんです」
「明菜が後悔することなんて無いと思うぞ?」
俺が一方的に別れ話を切り出したわけだし。
「それは、シノの視点だからですよ。私にしてみれば、何か落ち度があったのかな、とか、以前言った何気ない言葉がまずかったのかとか。色々考えちゃいますよ……」
しみじみと言う明菜。確かに、俺が反対に振られたとして、「振ったあいつが悪い!」なんて一方的に恨めるだろうか。愛想をつかされる行動や言動があったのでは、と振り返ってしまいそうだ。
「それは、ほんと悪かった」
別れればそれで終わりなんていうのは、所詮、振ったものの視点でしかないのだ。俺たちの場合、お互いが嫌で別れたわけじゃないので、なおさらだ。
「もういいですよ。仲直り、したじゃないですか」
「それでも、ずっと、それで苦しんでたと思うと、彼氏としてはちょっとな……」
あえて、元彼ではなく、彼氏と口に出す。
今日、これからの言葉の意味はお互い共有できていると思ったから。
「彼氏というのは、まだ、フライングですよ」
と思ったら、不満を言われてしまった。
「こだわるなあ」
「それで、後はですね。エッチにあんまり応じてくれないのも、私、飽きられちゃったのかなあとか。ほんと、色々、昔の事を振り返っていました」
「そこは、俺が悪かったよ。前の、熊さんのたとえじゃないけど、一緒にいて、ちょっとイチャつければ十分に満足だったから」
「じゃあ、これからは週1回はお願いしますね?」
「えーと、努力する。というか、それもフライングじゃないのか?」
「細かいことにこだわらないでくださいよ」
「……」
「そんなこんなで、色々後悔したんですけど。私は、やっぱりシノの事が好きで、諦めきれなかったんです。だから、同じ大学、受験、しちゃいました」
「親父さんは反対しなかったのか?あの人、反対するだろと思ったんだけど」
「滅茶苦茶反対しましたよ。心配だとか、悪い男に引っかかりそうだとか、なんだかんだ理屈つけて。だから、大喧嘩しました」
「まあ、そんなとこか。で、説得できたのか?」
「半分くらいは。ああ、それで、お父様から、伝言があるんです」
「伝言?」
「結婚を前提にとか言ってすまないって。そのせいで、娘を泣かせてしまうことになるとは思っていなかったと。出来るなら、娘とよりを戻してあげてほしいと。あと、実家も継がないでいいらしいです」
「あの頑固な親父さんが言うとは。ほんとに大喧嘩したんだな。お前」
どこまで大喧嘩すれば、そこまでの譲歩引き出せたのか。
「それだけ、私も必死だったんです」
恐ろしい執念だ。
「でもさ。それで、俺にその意思が無かったらどうするつもりだったんだ?」
「その時はその時って気分でした。拒絶されない限り、とことんアタックしてやるって気持ちでしたよ。でも、他人行儀だったから、とっかかりがなかったんですけど」
「その意思の強さは、ほんと脱帽だよ。マラソンの事もだけど」
後悔しつつ、かといってアクションを起こす気がなかった俺には真似出来ない。
「それだけ、もう一度振り向いてほしかったんです」
「ありがたいけどさ。そこまで愛情向けてもらうほどのこと、してあげたっけ?」
野暮だとはわかっているけど、聞かざるを得ない。
「してあげた方は意外と気づかないんですね。そもそも、小学校の頃、私、友達がほぼゼロだったんですよ。地元で一番のお嬢様ってのがいけなかったのか、それ以外の理由があったのか、わからないですが」
「まあ、そんなに友達いなさそうだなーとは」
「わかってるなら聞かないでくださいよ。それと、中学以降はちゃんと友達、いましたからね?というわけで、家族以外で、色々打ち明けられたのは、シノが初めてだったんですよ」
俺にしてみれば、気になっていた女の子と仲良くなれた瞬間だったわけだけど、こいつにとってはまた別の意味があったと。
「あと、やっぱり色々羨ましかったから憧れてたんですよ。鉄棒の時もですけど、運動が得意なところとか。変な奴と思われても、全然気にしてないところとか。私も、そういう感じになれたらなーってずっと思ってましたよ」
「お前も、別に、コンプレックス抱く程じゃなかったと思うけどな。勉強だと、俺よりも出来たくらいだし」
「人は、自分に無いものが欲しくなるものですよ」
「それは、そうだけど。しかし、やけにしゃべるなあ」
もう、これまで思ってきたこと、全部吐き出す勢いだ。
「聞いてくれるんじゃなかったんですか?」
「そりゃ、聞くけど」
「今日、全部吐き出すつもりでしたから」
「さよか」
ま、延々思いの丈を一方的にぶちまけられるよりはいいか。
「ああ、そうそう。ちゃんとした告白をしそこねたのも後悔だったんでした」
そろそろ付き合わないか?の話か。
「いや、あれは俺が悪かったし」
「私も告白するの気後れしてましたから、乗っちゃったんですし。同じですよ」
「じゃあ、お互い様ってことで」
「はい。お互い様、ですね。とにかく、私にとって、中学と高校の思い出って、ほんとに、シノと二人でしたことばかりなんですよ。他の友達となんかした思い出が全部脇に押しのけられるくらい」
なんともはや、また重い告白だ。
「俺も、明菜と一緒の思い出は、今でも大切だよ。いや、あっさり別れ話しといて言えた義理じゃないけど」
「それでですね。肝心の告白なんですけどね。一度、振られたせいか、すっごく重いのしか思いつかなかったんですよ」
こいつが重いとまで言う内容とは。顔がひきつるのを感じる。
「まあ、聞くよ。俺に拒否権ないしな」
「シノ、あなたの事が大好きです。一生、一緒にいてください。あと、これに承諾したら、二度と別れるなんて言わないでください」
その言葉に、しばし、俺は呆然とする。
それって、実質、プロポーズじゃないか、と思ったが、かろうじてこらえた。
まあ、二度となんて言わせたのは、俺のせいでもあるか。
「ああ、俺も大好きだ、明菜。一生、一緒にいるよ。二度と別れるなんて言わない」
これは尻に敷かれるなあ、とか。
人生で重大な決断をしてるなあ、とか思ったけど、仕方ない。
「良かった、です。それじゃあ、その、誓いのキス、ほしいんですけど……」
早速、誓いのキスと来たか。重いこと、重いこと。
まあ、いいか。
ゆっくりと、目を瞑って、顔を近づけて、キスを交わす。
「はぁ。ようやく、ヨリ、戻せましたね」
何やら恍惚とした表情でそんな事を言う明菜。
「ヨリというか、実質婚約だけどな」
本当に、なんというか。
「細かいこと言わないでくださいよ。ああ、でも、今日まで色々溜めてきた甲斐がありました。すっごく幸せです」
本当に、幸せそうな顔で彼女はそう言ったのだった。
◇◇◇◇
こうして、俺達は、マラソンをきっかけに、復縁、いや、婚約したのだった。
きっと、この調子だと、大学を卒業したら、即結婚迫られるんだろうなあ。
いや、在学中かもしれない。
でも、そんな相手を好きになったんだし、ここが年貢の納め時というやつか。
マラソンを完走した後の、疲れと爽やかさが同居した気分でそう思ったのだった。
「俺、42.195キロを完走したら告白するんだ」 久野真一 @kuno1234
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