第12話 総代山下綾佳
結局、子供を優先する事にした綾佳の判断で、僕らのフィヨルドを見る新婚旅行は、実現しなかった。その代わりに、人生の中で一番楽しい日々をゆったりと過ごすことができた。週末には、大体南アの山荘にやってきては、聖岳や荒川三山に登り、秘湯巡りをし、フライフィッシングで大きなイワナを釣り上げたりして楽しい時間を過ごした。そんな新婚の僕らを気遣ってくれているのか、忙しい中、僕らの面倒を見に来てくれている綾佳の母は、山荘の別邸に移っていた。その日は、連日の山歩きで疲れていたためもあり、一日中、二人でベットの中で過ごしていた。内線電話のベルで目が覚めて裸のまま、受話器を取った僕に、綾佳の母は
「やっとお目覚めの様ね。あら、まだそうでも無かったのかしら。子作りを頑張るのも良いけどチャンと食事を取らなきゃダメよ。これから食事を用意するから、支度ができたらこちらに着て頂戴。」何だか全てを見透かされている様な、綾佳の母の電話に、二人して笑い転げていた。
「ね・・・、もう一回、して・・・」裸のままじゃれ合っていた僕の耳元で囁く様に綾佳が言った。そんな甲斐もあってか、程なくして綾佳は妊娠した。
綾佳の妊娠と共に、綾佳の母の計らいもあり、山荘でお世話になっていた、山下家のメイドの木内さんが暫く(公孫樹の家)に仮住まいする事になり、ここの環境に戸惑いながらも、梢や激やたまに顔を見せるヤスベーや檄の許嫁の薫とのやり取りを楽しんでいてくれている様だった。
綾佳のお腹が大きくなるに従い、皆夫々に興味を示していたが、特に梢と檄は興味津々と言った感じで、ちょくちょく綾佳のお腹の様子を見に来ていた。
「僕らは孤児だったから、子供が育ち生まれていく様子に関心が強いんだろう。僕らの感覚では、子供ってある日突然に表れるって感じだから。」僕のそんな説明に、綾佳は納得して、それからは、保険の先生の様に彼らに接してくれていた。
結局、綾佳は2年で3人の子供を産んだ。一寸計算が合わないようだが、初産は双子の男の子で、次が女の子だった。3人の誕生を皆が祝福してくれたが、中でも梢と檄が最も喜んでいた。それは、自分たちの、弟や妹が出来たかの様に、3人の面倒を見てくれていて、僕の望んでいた様な、明るい家族が出来上がりつつあった。そんな人生の一仕事を終えた綾佳には、次なる難関が待ち受けていた。
総代としての引継ぎが何とか終わったころなのだろうが、久しぶりに我が家(公孫樹の家)に帰ってきた綾佳は、ひとしきり子供達とのスキンシップを取った後、ベットの上でぐったりしていた。
「綾佳ママはとっても、お疲れの様子ですね。」僕はママの側にいた長女を抱きかかえて、子供部屋に連れていった。子供達を寝かせ付けてから、僕は、綾佳の体を丹念にマッサージした。
「こんど、マッサージの出張に来て欲しいな。」寝ていたと思った綾佳がうつ伏せのまま言ったので
「マッサージだけじゃ済まないだろう。」
「うん、・・・執務室にベットを設置しなきゃいけないわね。そんな事、出来る訳ないけどね。」マッサージで少しは、元気が出たのか、ジャグジー風呂に入ると言うので
「溺れないでね!」と送り出した。一寸長めの風呂だったので、心配だったが、程なくして戻ってきて、僕のベットに潜り込んできた。
「マッサージの後は、やっぱりこれよね!」綾佳は甘えながら求めてきた。
「ええ・・・大丈夫なの?」
「うん、多分。でも、中にはしないでね。一応・・・」そう言ってから
「なんか、ゴメンね・・・夫婦なのに妊娠に気を使いながら、しなきゃならないなんて。」
「だって、産休は取れないだろうが。」
「産休は絶対に無理だけど、仕事を調整すれば、2-3日の休みは取れると思うわ。」
「まあーその時は、此処でゆっくりしている事ですね。」
「うん、当分はそうなるんでしょうね。」そう言いながら、僕に深いキスをしてきた。
つかの間の休日も過ぎてしまったその朝に,身支度を整えている綾佳に、
「朝食ができたよ。」と告げに行くと、振り返りざまに、僕に抱き着くと
「ああ・・・会社に行きたくないなぁ・・・。あの、山荘にまた戻りたい。」暫く、僕に抱き着ていたが、ふと吹っ切れたのか
「よし・・・戦闘モードだ。」と言って、歩きだした。
塀の上の猫達 QCビット @kaji2020a1
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