第8話 マラソン大会(3)

 35kmを超えて少しした辺りに、次の補給地点があった。

 スポーツドリンクだけじゃなくて、味噌汁がある。


「味噌汁……?」


 紙コップに入った味噌汁を手にとって、怪訝な様子の明菜。


「ミネラル……特に、ナトリウム補給のためだと思う。スポーツドリンクって案外、ナトリウム入ってないからな。あと、寒いからかもしれない」


 具体的な理由は知らないものの、塩分というかナトリウム補給はありそうだ。


「んく、んく。はー、身体が温まりますね」


「そうだな。俺も、ちょうど身体が冷えてきたところだし」


 時間は15時30分頃。

 11月の今は、少し日が陰り始めてくる頃合いだ。


「それにしても、マラソン大会って、ほんと、色々な人が協力して成り立ってるんですね……」


 道々の補給物資を配っているボランティアの人を見て思ったのだろうか。


「俺もよくは知らないけどな。裏方でもいっぱいいるだろうな」


 多くの人が協力してくれて。

 こうして、マラソンを楽しめると考えるとありがたい。


 それから、さらに1kmくらい走った時のこと。


「あれ?急に足がなんだか軽くなりました。なんででしょう?」


 目をパチクリさせて、なにやら驚いている。


「味噌汁のおかげだろうな。足が重かったのは、ナトリウム不足だったのかもな」


 まあ、憶測だけど。


「大会を主催する人も、色々考えてるんですね……」


 しみじみと語る明菜。


「そうだな。しかし、あと7km無い感じか。もうちょっとだな」


「ですね」


 これなら、無事、完走できそうだ。

 ここから、急にやばくなることはないだろう。

 そう楽観して、残り2km地点になったところ。


「痛っ!」


 急に、ふくらはぎを抱えて、座り込む明菜。


「いっっっつぅ……」


 苦悶の表情で、ふくらはぎを押さえ続けている。


「ひょっとして、足、攣ったか?」


「みたい、ですね。滅茶苦茶痛いです……」


 ほんとに涙目になって、痛みを必死で堪えている様子。


「よし、ちょっとストップ」

 

 コース脇に、一緒に座り込む。


「すいません。足、攣っちゃって……」


「仕方ないって。マラソンってそういうのが、つきものだしな」


「ちょっとフルを舐めてました」


「俺も、去年は舐めてたからなあ」


 それだけ、42.195kmを走るというのは、足に負担をかけるんだろう。

 しばらく、休んだ後、明菜がすっくと立ち上がる。


「よし!あと2km!頑張ります!」


 ぐっと力を入れて気合を入れている。

 少し、無理をしている気がするけど、あとちょっとだ。

 

「ああ。ラストスパート、頑張るぞ!」


 俺も、気合を入れる。

 しかし、経験の差か、今年は息が乱れることも、

 足が痛くなることも無かったな。


 それから、ゆっくりめのペースで走ること20分程。

 無事、俺達は、フルマラソンを完走したのだった。

 タイムは、5時間30分。

 明菜の足が攣った影響でタイムロスがあったが、上出来だ。


「はあ。いつつつ……」


 と、急に座り込む明菜。


「お前、ひょっとして、足、攣ったままだったのか?」


 どうにも、少し様子が変だったと思ってたけど。


「だって、あと2kmじゃないですか。少しくらい無理したかったんです」


「まあ、無事、走りきれたからいいか。でも、明日から、筋肉痛になるぞ」


「ちょっと憂鬱になってきました……」


 ランナーが休憩している陸上競技場の隅で、そんな事を話し合う俺たち。


「でも、ちゃんと、走りきれたんですね。すっごい清々しい気分です」


 言うなり、地べたに寝そべる明菜。

 表情は穏やかで、本当に満足そうだ。


「よく頑張ったな。偉いぞ」

 

 なんとなく、頭をなでてみる。


「って、すまん」


 こういうのは、まだ駄目だったか。


「いいですよ。もう、完走出来たんですし」


「そうか」


 その言葉に、頭を撫でるのを再開する。


「しかし、死亡フラグは見事にへし折られたな」


 走る前の事を思い出す。


「そりゃ、へし折れないと困りますよ」


「ま、そうだな」


 しばし、俺達の間に沈黙が流れる。


「それで、完走したわけですが。告白、していいですか?」


 寝そべりながら、明菜がそんな事を告げてきたのだった。

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